新しい人生はギャンブルと共に
1-2 Hello world
俺は、とてつもない刺激臭と共に目を覚ますことになる。
辺りは真っ暗である。
寝転がった状態の自分の体が、何か”腐ったようなもの”が取り囲まれている気がする。
ん?壁がある...。
現在の俺は、四方が壁に囲まれている幅2m、高さ1m箱のようなものの中にいるようだ。
自分の上にある蓋の間からわずかに射し込む光を使って確認するに、俺を取り囲んでいるものは”腐ったようなもの”ではなく、本当に腐ったゴミであった。
野菜カスに魚の骨、何かを包んでいた袋に、正体のわからないネバネバとした液体などによって、全身がゴミまみれなのである。
意識がだんだんと覚醒してきて考える。
―――どんな人生を送ってきたらこんな悲惨な状況に陥るんだろう。
確かに俺は、自分の部屋の布団の中で寝たはずだったんだけど......。
自分の上にある箱の蓋に鍵がかかっていないことを祈りながら、起き上がろうとして、いざ蓋を押そうと右腕を上げている途中で、その蓋が勝手に上がっていった。
まさかのセンサーを搭載した自動式...というわけではもちろんない。
そうだとしても、ゴミ捨て場の箱の中にセンサーを搭載するとかバカすぎである。
誰が使うんだよ。そのセンサー。
ゴミ捨て場の中に隠されたゴミセンサーだ。
ゴミ捨て場の蓋が空いたのは、たまたま同じタイミングで外から蓋を開けた人がいただけであった。
邪魔するものが何もなくなった空間の先には、自分を見つめる1人の少女がいた。
彼女は箱の中に広がるありえない光景に対して、一瞬驚いたような顔をしたが、その表情はすぐに警戒と軽蔑の色へと変わる。
そして、口を開けるとこう言い放った。
「ゴミ箱開けたら、ゴミがいた。きっとゴミみたいな人生を送ってきたのね」
......いくら何度も辛辣すぎませんかね。お嬢さん......。
俺はなんとか、このゴミ箱から這い出すことに成功をした。
立ち上がってあたりを見渡すと、どうやら俺は建物の裏にある路地に置かれたゴミ捨て場の中にいたらしい。
体についたゴミは、俺は重さで潰れて破れたゴミ袋から出てきたもののようであった。
一連の動作を終えるまでに目の前にいた少女は、警戒の視線を一切変えないどころか深めていった。
少しも手を貸してくれなかったことはもちろん、手を貸してくれるそぶりすら見せなかったことは言うまでもない。
それにしてもなんだか周りの風景や建物が歴史を感じるというか、古臭いというか...。
そんなことを思っていたところで少女が声をかけてきた。
「そこで何をしてたの?」
「何をしてたっていうか......」
「何でそんなところの中に入っていたの?バカなの?」
「......初対面でバカは酷くないか?気が付いたらこの中にいたんだよ。俺だって理由はわからない」
それにしても、さっきからこの子、口が悪いな...。
「何で生きているの?ゴミの分際でどうしてしゃべるの?どうして生きているの?死んでしまえば?」
「そこまで言うか!?ただただ、ひどいな!!」
そりゃあ、ゴミ箱の中から這い出てきた俺の方が100%悪いが、そこまで言わなくてもいい気がする。
すると少女は、「はぁ」とため息を1つして続きの言葉を言う。
「まぁ、いいわ。あなたが言っていることは何一つとして理解できないけど、理解したいとも思わないけど、今すぐ私の視界から消えて二度と目の前に現れないで。あなたの居場所がゴミ捨て場だと言うのなら、私の店の近くじゃなくて他のゴミ捨て場にしてちょうだい」
そう告げて、少女は自分の言いたいことは全部言ったと言わんばかりに踵を返して立ち去ろうとする。
「お嬢さん、待ってくれ!あのさ...、家に帰りたいんだけど、ここがどこだからからないんだ。助けくれとは言わないから、せめてここがどこだか住所だけでも教えてくれない?」
申し訳なさを全開に出した声をだしてみたのだが、その作戦は成功したようだ。
俺の声に反応した彼女は、めんどくさいとの感情を隠さない表情で答えを返してきた。
「カンテカンテラ商店街の近く」
「はい?」
聞きなれない言葉に対して、反射的に返事をしてしまう。
「だ、か、ら」
「リリィ王国、第6区、カンテカンテラ商店街から一本道が外れた裏路地よ」
「............はい?」
たっぷり間を開けてからでてきた言葉は一度目の返事と全く同じものであった。
言葉が通じること、口の悪さばかりに意識を取られていたのだが、冷静に考えてみてば目の前の少女の、肩にかかるかどうかぐらいの長さの髪の毛は銀色に光り輝き、終始軽蔑の視線を向け続ける瞳は青く染まっていた。
明らかに日本人のものではない。
そして、カンテカンテラ商店街とやらの表通りに連れて行かれたところで、日本に遊びに来た外国人でもなければ、彼女が髪を染めて、カラーコンタクトを使ったオラオラ口調のヤンキーであるというわずかな可能性も消失する。
夕暮れ時となったその商店街は人で溢れて賑わいを見せている。
鼻にたどり着いてきたデミグラスソースのような濃ゆい食欲をそそる匂いから、もしかしたら夕食の準備をしにきた人たちかもしれないと連想した。
いや、”人”で溢れているとの表現は正しくないのかもしれない。
確かに、”人”のような者もいるのだが、彼ら彼女らの中には明らかに”人”ではな者が混じっていた。
そこには、オレンジ色に輝く太陽光が美しく反射をする透き通った白い肌、尖った耳が特徴的なファンタジー物語にでてくる”エルフ”のようにしか見えない買い物かごを抱えた美女、そして、一歩、歩くたびにふさっふさの大きな尻尾が揺れる狐のような尻尾を持った小さな女の子、身長2mを超えていて、歩くトカゲとしか言いようがない見た目の巨大な”蜥蜴男”などのいわゆる亜人達が歩いていた。
彼らは、それが何の疑いもない当たり前の現実ですよと言わんばかりの存在感でそこに実在している。
商店街に並んでいる野菜や果物は、見たことがない色や形をしたものばかりであった。
頭が真っ白になった俺が、狐の小さな女の子を捕まえて、怯え切った表情の彼女の耳を揉みしだき出したところで、腕をつかまれる。
裏路地で出会った少女の青い瞳は、”警戒と軽蔑”から”心配と困惑”の色へと変化していた。
「お困りのようで?」
「......どうやら俺は、迷子になってしまったみたいだ」
これが全部夢じゃなければね。
よほど途方にくれているように見えたのだろう。
少女はまた大きくため息をした。
しかしそこから感じ取れる意味合いは、先ほどの面倒くささのこもったものとは全く違ったものであった。
やれやれしょうがないわね、といった声が聞こえてきそうである。
「まぁ、お困りのようなので、本当はあなたみたいな変質者は放っておきたいんだけど、本当は即、治安維持兵たちにでも引き渡したいんだけど、今日は機嫌が悪くはないから、しょうがなく助けてあげようかなと思わなくもないわ」
......前置きが異常に長い。助けようとしてくれてるんだろうけど、助け方が不器用すぎる。
「とりあえず、うちの店にでも来る?」
「へ?」
「だから、私の店にでも来ない」
「...君の店があるのかい?」
彼女の店があるらしい。
「だから、あんたは私の店の裏路地にあるゴミ捨て場の中に捨てられていたの」
そう言えば、その瞬間は全く気にしていなかったのだが、そんなことを言っていた気もする。
「とりあえずご飯でも食べない?お腹すいたでしょ」
こうして俺は、謎世界の中で見知らぬ少女に付いて行き、店の中に入ってこの世界ご飯を食すことになる。
このとき、店の看板を見ていなかったのは、見ようとすらしなかったのは、混乱しきっていたとの言い訳は立つのだが、やっぱり軽率だったと言わざる得ない。
もしも、このときしっかりと看板に刻まれた店名に意識を向けていれば、この場から立ち去るという選択肢もあったのだ。
その店は、元いた世界の日本には絶対に存在をしない種類の店であった。
そして、少女の店とやらに入って5分後には、俺はパンツ一枚すら身にまとっていない全裸にひん剥かれることになっていた。
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