1-5 異世界カジノには致命的な欠陥がある

 俺はせっかく新たな服を手に入れたばかりだったのに、カジノのディーラーが着ているような、ジェスターが着ている制服の男バージョンに着替えた。


 命じられて、着替えさせられた。



 そして、箒を握りしめて、夜営業で開店まもなくとなった店の掃除をジェスターと共にしている。


 箒での掃除なんていつ以来だろう。



 ジェスターの切り盛りしているカジノ・ピエロ&ドラゴンという愉快な名前の店にはもう一つだけ、突っ込まざるえないポイントがある。


 それは、店全体の何もかもが、建物から装飾品までの全てがとにかく「ボロい」のである。



 椅子やテーブルなどの家具は、角が欠けていたりヒビが入っていたりとして年季を感じさせる。


 ルーレットやカードゲームをするであろうテーブルに敷かれた緑色のマットレスには飲み物でもこぼしたのか、黄ばんだシミがところどころについている。


 ダーツの的は色褪せ、そして、何よりも3台並んだスロットマシーンの全ての筐体の前面には、「メンテナンス中」の張り紙が貼ってあって稼働していなかった。




 カジノの経営と言えば、かなり儲かるイメージがある。


 実際に、前の世界での”大富豪ランキング”には、必ず何人ものカジノのオーナー達が名を連ねていた。


 上手に経営さえすれば、カジノは相当に美味しいビジネスなはずである。




 それではここから、少しカジノに関する基本知識を整理していこう。


 日本で普通に生きているとすれば、ゲーム好きでもなければ知らないのが当たり前の役に立たない雑学である。


 俺は、数字とゲーム(と「金」)が人並みより好きだったから知識だけはあった。



 頭の体操の始まり。


 カジノのあらゆるゲームは、基本的には「店側」と「客側」の勝負が行われることによって成立をしている。


 「店側」には、もちろん店という建物が”超優秀なAI搭載のロボット”によって勝負をするわけではなく、スロットマシーンのように機械が自動的に勝負をしてくれるゲーム以外では、勝負の全責任を負った店側のプレイヤーとして”ディーラー”がいる。



 カジノでは、”ディーラー”vs”プレイヤー”の勝負が繰り広げられるのだ。



 客視点では、プレイヤーとしての自分の勝ち負けによってその日の儲けが決まる。


 店視点では、雇ったディーラーたちの勝ち負けの合計によって店の儲けが決まるのである。



 それではカジノ経営者は、とんでもない凄腕、客からバシバシと賭け金を巻き上げる超優秀で天才的な頭脳を誇るディーラーたちをたくさん雇えば大儲けできるのだろうか?


 そんなことはない。


 カジノの儲けに対して、ディーラーの腕前は一切関係がない。


 カジノでプレイできるほぼ全てのゲームでは、ディーラーが何をするの一連の動作はあらかじめ決まっている。



 例えば、ルーレットでは、


 ①開店をするホイール(ルーレットの球が入る数字の刻まれた円盤のことである)に球を投げ入れる。


 ②プレイヤーが、球がどのポケット(数字の書かれている穴)に落ちるかを予測して「金」を賭ける。


 ③「No more bet.」と宣言する(賭けの締め切りの合図)


 ④球がホイールのどの数字のポケットに落ちたかによって支払いをする



 これの繰り返しである。一連の動作にディーラーの腕前が介在する余地はない。


 それは、ゲームの種類がトランプを使ったブラックジャックであろうとバカラであろうと、サイコロを使うクラップスでも、シックボーでも一緒である。



 そういった意味では、”超優秀なAI搭載のロボット”と戦ういう比喩は間違いではないのだ。



 ディーラーがボンキュッボンのセクシーな白人のお姉さまであろうが、筋肉ムキムキな黒人のイカツイお兄さんであろうが、極論ゲームさえきちんと進行できればランドセルを背負った小学生だろうが構わないのである。


 セクシーなお姉さまが目の前にいると、動揺して手元が狂って思考が鈍るとかは別問題だけれど。



 続いての疑問。ディーラーの腕前とカジノの儲けに関係性がなかったことはわかった。


 では、どうやってカジノ側はどうやって儲けるのだろうか?



 この疑問の答えは簡単である。


 そもそも、カジノでプレーできるゲームはプレイヤー側に不利になるように設計されている。



 またまた、例をルーレットにする。


 ルーレットのホイール(回転する円盤)には1〜36までの数字が一つずつ書かれたポケット(穴)がある。


 この数字のポケットには、黒(black)と赤(red)のどちらかの色が18個ずつ割り当てられている。


 奇数が黒で、偶数が赤というわけではなく、どちらか一色が適当にランダムで割り当てられているとの理解で問題がない。



 ルーレットの「赤黒」勝負で、プレイヤーは「黒」か「赤」のどちらかに金を賭ける。



 「黒」に10,000の金を賭けて、球が「黒」のポケットに落ちれば当たりで、賭け金は2倍、20,000の金が手に入る。


 「黒」に10,000の金を賭けて、球が「赤」のポケットに落ちればハズレで、賭け金は0になってしまう。



 しかし、これでは「18/36=1/2」の確率、つまりは50%で2倍になるので、カジノ側もプレイヤー側も儲けは、何度も何度もゲームを繰り返していけば、確率的に±0になってしまう。


 カジノもプレイヤーも、ルーレットを何回転させても、損はしないが儲けもないのだ。



 これではビジネスとして成立をしない。


 

 ルーレットのホイールには、1〜36までの数字に分けられているわけではない。


 「0」と「00」のポケットが存在するのである。


 この2つの数字を加えて、ルーレットのホイールは「38」等分されている。



 「0」と「00」のポケットには、色がない。


 だからプレイヤーは「赤」に賭けようが「黒」に賭けようが、「0」と「00」に球が入った時点で負けである。


 賭け金はゼロになる。



 これによってプレイヤーは「18/36=1/2」の確率だったはずのものが、「18/38」つまりは47.37%で2倍になる勝負へと変化してしまう。


 この「0」と「00」の色なしの部分、「2/38=5.26%」の部分が、プレイヤーが不利な部分が、カジノの儲けに化ける。



 だからカジノで、プレイヤーがルーレットの赤黒勝負のみをしたとして、1日店を営業した場合のプレイヤーの合計賭け金で、10,000、この世界の単位で言えば、10,000Dドリーム賭けてくれれば、およそ5.26%の526Dドリームほどの利益が上がる計算になる。


 もちろんこの利益は客がその日、どれだけ運を味方につけて赤黒を当てるかによって変化をするが、平均ではこの数字に落ち着く。


 1万Dドリームで526Dドリーム、100万Dドリームで5万2600Dドリーム、1億Dドリームで526万Dドリームもの利益が上がるのだ。



 このカジノが有利な5.26%の部分を「控除率」、100%−5.26%=94.74%のプレイヤーに返される部分を「還元率」なんて呼んだりもする。


 「控除率」が低く、「還元率」が高いゲームの方がプレイヤーが有利である(カジノの利益が少ないので)。



 このような数字のマジックがあらゆるゲームに適用されている。


 機械相手のスロットマシーンでも同じである。


 全てのゲームでどのようにプレーしようがカジノが有利でプレイヤーが不利になるように設計をされてしまっている。


 カジノはプレイヤーがたくさんの金を賭けてくれれば賭けてくれるだけ儲かる、百戦百勝の商売をしているのだ。




 今度はプレイヤー、客側の視点に立って考えてみよう。


 カジノでプレイヤーが必勝となる方法はあるのだろうか?



 答え:ない。



 プレイヤーはずっとゲームをし続けていると、一時的には勝利できても、長い目で見れば確率的に必敗である。


 さらに複雑な数字のマジックを使って、「ディーラーをやっつけろ!」と息巻いて必勝を生み出したという人たちもいたらしいがそれはまた別の話。


 この説明を始めると、それこそ本一冊分になってしまう。




 見つかった瞬間にカジノに摘み出される卑怯な手でも使わない限り、プレイヤーは絶対に勝てないと断言できる。


 そして、カジノは永遠と儲かり続けるのだ。



 頭の体操の終わり。



 というわけで、客が誰もいないような閑古鳥が鳴いたようなカジノでさえなければ、カジノはリスクなしで、そこそこ儲かるビジネスなはずである。


 この店が面していて、見たことない種族たちがたくさん歩いていたカンテカンテラ商店街の盛況っぷりを考えるに、ピエロ&ドラゴンに全然客が来ないとも考えずらい。


 いや、ボロボロっぷりから考えるに、もしかしたら客が来ないのかもしれない。




 テーブルを濡れ雑巾で懸命に拭いているジェスターに声をかける。



「なぁ、ジェスター」


「なによ、キン」


 ジェスターはテーブルを拭く手を止めずに返事をしてくる。



「この店には、そんなに客は来ないのか?」


「この店の規模にしては、悪くない人数が来るわよ?」



 来てるのか。



「じゃあ、なんで店が全体的にオンボロなんだ?初めて来たばっかりの人の店をどうこう言って申し訳ないけど、この店はどう見ても儲かっているようには見えないんだ。何か事情でもあるのか?」


「そうね、事情がなくもないわ。でも私1人が食べていけるプラスちょっとぐらいは稼げてるわよ」


「その事情ってなんなんだ。カジノって”金儲け”って視点っで考えれば悪くないっていうか、むしろかなりいい部類に入るだろ。カジノ側必勝で、プレイヤーからそこそこのお金でもとれるっていうか、プレイヤーに「ずる」とか「チート」とか、それこそ使、利益がしっかりと上がっていくだろう」



 ジェスター1人がなんとか食べていって、新しい設備の投資に金を回せない理由とは何なのだろうか?



 いつの間にか、ジェスターは俺の方をじっと見つめいた。


 ジェスターは俺に対して、言葉を投げかけてくる。

    



「キン、今あなたが答えを言ったじゃない」




 俺が答えを言った?

 何の話だ?


 このカジノが儲からない理由か?



「”ずる”とか”チート”とか、それこそ使、利益がしっかりと上がっていくだろうって」



「.........まさか」



「この世界の住人たちは、人間もエルフも、あらゆるタイプの獣人たちも、蜥蜴族も竜人も、その他の種族だって誰でも、しっかりと訓練さえしてれば、みんなが使じゃない」



 異世界ファンタジーの王道中の王道、「剣と魔法の世界」には当然、魔法があるから「剣と魔法の世界」なのである。



 この世界には”魔法”がある。


 そして、ジェスターの経営するカジノ・ピエロ&ドラゴンは、魔法使いたちの餌食になってしまい、「ずる」や「チート」、つまりは「魔法」によって、必勝のはずのゲームで負けてしまっていたのだ。



 異世界カジノは魔法によって、経営難に陥っていた。

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