第21節 リベンジマッチIN静岡

 朝、美帆を乗せて市内を北へと進み、横浜町田ICで東名高速道路に入る。

 そこから渋滞スポットの大和トンネルまで渋滞に巻き込まれながら車を走らせること2時間。


 やってきたのは、静岡県静岡市。

 ここで、今日は試合が行われる。

 今日の対戦相手は、前回ホームでまさかのアディショナルタイム逆転負けと喫した、静岡県のチームとの対戦である。

 当時は最下位だったものの、そこから勝ち点を積み上げて、残留圏までは気が付けば順位を上げていた。


 だが、今こちらのチームは首位と勝ち点3差の2位。全回負けた相手だからと言って、苦手意識を持たずにしっかりと試合に臨んで勝利をつかみ取ってほしい。


 車を市内のショッピングモール近くの駐車場にを止めて、そこからシャトルバスに乗り込んでスタジアムへと向かう。


 車を降りると、もわっとしたじめじめとした強烈な暑さで頭がくらくらしてしまう。 関東も東海もようやく先週梅雨明けが発表された。だが、それと共に、今まで影を潜めていた太陽の光が、これでもかというくらいに俺たちの肌に刺激的な痛みを伴う陽ざしを降り注いでいた。気温も35度を余裕で超えるような猛暑日。アスファルトから熱がこもり、モヤモヤとぼやけて見えている。


「暑い…」

「ほら、頑張って」


 スタジアムにはエアコンなどない。ここからは水分補給をしっかりととりながら、ファンも辛抱なのだ。


 シャトルバスに乗り15分ほど、ようやく市内の高台にあるスタジアムへと到着した。


 俺は、このスタジアムに来るのを毎年楽しみにしている。何故ならば、ここは高台の上にスタジアムがあるため、市内の景色を一望することが出来るのだ。そして、何といっても、ここは静岡県、海の向こうには堂々とそびえたつ富士山が見える。といっても、今は8月の真夏。皆が期待しているような雪化粧の富士山ではなく、新緑に覆われた夏化粧の富士山だ。

 だが、それはそれで、どこか趣があって映える。


 スタジアムの中にも俺が好きな理由がある。

 それは、コンコースがホーム側、アウェイ側どちらも行き来できることである。


 普通、アウェイゲームでは揉め事などが起こらないようにと配慮され、アウェイサポーターはスタジアム内のコンコースは一部しか解放されず、息苦しさを覚えるのだが、このスタジアムにはそれがない。ホーム側、アウェイ側関係なく行き来することが出来る。解放感が溢れ、多くの地元の屋台が立ち並び、とても活気にあふれているのだ。


 俺はこういうウェルカム感満載のスタジアムがとても好きであった。そして、コンコースから外を見ても市内の景色と佇む富士山を拝むことが出来る。


 こうして、美帆と一緒にコンコースを探索して、珍しくタピオカドリンクなどを注文してしまった。

 そんなことをしているうちにあっという間に時間は過ぎていき、席に戻ったころには既にGKがウォーミングアップを始めていた。



 ◇



 あっという間にウォーミングアップも終わり、選手入場の時。


 空も気が付けば暗闇に包まれ、見えていた富士山も飲み込まれた。

 辺りに見えていた丘のような場所も見えないが、スタジアムの中だけが、照明に照らされて、活気にあふれている。


 審判がピィ!っと笛を鳴らして、リベンジマッチがスタートした。



 ◇



 だが、前半から相手がハイプレスでこちらのパスミスを誘うようなプレッシングをかけてくる。

 それに対して、なかなか対応ができず、ボールを前まで運べない。

 前半、相手のコーナーキックから決定的なピンチを招いてしまうが、相手のヘディングシュートはギリギリ枠の外。難を逃れた。


 一方でこちらは前半も決定的と言えるシュートは放つことかできず前半を終える。


 そして、後半開始早々、試合が動く。センターバックが出したボールを受けた選手がトラップミス、一気に相手がカウンターへと移り、スルーパスを送る。

 これにいち早く反応した選手がオフサイドなしで抜け出してキーパーとの一対一を冷静に流しこまれて、先制される。くしくも、前回後半アディショナルタイムに決勝ゴールを決められた選手だった。


 さらにその直後、またもやパスミスから抜け出され、キーパーとの一対一となる。

 しかし、これは相手のシュートがクロスバーに直撃!追加点はなんとか免れる。


 そこから、相手は身長180cmを越える長身選手が5バックを組み、鉄の壁をゴール前に形成した。

 これに対して、身長が低いこちらの選手たちは、ドリブルで打開しようとするが、どこか足が絡まってしまい。ミスを連発する。


 コーナーキックのチャンスも何本もあったが、身長差20センチもある巨大タワーの前に、どんなボールを送っても弾き飛ばされる。


 その後も決定的なシュートは、ゴール前に走り込んだ選手が放ったワンタッチシュートがDFの足に当たり、クロスバーを直撃した1本のみ。

 そのまま試合はタイムアップ。


 今年初の0ー1の完封負けを喫したのであった。



 ◇



 帰り道、シャトルバスに乗るまで30分、そこからさらにバスが渋滞にはまって40分。

 気がつけば時刻は夜の10時30分を過ぎていた。


 俺は試合前に調子に乗って飲んだタピオカが悪かったのか腹を痛めてしまい。トイレに籠る羽目になってしまう。


「大丈夫?達也?」

「うん、なんとか…」


 トイレに20分ほど籠った後、ようやく車に乗り込んで運転をするげ、またいつ腹が痛くなるか分からない。


「…達也、そこの角右に曲がって」

「え?でも、高速こっちじゃ…」

「いいから」


 美帆に半ば強制的に指示をされて俺は次の角を右に曲がった。

 少し車を走らせると、そこに現れたのは大人のホテルだった。


「そこ入って」

「おい、美帆。今日は…」

「わかってる。わかってるから、今日は体調整えて、明日ゆっくり帰ろう?明日の朝なら都心の方に帰るのも渋滞してないだろうし、たまにはいいでしょ?無理しないで?ね?」

「うーん…」

「達也!」

「は、はい!」

「たまには、私に甘えてもいいんだよ?」


 美帆が上目遣いでそう訴えてくる。その目には、少しどこか決意のようなものさえ感じられた。


「わかったよ、ありがとう、美帆」


 俺が観念して、泊まることを決めると、美帆は「よろしい」と言って破顔した。その時の顔は、どこか頼ってくれてありがとうというようなメッセージが含まれているような気がしたのであった。


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