第25節 新記録を阻止してやるぜ
8月最終日。今日が終われば、暦的には秋に突入する。
午前中は秋雨前線の影響で地面に打ちつけていた雨も止んで、サッカー観戦をするには絶好の気温と心地よい夜風がスタジアムを注いでいた。
「ということでやってきましたよ、2週間ぶりの大阪!」
「テンション高いわね…」
美帆にじとっとした視線を送られる。
「美帆はテンション低め?」
「当たり前でしょ! なんでアウェイ2連続で大阪に来なきゃいけないわけ!?」
「それは日程を決めた上層部に訴えてくれ」
というわけで、アウェイ2連戦で大阪遠征。
先週のホームの試合でようやく連敗を3で止め、ここから優勝争いに食い込むためにも、負けられない試合が続く。
さらに、今日対戦する相手はとある記録が掛かっているのだ。それは…
何とこの試合で引き分けると6試合連続引き分けという喜ばしいとも不名誉とも何とも言えない記録を達成することになるのだ。まあ、その記録は残念ながら今日の試合うちが勝つんで、達成はされないんですけどね。
今日のスタジアムは、3、4年ほど前に出来た新スタジアムで、設備や座席などが綺麗な上に、コンコースのところにたこ焼きなど有名な大阪フードは出店しているというとてもファンにとっては優しいスタジアムなのだ。
しかも何店舗もあるため、お客が分散してくれて並ぶのもそんなに時間がかからない。
関東から来たアウェイサポーターにとっては、とても食に困らない嬉しいスタジアムだ。
もちろん、メインであるサッカーコートも観客席からの距離が5メートルほどとかなり近くて見やすいし、選手に声が届きやすいとしても有名になっていた。
「夜はたこ焼きでいい?」
「え~また?」
美帆はご不満そうな表情を浮かべる。
「いやなら、他のにするか? お好み焼きとか焼きそばとか」
「…たこ焼きでいい」
どうやら美帆さんはあっさり系がお求めのようだ。
だが、残念ながらここは大阪。有名はものはすべて粉物ばかりだから今日くらいは我慢してくれ。
こうしてあまり機嫌のよくない美帆と確保した座席で出来立ての熱々たこ焼きを食べる。
どうしても外で買って来たものは、時間がたつと冷めてしまうので、クオリティがどうしても多少落ちてしまうが、ここは飲食店や家で作った時のように熱々の出来立てがすぐに味わえるので、ウォーミングアップ時間まで優雅に過ごすことが出来る。
「あっつい!」
「大丈夫?」
どうやらふーふーしても、まだ熱が中に籠っていたようで、美帆が鬼の形相で口に入れようとしたたこ焼きを睨みつけていた。
「ったく、しょうがないな…」
俺は美帆が爪楊枝でつまんでいたたこ焼きをふーふーと冷ましてあげる。
見た目でも湯気が出ていないことを確認して「もう大丈夫だよ」と優しく促す。
「あむ…」
訝しむような表情のままだったが、「おいしい」とボソっと呟いた。
「それならよかった」
俺も優しく微笑みんでから、自分の手元にあるたこ焼きをよく冷ましてから口に運んだ。
◇
たこ焼きを美味しく平らげて、しばらく経つと、選手のウォーミングアップが始まった。
選手たちの応援歌をサポーターたちが歌って、試合前に選手たちのモチベーションを上げさせていく。
相手チームは、海外のチームに所属していた選手を呼び戻して、残留争い真っただ中を乗り切ろうとしていた。
一方でこちらは、優勝争いに残るためにも非常に重要な試合となる。
どちらの応援にも熱が入っていた。
◇
選手入場の時間になり、選手がピッチに入ってきた。
「今日も勝てますように…」
俺が珍しくそんなことを祈っていると、美帆にがっと手を掴まれた。
「勝てますようにじゃなくて、勝つよ!」
「…おう、そうだな」
何か今日の美帆さん姉御すぎません!?
そんなやり取りをしている間に、選手たちは円陣を組み終えて、各ポジションへと散っていった。
センターサークルにボールがセットされて、審判が時計を確認する。
審判が大きく両手を上にあげてピィーっと笛を鳴らして前半がスタートした。
コートチェンジをしたため、前半はこちら側に攻撃してくる。
最初からボームを支配して何度もチャンスを作るが、決定的なチャンスにはなかなかならない。
そんな中、相手のカウンターをくらいポスト直撃のシュートを打たれてしまいヒヤヒヤする展開が続く。
そんな均衡を破ったのはこちらだった。
ペナルティーエリア外中央でボールを受けた選手が左足一閃!
相手キーパーも全く反応ができない素晴らしいシュートが決まり、先制に成功する!
前半はその1点で終了。アディショナルタイムにFWの選手が負傷交代するアクシデントはあったものの、完璧とも言える試合展開だった。
「後半も楽しみだね!」
ハーフタイム、すっかり上機嫌になった美帆が目を輝かせながら言ってきた。
「うん!後半は相手のサポーターを黙らせるくらいの攻撃をして欲しいね!」
そんな話をして迎えた後半。
チャンスはこちらだった。
右サイドから鋭いスルーパスが送られると、オフサイドラインギリギリで抜け出したFWの選手が右足でシュート!
これは1度GKに防がれるが、こぼれ球をFWの選手が自ら回収して、ペナルティーエリア中央で待ち受けていた選手へパスを送る。
これを受け取った選手がDFに当たらない見事は浮き玉のシュートを決めて2ー0、試合を有利にした。
しかし、2-0がいちばん怖いスコアであると言うのがサッカーというもの。
すぐに相手が2人の選手を替えて攻勢に出始める。
すると、ドリブル突破を許してしたまい、ニアサイドをぶち抜かれてゴールを許してしまう。
さらに、サイドを揺さぶられてクロスを供給。これに走り込んだFWの選手に頭で叩き込まれ。2対2の同点…かと思われたが、これはオフサイドの判定で難を逃れる。
その直後だった。
パスを繋いでペナルティーエリアでボールを受けたFWの選手が左足一閃!しかし、これはクロスバーに阻まれると、これをまたもや自ら回収。
そして、ボールをキープして左サイドに走り込んだ選手にラストパス。受け取った選手は、切り返しからニアサイドをぶち抜くグラウンダーのシュート!!
これがキーパーの手を弾きながらゴールマウスの中に吸い込まれて3ー1。貴重な追加点を奪い取ってみせた。
ここからチームは精神的にも安定したのか、相手チームの攻撃を危なげなく抑えていく。
結局、このまま試合終了。
2連勝で首位チームを追走するために、貴重な勝ち点3を手に入れた。
◇
試合が終わり、俺と美帆は空港近くのホテルに辿り着いた。
「お疲れ様ー」
美帆はホテルに入るなりそうそうに、手前側のベッドに倒れ込んだ。
「お疲れさん」
美帆の荷物を持ちながら、俺はベッドの向かいにいる鏡のあるテーブルの前の椅子に腰掛けた。
「いやぁーなんか色々とスッキリしたわ!これで、美帆ちゃん大復活!」
「現金なやつ」
まあ、俺も人のこと言えないけど。
「まあまあ!勝ったんだし今日はもういいじゃん?盛大に夜の宴を楽しもうじゃねーか」
「おっさんかよ?!」
「えへへ」
楽しそうに笑う美帆。
そして、そんな美帆の姿をみて、優しい微笑みを返す俺。
こうして今週も、楽しい週末が送れそうな気がする。そんないい日になったのであった。
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