第30節 風邪

「風邪ひいた……」


 やってしまった。

 季節の変わり目だから、細心の注意を払っていたにもかかわらず、やらかしてしまった。


 しかも、何故よりによって試合がある日の土日に引いてしまったのだろうか?

 本当に運がない。


「もぉ~何やってんのよ達也……」


 隣には、俺を憐みの表情で見下ろしている美帆の姿があった。風邪ひいたと連絡したら、すぐさま駆けつけてくれたのだ。


「すまん美帆……俺はいけそうにないから。ゴホッ……一人で試合楽しんできてくれ」

「何言ってんの! こんな弱り果てた彼氏置いて一人でいけるかってーの!」


 コツンとおでこを叩かれた。少しの衝撃でも頭がガンガンして痛い。


「うぅ……すまん」

「いいっていいって! テレビで試合はいくらでも見れるし。今大切なのは、達也の体調だから。ほら、試合の時間になったら起こしてあげるから、寝てな?」

「おう……わかった」


 美帆が立ち上がり、部屋から出て行くのを眺めながら、俺は重い瞼を閉じて眠りについた。



 ◇



「……やっ……達也……」

「んん……?」


 誰かから呼ばれる声が聞こえ、目を覚ます。

 視界には部屋の天井と美帆の顔が映った。


「達也、試合始まるよ」


 部屋の掛け時計を見ると、時刻は午後の2時を回ったところだった。


「あぁ……ありがと……」


 モゾモゾと布団の中で身体を動かして、眠気を覚ましているのを美帆はずっと見ている。


「一人でそっちいけるから、先リビング行ってていいぞ」

「わかった」


 俺がそう言うと、美帆は安心したように立ち上がってリビングへと先に向かっていった。


 その姿を見送ってから、俺は身体を伸ばして大きな欠伸を一つしてから起き上がる。

 若干まだ頭がぼぉっとしているが、くらくらするといったような様子はなかった。

 俺はゆっくりと立ち上がって、美帆がいるリビングへと向かった。




 ◇


 試合開始早々から、テンポよくパスを回して相手陣内へと攻め込んでいくと、前半17分、自陣からの速いリスタートから左サイドでパスを回して攻めあがる。


 ゴール前を確認して、的確なクロスを供給すると、これに逆サイドから飛び込んできた選手がダイレクトで合わせる! 

 これが、ゴールネットを揺らして先制に成功する。


 そのわずか5分後、またも今度は左サイドでドリブルを開始。

 一度は相手にボールを取られてしまうが、相手が選手に当ててボールを外に出そうと蹴ったボールが失敗して前へと転がっていく。


 それを追いかけてくるキーパーと左サイドの選手。

 先に追いついたのは左サイドで粘り勝ちした選手!

 後ろ方向へのゴール前へパスを送ると、ボールを受け取った選手はゴール隅に右足一閃!

 クロスバーに当たりながらもネットを揺らして2-0とリードを広げて前半を終える。


 後半は、打って変わって相手ペースで試合が進んでいく。

 コーナーキックのこぼれ球から、シュートを打たれるが、クロスバー。

 この後にもコーナーキックからヘディングシュートを放たれるが、これまたクロスバーに救われる。


 しかし、後半23分、相手がペナルティエリア内右サイドをタッチライン際まで攻め込んでくると、マイナスギミのグラウンダーのクロスを上げる。

 一人がスルーして、待っていたノーマークの選手がワンタッチ―シュート。これがキーパーの腕をはじきながらもゴールに吸い込まれてしまい、2-1となる。


 そこから、運動量の落ちたチームは守備に時間を追われる。

 だが、何とか最後のところで守り切り、追加点を許さない。

 アディショナルタイムになり、相手が攻撃的になっていた裏を取り、キーパーと一対一のビッグチャンスを迎えるが、これは惜しくもキーパーのファインセーブに阻まれてしまう。


 結局試合はそのまま2-1で終了。

 首位チームにきっちりついていく、勝ち点3を手に入れた。


 ◇



 試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、俺は美帆の方へと倒れ込んだ。


「おわっ! ちょっと、達也大丈夫?」


 驚きながらも、美帆は俺の身体を迎え入れて、膝枕の体勢を取ってくれた。


「うう~ん……平気……」


 虚ろ虚ろな返事で答えると、美帆が俺の額を手で触れてきた。


「いやっ! ちょっと凄い熱! いま冷えピタと氷枕用意してくるから待ってて!」


 どうから白熱した試合の熱気にやられて、熱が上がってしまったようだ。確かに、服の下は汗がにじんでぽかぽかと温かい感じがする。


 美帆の柔らかい膝枕は惜しかったが、美帆は俺をソファーに置きざりにして、キッチンへと向かっていってしまった。


「達也! 布団に戻れる?」

「う~ん……なんとか?」

「じゃあそっちに氷枕持っていくから」


 そう美帆から告げられた後、俺はゆっくりと起き上がる。

 頭がくらくらして足元がおぼつかない感覚がある者の、なんとか勘で足を踏み出して、自分の部屋の布団へと向かっていく。

 なんとか到着したところで、俺は布団へ倒れ込んだ。


「こら、ちゃんとあおむけに寝っ転がって!」


 しばらくすると、美帆のそんな声が聞こえてくる。


「ったくしょうがないなぁ~」


 既に瀕死状態の俺を、美帆が一生懸命動かしてくれて、俺はなんとか仰向けに真っ直ぐ寝ることが出来た。


「はい、頑張って頭持ち上げてね。せーのっ!」


 俺は微かな力を振り絞って、首を上げた。そこに美帆の手と冷たい氷枕が挟まれる。

 首を置いた瞬間、心地よい冷たい氷枕が俺の頭を和らげる。

 しばらくして、今度はピトっと額に冷たい感覚が伝わる。


 美帆が冷えピタを張ってくれたらしい。


「おやすみ、達也」


 チュっと頬に柔らかい美帆の唇が当たった気がするが、俺は目を開けることは出来ずに、そのまま眠りへと吸い込まれていくのであった。

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