第26節 優勝争いに残るために

 今日はアウェイで広島との対戦を迎える。

 前回は令和になって初ゴールを決めて勝利した相手。しかし、アディショナルタイムに誤審めいたプレーがあり、少し後味の悪い勝利となったので、今日勝ってその時のうやむやを払拭したいところだ。


 さらに、現在うちのチームが3位、広島が4位。他会場で1位と2位の直接対決が行われている。

 つまり、この試合万が一落とすようなことがあれば、優勝争いから大きく転落することになる非常に大変な試合なのだ。


 さらにさらに、広島は現在11戦負けなしと絶好調。リーグ最少失点記録も持っており、今一番厄介な相手といってもいいかもしれない。


 広島駅からアストラムラインで終点広域公園駅前駅で下車して坂道を歩くこと約10分ちょい、ようやくスタジアムが見えてきた。


「相変わらず広島のスタジアムは遠いねぇ」


 隣で美帆が苦笑した顔でぼやいていた。

 近年、市内に新スタジアムを作る計画があるそうなので、このスタジアムで試合を見れるのも後、何年間かだろう。

 このスタジアムは、夕焼けがきれいなので個人的には好きなのだが、やはり市街地の中心部から電車で1時間となると考えものである。


 真夏の蒸し暑さは過ぎ去り、心地よい秋の陽気となっていた。

 夕焼け空が広島の山に沈んでいき、草むらではコオロギや鈴虫が心地良い音を奏でていた。


 スタジアムに入り、場所取りを終えてから再入場口を出る。

 ナイターのゲームで広島となると、さすがのサポーターも相対的に少なくなってしまう。そりゃそうだ、新幹線でも4時間、飛行機で来たとしても空港から市内まで1時間かけて向かい、さらにスタジアムまで1時間だ。プチ旅行に来ているようなものだし、ホテル代などを考えても広島観光をついでに楽しみたいと思っている人以外は、なかなか訪れることはないだろう。


 しかし、広島もスタジアムグルメは充実している。

 スタジアムでは定番のから揚げや焼きそばなどはもちろんのこと。

 やはり広島といったらお好み焼き広島風である。


 ちなみに、広島の人に広島風というと怒られるそうなので注意すること。

 ここでは、キャベツがたらふく盛られて、魚介類や肉をトッピングしてソースで味付けしたものがお好み焼きなのだ。


 もちろん、俺と美帆もそのお好み焼きを購入して、座席に戻って食すことにした。


 広島のお好み焼きは、ふわっとしており、香ばしい感じがする。

 まあ、大阪と比べろと言われてもどちらもそれぞれいいところがあるので良し悪しは付けられない。


 陽が完全に沈み、山から吹き下ろす風が、俺たちの身体に直撃する。


「ちょっと寒いかも…」


 自分の身体を抱くようにして、美帆が凍えていた。


「上着は持ってきてないの?」

「だって、こんなに寒いなんて思わなかったんだもん…」


 やれやれといったように、俺はため息をついてから、リュックに入っているグレーのパーカーを取り出した。


「ほら、これ着てな。風邪ひかないように」

「ありがと」


 震える手で、俺からパーカーを受け取って、美帆は羽織った。


「はぁ~あったかい…」


 温泉に入ったように心地良さそうな顔をする美帆。

 そして、少し肩の辺りの匂いを嗅いだ。


「達也の匂いがして落ち着くかも…///」


 頬を赤らめながらそう言ってくる美帆に対して、俺は少しドキっとさせられてしまう。

 とっさに顔を逸らして、『バカ、何言ってんだよ』と、受け流すが、美帆の表情はどこか優しい表情だった。


 試合開始45分前、ようやく選手がウォーミングアップのため、ピッチに姿を現した。ここから、俺たちサポーターも応援を開始する。

 大きな声を出して応援をしているうちに、身体はあっという間に温まり、俺のパーカーも役目を終えて今は椅子に置いてあるリュックを覆うように置かれている。


 今日は、先月加入したGKの選手が初のベンチ入りを果たしたので、盛大な拍手が送られた。また、去年の2月に大怪我を負い、負傷していた選手が半年ぶりにベンチ入りして選手紹介の時に温かい拍手が送られていた。


 選手紹介が終わり、選手入場。

 今日は、記念ユニフォームに身を包んだ選手たち。

 この紺色はとてもかっこいい。


 円陣を組んでから、ピィっという審判の笛が鳴り響き、運命の試合がスタートした。


 ◇



 開始早々から、ボールを奪ってカウンター合戦が続き、バタバタした展開が続く。


 裏に抜け出した絶好調男がシュートを放つも、枠の外。


 それから試合は落ち着きを取り戻したかに見えたが、今度は激しいタックル合戦。

 ファールが両チーム絶えず起こり、選手たちが小競り合いするシーンも目立つ前半となりつつ、0-0で折り返す。


 後半は、ようやくボールを支配して相手を攻め立てていく。

 そんな中で、徐々にチャンスを掴むと、裏に抜け出した選手が低いクロス、これをキーパーの手前で走り込んだ選手がちょこんとさわり、ボールはゴールネットに突き刺さる!


 ここから試合の展開はこちらが優勢で進んだ。


 2点目は、高い位置でボールを奪った選手が胸トラップからのボレーシュート。

 これが、ゴールニアサイドに決まって追加点!

 さらにさらに、途中出場の選手が左足一閃!!


 これが相手のハンドを誘い、ペナルティーキックを得る。


 このPKをFWの選手が落ち着いて沈め3ー0。

 この後危険なシーンも何度かあったものの、なんとか守りぬいてタイムアップ。


 終わってみれば、3ー0の快勝という形で試合を終えた。

 1位、2位直接対決は2位のチームが勝利したため、首位との勝ち点差を縮めて、見事優勝争いに残ることが出来る結果となった。


 ◇



 試合が終わり、広域公園前からアストラムラインに乗り、広島市内へと戻る。

 このスタジアムの場合、山を突っ切って有料道路を通れば、車で15分ほどで広島の市街地へ戻ることが出来るのだが、なんせ道が1本しかないので、サッカー渋滞が発生して中々前に進まないのだ。

 電車は車内は込み合うものの、一定のスピードを出して進ので、決まった時間に到着できる利点はあるので、いつも電車理を利用している。


 ドアの端の辺りで美帆をガードしながら守っていると、美帆がこれみて!と言ってスマホの画面を見せてきた。


 そこには、嬉しそうにインスタに復帰したことを祝う写真が投稿されていた。


「やっと戻ってきてくれたね!」

「そうだな」

「これからいっぱい活躍してほしいよね!」

「おう」

「私、今度からこの人応援しようかなぁ~」

「え!?」

「ダメ?」

「いや…ダメではないけど…」


 美帆のお気に入りの10番の選手が海外移籍をしてしまってから、美帆が推す選手がいなかった。なので、見つけるのはいいこと…いいことなんだけど…


 やっぱり同じ男としては、そんなにテンション高めで言われると、取られた感じがするよね。


 そんなことを思っていると、俺が考えていたことを察したのか察していないのか、美帆が含みのある笑みを浮かべて耳元でささやいた。


「大丈夫だよ。恋愛対象としては全然見てないから。私が好きなのは、達也だけだよ」


 ニコっとあざと可愛く見つめてくる美帆。


 俺の彼女は全く・・・

 軽いため息をつきながらも、俺の表情はどんな感じであったのだろうか。


 美帆がにやにやしながら俺を見つめている顔を見れば、言わなくても分かることだった。

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