第32節 首位浮上

葉が色づき始め、辺りが空き深まる頃。


スタジアムの最寄り駅は、熱気にあふれていた。


「達也! おはよう!」


元気よく表れたのは、俺の彼女で一緒にサッカー観戦をする美帆。


「おはよう」


美帆へ挨拶を返して、どちらからとでもなく手をつないでスタジアムへと歩き出す。


今日は、ホームで残留争いをしている松本との対戦を迎える。

応援しているチームは、うなぎ上りに絶好調をキープで4連勝。


前節、首位と勝ち点1差の2位へと上り詰めた。


「いやぁ~にしても寒いな」

「そうだね~。なんか今年もあっという間にまた冬がやってきたね」


そんな他愛もない会話をしながら、俺達はスタジアムへと向かう





スタジアムへと到着したのはいいのだが、今日は二人ともすっかり列整理のことを忘れていたので、最後尾に並んで入場。

果たして、席は確保できるのだろうか?


そんな不安を抱えながらも、俺達はゆっくりゆっくりと待機列から入場口へと進んでいく。


ようやくスタジアムには入れたのは、試合開始1時間前。

席は何とか応援席を確保することが出来た。


「ふぅ……なんとか席確保できてよかったな」

「そうだね……並んでるだけでちょっと疲れちゃったよ」

「俺も……」

「お昼どうする?」

「あっ~……」


いつもなら、席に入ってスタジアムグルメを購入して食べるのだが、選手のウォーミングアップ開始までもう時間がない。


「俺は、試合終わってから何かちょっと食べるわ」

「じゃあ、私もそうする」

「大丈夫? お腹空かない?」

「もし我慢できなかったら、ハーフタイムに何か買うよ」

「わかった。無理はするなよ?」

「うん!」


そんなことを話しているうちに、GKがピッチに現れた。


俺達はすぐにユニフォームへと着替えに行き、再び席も戻ってからは、試合開始までひたすら声を張り上げて応援するのだった。





今日は試合前の記念セレモニーが多かったので、いつもより沈黙の時間が続く。

セレモニーが終わると、応援のボルテージを一気に上げた。


選手たちはアップを終えて、自陣で円陣を組む。


気合を入れて、各ポジションへと散っていく。


センターサークルにFWの選手がボールをセットすると、審判が急かすようにピィっと笛を吹き、あっという間に試合がスタートした。

どうやら、セレモニーで時間が押したようだ。


試合は前半1分、いきなり動く。

右サイドでボールを受けた選手が横へとドリブル開始、そのままゴール前まで駆け抜けていくと、3人の選手を華麗に交わしてロングシュート!


これがネットに突き刺さり、早々と先制する。


ここ最近、開始早々の特典が続いているので、度肝を抜かれてしまう。


「はっや」

「っね!」


俺と美帆も喜びのハイタッチを交わす。


そこからは、相手もディフェンス組織を修正し、試合は膠着状態が続いてしまった。何度かチャンスはあったものの、決定的なシュートなく前半を終える。


興奮からか、食欲はわいてくることなく、俺と美帆は何も食べずに後半へと臨んだ。


後半は、ボールを支配して、相手が固めるゴール前へと着実に侵入していく。

すると、後半20分、高い位置でボールを奪った選手がカウンター。


ペナルティエリア内へと侵入すると、横へのラストパス。

これを後ろから走り込んできた選手がロングシュート!


しかし、これは奇しくもポスト直撃、追加点とはならない。


終盤は相手が攻勢に出て攻め立ててくるが、ディフェンスの選手が身体を張り、ゴールを許さない。


このまま試合はタイムアップ。1-0と辛勝だったが、貴重な勝ち点3を手に入れた。

さらに、首位のチームが引き分けたため、順位が逆転し、今シーズン初の1位となった。





優勝という二文字が現実味を帯びてきた中、俺と美帆は、家に帰宅してもほとぼり冷めやらなかった。



「首位だよ首位! ヤバイ! マジでヤバイんだけど!」


美帆に関しては、もう何を言ってるのか分からないくらい興奮していた。


「そうだね。やっぱり一番上にいるのっていいよな……」


スマートフォンで順位表の一番上に応援しているチームの名前があると、思わず顔が歪んでしまう。だが、俺にはこれからやらなくてはならない大仕事が待っている。


「美帆……」

「ん、何?」


美帆が首を傾げて尋ねてくるので、俺は真剣な声で答える。


「もし……もしもの話なんだけどさ。優勝したら、伝えたい事が有るんだ。聞いてくれる?」


俺の真意が伝わったのかどうかは分からないが、美帆はとても驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに破顔してにこやかな頬笑みを浮かべる。


「うん、わかった」


返事はそれだけだったものの、その言葉の中には、何か覚悟のようなものもあった気がする。

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