1-4 異世界カジノへようこそ!

「1,000Dドリームになります」



 ジェスターは、邪悪な笑みを浮かべてそう告げてきた。


 彼女が何をおっしゃっているのか、文脈はもちろんのこと、単語の意味も理解が出来ない。



Dドリームは、この国の通貨の単位よ」



 なるほどね。そりゃあ円ではないか...って、なるほどじゃない。


 問題なのは、なんで今ジェスターが突如として、お金のことを言い始めたのかである。


 お小遣いでも欲しいのか?


 少し考えてみると、俺は今自分が置かれているであろう現状が理解でき始めてきた。


 どうやら俺は、今、目の前の少女から「金」を請求されているらしい。


 今、食べて俺の胃袋に綺麗におさまったご飯のである。


 俺は顔をピクピクと痙攣させながらまさかと思い問いかける。




「何をおっしゃってるんでしょうか、お嬢さん?」


「はぁ?キン、あんたバカなの?死ぬの?理解できないのなら丁寧に説明してあげるから足りない脳みそでゆっくりと聞きなさい。あ、な、た、は、私の店に入って私の店の料理を食べました。それはもうお皿が綺麗になるほどの完璧な完食をしました。それで、店でご飯を美味しくいただいて、ごちそうさまだけで済むわけないじゃない」


「つまり、お代を払えと...」


「そりゃそうよ、1,000Dドリームきっちりと耳を揃えて払うまでは、一歩も店から出さないわ」



 そこには、俺が優しさに感動をして、暖かさに涙を流した少女はどこにもいなかった。


 店に入ってご飯を食べてお金を払うのは、もちろん当然なのだが、そんな流れではなかったはずである。


 シャワーを借りて、服を着替えさせてもらって、ご飯を食べさせてもらって、ありがとう。


 いつかまた会う日まで。


 これでは終わらないのか?


 俺はもしかして、いやもしかしなくても完全にはめられたのだろうか?



「なぁ、ジェスターよ。お前に残っているかもしれないわずかな可能性、良心に問いかけるのだが、俺が金をびた一文持っていないことは知っているよな」


「もちろん、キンが着ていた汚らわしい服を処分したときに、しっかりと全部のポケットを確認したわ。あんたお金どころか持ち物が何もないじゃない」



 なるほど。俺に支払い能力がゼロなことはあらかじめわかっていたらしい。



「じゃあ、なぜ金を請求するんだ」


「はぁ?あんたがお金を1Dドリームも持っていないことと、このお店の料理の値段が有料なことには何にも関係がないでしょ。食べた分はしっかりと払ってもらいます」 




 全く話にならない。

 話が通じない。


 ジェスターは、問答無用といった態度である。




「わかった。仮にさっき食べさせてもらった料理の値段がタダではなかったとする。でも、支払い能力が明らかにない奴に料理を提供する店側にも問題があると思うんだが...」


「そんなものは知らないわよ。それはあんたの都合でしょ。それで払えるの?払えないの?」


「......払えません」



 ジェスターはあらかじめ答えが決まった問いを投げかけてきて、俺は決まりきった答えを返した。


 理不尽の壁を乗り越えてきて、完全に罠にハマった”まな板の上の鯉”状態の俺ができることと言えば、きっとこの後すぐに言われるであろう、ジェスターの本当の要求がひどいものではないことを願っているだけであった。



「そう。払えないの......困ったわね」



 困っているらしい...。



「それならば、ここは体で払ってもらうしかないわね」




 ジェスターは、より一層に邪悪さをました笑みを浮かべてそう告げてきた。


 どうやら俺の異世界生活初仕事は、のんびりと農業をすることでもなければ、冒険者として仕事を受けることではないことは確定したらしい。





 ジェスターがやれと命令してきた仕事は、そのプロセスこそ異常であったのだが、仕事内容としてはごく普通のものというか、ありきたりのものであった。


 ジェスターの店をお手伝いである。


 普通に頼まれたのなら受けても何も問題がないような類のものであった。


 彼女は、今俺がいるこの店を1人で切り盛りして生活をしているらしい。


 ジェスターは、この店をちょっと手伝ってくれる人が欲しくて、タダで使えるかもしれない人を見つけて、罠に嵌めたようである。


 その罠にかかったのが俺である。





 さて、ジェスターの店はどんなものかというと...、実は俺は店に入った瞬間から気が付いてはいた。


 しかし、あえて話題にはあげなかっただけである。


 ジェスターの店は、風呂やベッドを貸してくれる宿屋でもなければ、飲食物を提供するのがメインの飲食店でもない。


 それは、決して日本で見ることがない営業形態の店である。


 扉を開けたときに目に飛び込んできたのは、マス目に数字の刻まれた緑色のテーブルに、赤と黒色の枠に等分に仕切られた円盤、ルーレット。


 壁には、日本にいたときに見たものよりも、ふた回りくらい大きな円形のダーツの的。


 別の方向の壁を見ると、どう見てもスロットマシーンにしか見えない機械が鎮座していた。




 ジェスターの店の正体は「カジノ」だった。




 ジェスターの服装も、カジノのディーラーが着ていそうな制服姿である。


 店内に調理場があり、ビールが出そうな蛇口付きの樽が置いてあるところを見る限り、どうやら飲食物の提供はしてるらしい。


 如何にも個人営業といった雰囲気の小さな店ではあるのだが、カジノであることには変わりはなく、メインとなる商売は”賭博”である。



 きっと、店の前の看板にはっきりと書かれていたであろう「カジノ」の文字を俺は見逃していた。


 キンと名乗ってしまったのも、うっすらと残っている過去の記憶だけが原因ではなく、「カネ」の匂いしかしないこの空間にも影響を受けていたのだろう。


 そもそも普通の店であれば、夕暮れ時には営業をしていてもおかしくなく、2人っきりでのんびりとご飯を食べてる暇はなかったはずだ。


 それができたのはジェスターのカジノが夜営業であり、これから開店する予定だったからである。


 夜営業ということは、定食を食べるレストランというよりかは、居酒屋のようなものなのだろうか?



 俺は開店準備をしているジェスターに見つかって、捕まったのであった。




 こんな成り行きで、異世界らしき場所でカジノの臨時従業員として働くことになってしまった。


 「金」の匂いが強すぎる場所で働くのは、過去のトラウマから御免こうむりたいのだが、きっとそんなことを言ったところでその主張が通る未来は見えない。


 傷つけられるだけだろう。




 まぁ、一飯の恩があるのも事実であり、大恩人なのだから、1日くらいの手伝いならばやってもいいだろう。


 行く当てもないし。


 すっかりと諦めた気力のない俺の表情を見て、ジェスターは満足そうに頷いている。


 そして、満面の笑みでこう言ってきた。




「カジノ・ピエロ&ドラゴンへようこそ!」

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