第28節 暑さとの戦い
9月も終わり、暦は10月へと突入した。
なのに……
「どうしてこんなに熱いのぉ~」
「台風一過の余波らしいけど、流石に熱いな……エアコン付けていいぞ」
「ありがと~」
ベッドに干物のように寝っ転がっている美帆が腕を懸命に伸ばして、ソファーとテレビの間にあるテーブルの上に置いてあるエアコンのリモコンを必死に取ろうとしていた。
俺はそんな美帆の姿を見ながら昼食の準備を進めている。
ようやくリモコンを手にした美帆は、エアコンの方へリモコンを向けて、ポチっとボタンを押した。
ピィ~っという機械音と共に、エアコンが作動しだす。
「達也~窓閉めて~」
「はいはい」
俺が火を一度泊めてから、リビングの窓と扉を閉めてエアコンが効くようにする。
「ありがと~」
「もう少しでお粥出来るから、もう少し待ってて」
「うん・・・・・・」
ソファーの上で項垂れている美帆のおでこには冷えピタが貼られている。
今日の朝のことだった。
「何か身体が熱い~」
と言い出した美帆。
最初は真夏に逆戻りした暑さにやられてへばっているのかと思ったのだが、顔は火照って赤くなり、息もいつもより荒い感じがしたので、体温計で熱を測らせてみると38度の熱があった。
「こりゃ風邪だなぁ……」
「えぇ~じゃあ……」
「今日は大人しく安静だな」
「えぇぇぇぇ~」
ご不満そうな美帆を近くの耳鼻科に連れて行き、処方箋を貰って、冷えピタなどの風邪用のものをコンビニで買い込み、美帆をベッドではなく駄々をこねたのでソファーに寝かして、今に至る。
家に帰る時、『達也だけでも試合行きなよ。私のことは心配しなくて平気だから』とか言っていたが、こんな風邪を引いている彼女をほおっておいてサッカーを現地に見に行くような酷い奴ではない。
「ほら、出来たぞ」
俺は完成した玉子粥をソファーの前のテーブルに置いた。
「ありがと……」
ゆっくりと起き上がった美帆は、どこかぼおっとした表情をしている。
「大丈夫か?」
「うん……なんとか」
「熱計ってみ?」
「うん……」
言われるがままに体温計を差し出して体温を測らせると、熱は38度5分まで上昇していた。
「熱上がってるな……ご飯は食べれそうか?」
「う~ん、なんとか……」
すると、美帆がトロンとした目でこちらを見つけてきた。
「食べさせて??」
「……わかった」
恐らく目がすわっているのは風邪で元気がないせいだろう。
俺はスプーンですくったお粥をフーフーと冷ましてから、ゆっくりと美帆の口元へと運んでいく。
美帆はパクリと口を開けてお粥を飲み込んだ。
モグモグとしばらく噛んでから、ゴクリと飲み込む。
「あ~」
そして、再び口を開ける。どうやらもう一口ご要望らしい。
俺はその要望に応えるようにしてまた一口分をスプーンで掬い、フーフーっと冷ましてから美帆に食べさせる。
美帆はまたパクっと口の中に入れると、満足そうな笑みを浮かべながらゆっくりと噛んで呑み込んでいく。
こいつ……この状況を楽しんでないか?
「うん、おいしい」
まあ、病人にぐちぐちいう筋合いもないので、美帆に餌付けという名のあーんをしているうちにあっという間に平らげてしまった。
「ふぅ~お腹いっぱいだ」
「水テーブルに置いておくから、薬飲んでから寝っ転がれよ?」
「は~い」
美帆の返事を聞いて、俺はキッチンへと戻った。
再び美帆の元へ戻り、無理やり薬を飲ませたのは言うまでもないことだった。
◇
時刻は午後の2時を迎えた。
俺はテレビをぽちっとつけて、有料チャンネル『ダズーン』を付ける。
試合を現地に見に行かないのが久しぶりなので、テレビ越しでこうしてライブ配信を見るのも懐かしさを覚えている。
「美帆、試合始まるぞ」
「んん・・・・・・う~ん……」
昼寝をしていた美帆はまだ眠いのか、寝息を立てながら唸っている。
まあ、試合の音がテレビから聞こえてくれば勝手に起きてくるだろう。
テレビでは、両チームのスターティングラインナップが画面で紹介されている。
背面では選手たちが円陣を組んでいる映像が、バッグに映し出されている。
どうやら相手チームがコーチチェンジをしたようで、攻撃の方向が逆になっていた。
審判がセンターサークルにボールをセットして、時計を確認する。
ピィっという笛が鳴り、試合が始まった。
前半開始から、お互いバンバン攻め立てるぞという気迫あふれる攻撃が続き、相手チームが多少優勢で進む。それもそのはず、今日の対戦相手の順位は現在最下位。
1部リーグに残留するためには、勝ち点を積み上げ続けるしかないのだ。
だからといって、こちらも優勝するためにも勝ち点を取りこぼすわけにはいかない重要な一戦だ。
お互いの気持ちと気持ちがぶつかり合う試合展開がテレビ越しでも伝わってくる。
そんな中で迎えた前半30分。一瞬の隙をつく。
右サイドバックの選手がスルーパスを送ると、絶妙なタイミングで向けだした右ウイングの選手がペナルティーエリア内に侵入。相手キーパーが飛び出してきたところを中央へ味方の選手へラストパス。すると、これが急いで戻って来てスライディングした選手の脚先に当たり、ボールは無情にもゴールへ流れ込む。
ほとんどチャンスがないなかで、オウンゴールという形にはなったが、ラッキーな形で先制点を決める。
「よしっ!」
俺がテレビ越しで一人ガッツポーズをしていると、後ろがガサっと布団を剥がす音が聞こえる。
「え? 何? 決まったの!?」
美帆が飛び起きたようで目を見開いてテレビ画面を見つけている。
「あぁ、オウンゴールだけど、先制点!」
「えぇ~見てなかった~!!」
美帆は頭を抱えて悶えている。
「ハーフタイムに巻き戻して見せてやるから待ってろ」
家でダズーンを見るときにいい利点は、見逃したシーンを巻き戻して再生できることだろう。
スタジアムで見ていると、巻き戻しは出来ないため、見逃してしまうと何が起こったのか分からないときがある。
家で見ているとそれがないので、嬉しい所だ。
まあ、そんなやり取りがありつつ、前半は1点リードで終えた。
美帆に先制点のシーンを巻き戻して見せてあげた後、後半はソファーに座って観戦する。
美帆は起き上がると、まだちょっと辛いのか、頭を俺の肩に預けながらテレビ画面を見ていた。
後半は、暑さのせいもあるのか、相手チームが懸命にゴールへと迫ってくる。
この時頭を過ったのが、先週の試合。後半終盤に同点ゴールを許して、痛み分けとなったシーンが頭の中に蘇る。
なんとか選手たちは耐えていたが、失点してもおかしくない危険なシーンを何度も作られてしまう。
不安がよぎっていた時、一瞬の風が吹いた。
テンポよくパスを回して左サイドを抜け出した選手が顔を上げて、思い切りよくサイドチェンジ!
そのボールを見事なトラップで足元に受けた右ウイングの選手がドリブルを仕掛けてそのままタイミングをずらしたシュートを放つ!
これがゴール左隅に決まり追加点を奪うことに成功した!
俺と美帆は『やったぁぁぁぁ』っと両手を上げて喜んだあと、お互いに見つめ合って
抱き合った。
熱のせいなのか、喜んだせいなのか分からないが、美帆の身体はまだポカポカと温かった。
こうして、精神的にも余裕が出来た選手たち。
何人もの選手たちが終盤足をつったり厳しい暑さにも見舞われたが、なんとか最後まで無失点で乗り切って試合終了。
スコア2-0で勝ち点3を手にした。
そして、気になるのは他会場。俺はタズーンのチャンネルを回して同時刻に行われていた首位チームの試合に切り替えた。
すると、なんということだろうか。後半アディショナルタイムに相手チームが決勝点を決めて劇的勝利!首位のチームが破れ、遂に勝ち点差1まで迫ることに成功した。
「やったぁぁぁぁ!!!」
この結果を見て、また俺と美帆は抱き合った。
心なしか、美帆はさらに身体の熱気を帯びているような気がした。
その時だった。ふっと力が抜けたように美帆の身体が俺に倒れ掛かる。それをガシッと受け止める。
「美帆!? 大丈夫か?」
「ごめん達也……興奮しすぎて頭クラクラしてきちゃった……」
苦笑交じりにそう言ってくる美帆。
俺は試合に気を取られるあまり、美帆の異変に気付いてやれなかった。
そのことを悔やんだが、俺は今できることを考えて行動することを心掛けた。
「待ってろ! 今氷枕用意するからな!」
そう言って、美帆をゆっくりとソファーに寝かせて、新しい冷えピタと、氷枕、ポカリを用意してやる。
迅速な対応も相まって、なんとか美帆は息も整いだし、気が付けば寝息を立て始めた。
「ふぅ……」
俺は思わず額に掻いた汗を拭う。
「もう少し、目の前のことに気を遣う心がけをしよう……」
俺にとって一番の大切な人を失うわけにはいかない。それが、趣味・仕事をすべて犠牲にすることになったとしても……
こうして、俺は改めて目の前にいる彼女の大切さに気付かされるいいきっかけになる日となった。
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