第31節 大詰めの最終盤
リーグ戦も残すところ後3試合。
泣いても笑っても、優勝まであと3勝すればいい。
残りの3試合すべての誇りを胸にファンサポーター、そして選手たちは戦う。
今日はホームに松本を迎えての重要な一戦。
首位との勝ち点差は僅か1差。最終節に直接対決を控えているので、最後まで食らいついていくには勝利が絶対条件の試合。
だが、ここで気負うことなく、選手たちにはいつも通りのモチベーションで試合運びを展開してほしい。
ここ7勝1分と絶好調なチーム状況もあり、ここは絶対にいい流れを保ったまま最終節までぶっちぎって欲しい所。
季節も秋を通り越して、冬の気配すら感じる11月も下旬に差し掛かるころ。
俺と美帆はスタジアムの最寄り駅で待ち合わせをしていた。
時計に目をやってスマホに連絡が来てないか何度も確認する。
しばらくすると、JRの改札から赤いコートに身を包んだ美帆が姿を現した。俺の姿に気が付くと、一目散にこちらへとかけてくる。
「ごめーん! 遅れた!」
手を合わせながら申し訳なさそうに開口一番に謝ってくる美帆。
「大丈夫だよ。まだ時間あるから。行こうか!」
「うん!」
こうして、俺たちは手をつないでスタジアムへと歩き出す。
冬の気配が訪れているとはいえ、今は秋が深まり紅葉真っ盛り。公園や街路樹の葉は色づき、冷たい木枯らしが俺たちの身体を直撃していた。
「うぅ……寒い」
「また肌寒い時期がやってきましたなぁ~」
俺が身震いすると、美帆が感慨深そうにそう呟く。
「確かにそうだな……」
俺もそう返事を返して思い返す。
今思えば、2月の下旬。まだ冬真っ盛りの時期にリーグ戦が開幕して、こうして美帆とまた季節を廻って過ごしてきた。なんか、あっという間だった気がするし、充実していたような気もする。
「どうしたの?」
俺が黙考して真剣な表情をしていたのを疑問に思ってか、美帆がキョトンと首を傾げていた。
「ん? あっ、いや……開幕当たりの頃を思い出してな。あの頃も厚手のコートを身に着けて、応援してたよなと思って」
「あぁ……確かに。なんかそう考えると1年ってあっという間だよね」
「そうだな……」
これで美帆と付き合ってさらに月日が流れ、また次の年を迎えるのだろう。
「だから……」
すると、美帆が俯きながら口を開いていた。言葉の続きを神妙な面持ちで待っていると、美帆は俺の方へと顔を上げて、柔和な笑みで微笑んだ。
「絶対、優勝しようね!」
その言葉には、確かな覚悟が窺えた。
だから、俺の拳を握りしめて、美帆に微笑んでいった。
「おう!」
◇
入場を済ませて、席を確保して昼食を取り終えて、今は選手たちのウォーミングアップが始まり、ようやく応援が始まるところだ。
優勝争いをしているため、スタジアムには大勢のお客さんが訪れて活気にあふれていた。
コールリーダーがサポーターたちを鼓舞して、ひとりでも多くの声援を選手たちに届けようと、熱い声を上げる。それに応えるようにして、俺達の声も自然と大きくなる。
気が付けば、身体も声を張り上げたことで熱を帯びて温かくなっていた。
こちらも試合に向けて応援の声を温め終えたところで、両チームの選手紹介が行われて、選手入場の時。
神聖なアンセムが流れて、選手が入場してくる。
相手チームサポーターも残留がかかっている大一番の試合だからか、大勢のサポーターが詰めかけていた。
その声に負けじと、こちらも声援を上げる。
ボルテージが最高潮に達する中、選手たちは真剣な表情で自陣に集まり円陣を組み、各ポジションへと散らばった。
審判が時計を確認して、両手を挙げてピィっとホイッスルを鳴らして、試合が始まった。
◇
試合は開始早々にいきなり動く。
右サイドでボールを受けた選手が中央へと向かってドリブル開始。
そのまま相手3人を引き付けて、シュートフェイクで相手選手をスライディングさせてノーマークにさせる。
それを見逃さなかった、左足一閃!
これが見事ゴールネットに突き刺さり、先制に成功する。
試合はその後、こちらがボールを支配しつつ、相手の引いた守りを崩そうとする展開。
しかし、相手も堅固な守備で追加点を許さない。
一方、ボールを奪ってカウンター、そしてセットプレーからのチャンスを伺うが、その後はお互い決定的なチャンスは訪れずに前半を終える。
後半、まずチャンスを作ったのは相手選手。コーナーキックからボールがこぼれた所をヘディングシュートで押し込もうとするが、ここは間一髪ディフェンスがブロック。ゴールを許さない。
一方、中々ゴールをこじ開けることが出来ない。
そんな中、中盤の選手が少し遠目の位置からロングシュートを放つも、これは惜しくもクロスバー直撃。
その後は、相手が一点を取ろうと攻めに転じてくるが、幾度となくクロスボールを弾き出していく。
そして、タイムアップの笛がなる。
5連勝をあげて、首位のチームが引き分けたため、今シーズン初の首位に浮上した。
◇
帰り道、今日は多くのお客さんが来ていたためか、駅は珍しく入場規制がかかっていた。しかし、ピリピリとした通勤ラッシュ時のような緊張感はなく、皆朗らかに和やかな雰囲気が辺りを覆っていた。
まだ試合のほとぼりが冷めぬ中、俺達はようやく電車へと乗り込んだ。
ドアと座席の間のスペースに美帆を入れて、俺が壁となってスペースを確保する。
美帆は上目づかいで俺を見つけてきた。
「ん? どうした?」
俺が尋ねると、美帆はニコリと微笑む。
「後2勝だね」
「そうだな」
「なんか、もう緊張してる」
「早いな……まだ何も決まったわけじゃないのに」
「ううん……なんか感じるの」
「何が?」
首を傾げると、美帆は確かな確信を持ったような表情で言い放った。
「優勝できるって」
「……」
その美帆の言葉に思わず言葉を失ってしまう。なぜ言葉を失ってしまったのか、普通に適当に相槌の一つでも打てればよかったのだが、何も言うことが出来なかった。
恐らく、何か美帆から感じ取ったものがあったのかもしれない。
けれど、一つだけ言えることは、美帆と一緒に優勝の瞬間を分かち合いたい。
ただ、それだけが、俺の心の中に確かな意思として芽生えた。
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