フレンドリーマッチ
世界1位のクラブとの対戦~スペシャルフレンドリーマッチ
台風が日本列島に接近しており、太陽が照り付けたと思えば、突然雨雲が発生して、通り雨が降り始める7月後半の梅雨明け間近の不安的な天気の中。
いつもホームスタジアムで使用している場所が人で埋め尽くされていた。
「す・・・すげぇ・・・」
一面見渡す限りに人、人、人!
明らかにいつもとは違うファンのおびただしい人の群れが、きちんと席に座って選手たちがピッチに現れるのをまだかまだかと待ちわびていた。
今日はスペシャルマッチ、昨シーズンイングランドのプレミアリーグを制覇した世界最高峰のクラブとの呼び名が高いシティーとの対戦を迎えていた。
キックオフは19時30分。台風は明日関東を直撃のため、雨足と風が強くならないことを祈る。
俺と美帆も、今日は応援をしに来たというよりはどちらかと言えばお祭りを見に来た感覚に近いような感じで、いつもとは違う高揚感というかワクワク感があった。
キョロキョロとスタジアムの人だかりに目がくらくらしそうになっていると、突然美帆に手を捕まれた。
どうしたものかと美帆の方へ顔を向けると、美帆は何処か懐かしむように言ってきた。
「エへへ…なんか大学のガヤガヤした感じを思い出すね」
「えぇ?そうかな??」
「うん…大学の時も達也が人の多さに酔っちゃって、こうやってベンチに座って休憩したじゃん」
「あぁ…」
思い返してみると、確かにそんなことがあった。徐々に記憶が蘇ってくる。
あれは付き合い始めてまだ1年経たない頃に行われた、大学の文化祭だった。
俺と美帆は、特にサークル活動をしているわけではなかったので、二人で友達のサークルのブースを回ったりして、文化祭デートを楽しんでいた。
その時も、大学生特有のどんちゃん騒ぎというか、ガヤガヤとした人のけたたましい空気感に酔ってしまい、「どこかで休憩しよう」と美帆が提案してくれて、大学の外れにある銀杏並木の木の下にあったベンチにこうして手をつないで人ごみに酔った俺を落ち着かせてくれていたっけ…
美帆はそのことを思い出しているのだろう。
「美帆…」
俺は美帆を見つめながらギュッと手を握り返す。
「今日楽しもうね」
俺が微笑みながらそう言葉を発すると、美帆もニコッと笑みを返して、「うん!」っと首を縦にコクリと振ったのであった。
◇
選手がウォーミングアップのためにピッチに入ってきた。
今日はウォーミングアップ中に両チームの選手紹介があったので、選手をチャントで鼓舞することが出来なかった。
そして、そのままズルズルと時間は進んでいき、気がつけば選手入場も終わり、円陣を組むところになっていた。
ようやくここで、初めてチャントを歌い始めて、すぐに試合が始まった。
しかし、1度チャントが鳴り止むと、またも見入ってしまいガヤガヤとスタジアムでの話し声が聞こえてきてしまう。
そのスタジアムの違和感に飲まれたか、選手達はバタバタと落ち着かない様子で何度もパスミスを連発する。
ようやく気がついた時にチャントが始まると、選手達は落ち着きを取り戻したように自分たちのプレーを発揮するというような時間が続いた。
だが、段々と再びサポーター達が試合に見入ってしまい。静寂な時が続くと、試合が動く。
いいてキーパーのロングボール1本で裏に抜け出した選手が華麗なトラップから、さらに後ろから前に飛び出すように走りこんだ選手にパスを送る。
慌ててDFが飛び出すが、これを見計らっていたように、落ち着いてワンタッチで交わして、ニアサイドに強烈なシュートをぶち込んだ!
これが世界レベルのシュートだと言わんばかりのスピードにニアサイドを狙う技術、完璧な形で崩され、先制される。
嫌な流れが立ち込めていた中、奇跡は起きた。
華麗なシャペウで買い手をかわすと、絶妙なスルーパスを送る、これを走り込んだ選手がシュート!1度キーパーに弾かれるがこぼれ球を先ほどスルーパスを出した選手が拾って再びシュート!
しかし、なんとこれも全力疾走で戻ったキーパーに弾かれるビックセーブ!!
だが、三度こぼれ球が運良くこぼれてきたところを11番の選手が押し込んで同点!!意地を見せる。
今日は気温が上昇していたため、給水タイムが行われた。
その時、相手の鬼将軍監督がピッチの中にまで入って選手に対して怒り浸透といった感じでジェスチャーを加えながら指示を出していた。
相手もこれが効いたのか、さらにギアを上げて攻め立ててくる。
そして、前半40分手前、スルーパスに抜け出した選手。オフサイドはない!
そのまま独走状態となり、キーパーとの1対1を冷静に流し込まれた。
これで1ー2とされて、前半を折り返した。
後半、まずギアを上げたのはこちらのチーム。
前半のバタバタが嘘のように華麗にパス回しをして相手陣内へと攻め込む。
すると、抜け出した選手が横パスを送る。
走り込んできた選手がノーマークでシュートを放つも、無情にもゴールマウスの上に外れてしまう。
さらにはこぼれ球を右足で振り抜くも、キーパーのビッグセーブにあい、同点に追いつくことが出来ない。
そうこうしているうちに、後半終盤。
相手に交わされるとグラウンダーのクロスを相手に押し込まれて1-3で勝負あり。
世界との差を見せつけられる試合となってしまったが、選手たちにとっては、今後成長していく上で、目標にするべきいい経験を得ることが出来たことは間違いないと言った試合になったのであった。
◇
試合後15年選手として在籍した選手が、他のチームへの移籍が決まり、セレモニーが行われた。何度も泣きじゃくりながらお別れを惜しむ選手を見て、こちらまで感慨深いものを感じ取ってしまう。
こうして、新たな船出と旅立ちを糧にして、チームは新たに成長していくことを願いながら、スタジアムを後にするのであった。
◇
俺の家に到着して、ふと美帆こんなことを言い出した。
「ねぇ」
「ん?」
「もしさ、さっき言ってたように優勝できたらさ…」
「うん」
「…」
美帆はその先言葉を発することなく口ごもってしまう。
「やっぱりなんでもない///」
恥ずかしそうに頬を染めながら、美帆は風呂場へと逃げ込んでいってしまった。
そんな美帆の姿を見ていた俺も、ふと先ほど移籍する選手が言っていた言葉を思い出す。
「今年は絶対に優勝してください!」
「優勝か…」
俺はそんなセリフをポツリと呟いた。
もし、もしも優勝した暁には、俺は美帆に言わなければならないことがある。
それを言うのはまだ先になるかもしれないが、今はまだ心の内にだけ秘めておこう。
そう感じながら、俺はユニフォームを脱いで、美帆の後を追うようにして風呂場へと向かったのであった。
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