第23節 大阪夏の陣

 大阪の名物といえば、『たこ焼き』『お好み焼き』『串カツ』などガッツリしたものが多い。

 そして、俺たちも駅前にあるたこ焼き屋で、たこ焼きを注文してからスタジアムへと足を運ぶ。


 


 俺たちは真夏の大阪へアウェイ遠征で足を運んでいた。いうなれば、大阪夏の陣である。

 今日は台風一過の晴れ空で、午前中から気温は35度を裕に超えて40度近くまで気温が上昇し、照りつける太陽が人々の体を蝕んでいた。


「あついぃぃ…達也、水~」

「はいはい」


 美帆がだらしなく体をくねらせて、水を要求する。俺は背負っていたリュックを前に背負いなおして、口を開けて中からスポーツドリンクを出して手渡した。


「ありがと~」


 俺から受け取ったスポーツドリンクを受け取ると、キャップを外してぐびぐびといい飲みっぷりで体を潤していく。


「飲みすぎると腹壊すぞ~」

「ぷはぁ~。わかってますよ~」


 不貞腐れつつ、キャップを閉めて再び俺に手渡してくる。

 俺もそれを受け取り、再びリュックの中へとしまった。



 待機列は、日陰がなく、煌々と太陽が俺たちを照りつけていた。


「はぁ~暑い…」


 流石にこれだけ人が密集していると、汗が止まらず大量に出てくる。

 タオルで汗をぬぐい、適度に水分補給を取りながら、開門はまだかまだかと並んでいる人たちは待ちわびていた。


 そして、ようやく開門時間となり、列が動き出した。チケットを切ってもらい、スタジアムの中へと入った。

 スタジアムの中は熱気がむわっとしており、サウナに入っているかのような暑さとじめじめとした湿気に覆われており、思わず顔を手で塞いでしまいそうなほどであった。


 何とか、席に荷物を置いて座ったのだが…


「あっつ!」


 俺は飛び上がるように立ちあがり椅子を見つめた。

 直射日光をもろに受けた椅子は、見事に熱気を帯び、お尻がやけどするレベルに温まっており、椅子としての役目を果たしていない。


「こりゃ、コンコースに避難だなぁ…」


 貴重品と食料をもって、俺と美帆はスタジアムのコンコースの通路へと非難した。

 コンコースは、日陰に包まれており、比較的風通しもよく涼しささえ感じられた。


 しかし、皆考えていることは同じだったようで、多くの人が壁際に座りこんで避難していた。中にはレジャーシートを床に敷いて、場所を確保してお酒を飲んで試合前の宴を始めている人もちらほらと見られる。

 俺たちは、何とか壁際で空いているスペースを見つけ出して、腰かけた。


 日陰の地面はきんきんとまではいかないが、つぅっと冷たくて、火照っていた体を冷ますにはちょうどよかった。


 俺たちは、駅前で購入したたこ焼きを広げて、爪楊枝でつついて食べた。


 流石本場のたこ焼き、トロォっとした食感で、中に入っているコロコロとしたタコのコリコリとした食感がさらに食欲をそそらせる。


 アツアツのたこ焼きを食べているにもかかわらず、汗を掻くことなくあっという間に完食してしまった。


 手持ち無沙汰になった俺たちは、ゴミを捨てに行くついでにお互いに交代で持ち場を離れてお手洗いなどを済ませて、再び壁に寄りかかり足を伸ばして座った。


 気が付けば日は大阪の西空に傾き、夕焼けが俺たちの顔を照らしていた。

 暑さは感じず、コンコースに流れる涼しい風だけが、俺たちの体に染みわたる。


「夏場ってさ」


 夕日に見とれていると、ふと美帆が一人ごとのようにつぶやいた。


「昼間は暑くてむしむしして手嫌いだけど、こういう夕焼け時にスタジアムから見る夕日は好きなんだよね」


 美帆は街並みに沈んでいく夕日を見つめながら、どこか感慨深い表情をしていた。

 俺も美帆が見つめている黄昏時へと変わっていく空の様子を眺めながら考える。


「確かに…なんか夕焼けって、心を落ち着かせてくれるって言うか、今日も一日頑張ったなって、リラックスさせてくれる気がするよな…」


 そんなことを思わず俺もつぶやくと、何言ってるのとバシンと背中を叩かれた。


「今日はむしろこれからが本番でしょ!何物思いにふけってるのよ!」

「そうだな」


 そう破顔して、どちらからともなく同時に立ちあがった。

 そして、これから始まる試合に向けて、勝利のために頑張って応援しようという気合いを入れて、並んでスタジアムの中へと入っていった。


 スタジアムの中は既に照明の光が照らされており、夜の景色へと変貌を遂げていた。


 先ほどまで、灼熱だった椅子も、今は体温よりも少し冷たいくらいまで温度が下がっていた。


 二人は荷物を椅子の下において腰かけて、選手たちがウォーミングアップに出てくるのを待った。


 しばらくして、選手たちがいつものように試合前アップに入ってきた。


 この一週間、夏の移籍市場は大きく動いた。チームを離れていってしまった選手、チームに新しく入った選手。

 多くの選手たちがチームを変えるという決断をしたわけだが、それでも変わらずにファン・サポーターたちは同じチームを応援し続けるのみなのだ。


 応援が始まると、いつもと変わらない声援で選手たちに届けと応援歌を歌いだした。



 ◇



 試合が始まり、序盤はボールを支配してチャンスを窺うが、中々ゴール前までボールを運べない。

 そうこうしていると、相手にカウンター攻撃をくらい、ペナルティーエリア内で巧みなフェイントでかわされるとクロスを上げられる。

 これに相手選手が飛び込み、先制される。


 こちらは新加入選手が3人、1部リーグ初出場の選手が3人もおり、連携がなかなか合わない。

 何本か惜しいロングシュートを放つものの、崩しきることが出来ずに前半を終了する。


 後半、同じくボールを回して相手を攻めたてようとする。


 そして、後半中盤。

 一瞬間が空いたところでカウンター攻撃。

 スルーパスに抜け出した選手がキーパーの股を通す技ありのシュート。

 これが見事決まり1-1の同点に追いついた。


 しかし、去年もここから再び勝ち越されて敗戦している嫌な記憶が蘇る。

 それが、現実となってしまった。


 スローインを不用意にカットされると、不用意なファールを献上。相手のフリーキックとなる。


 このフリーキックにニアサイドで反応した選手が触って追加点を奪われる。


 そこからは、相手がゴール前を固めて、ゴールへの道筋が見えないのか、サイドで回して、ダメならバックパスの繰り返し、サイドをえぐって放り込んでも、相手の長身DFに跳ね返されて得点出来ない。


 結局アディショナルタイムも無駄な時間を過ごして試合終了。

 今シーズン初の3連敗。優勝を狙うチームとしては、絶望的とも言える惨敗に終わったのであった。



 ◇



 帰りの新幹線に乗り込んで、溜息をつきながら力なく指定の座席に座り込む。


 3連敗ともなると、もうなにも喋る気にも慣れずただただ力なくぼおっとしていることしか出来ない。

 他のサポーター達も、どこか疲れており、声をかけるねという殺気立ったオーラが出ていた。


 俺と美帆も何も会話することなく。

 俺は新幹線の窓から大阪の町を眺めていた。

 美帆は、しばらくすると、疲れていたのか目をつぶってスヤスヤと眠りについてしまった。


 そんな、美帆の姿を見て思う。

 俺が今シーズン終わった時に計画していたことが実行出来ないのではないかと、、


 今年もやはり優勝はできないのだろうか?

 このまま力なく順位を落としていつも通りの中位まで落っこちて行ってしまい、優勝争いには絡めないのか。

 また、俺は1年待たなければならないのか。


 そんな不安が頭の中をよぎる。


 真夏の8月リーグ戦3連敗。

 チームは、正念場を迎えた。

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