第19節 熱狂的なサポーター
今日は、Jリーグの中でも最も熱狂的なサポーターが多いと言われている、埼玉のチームとのアウェイゲームに乗り込んでの試合だ。
既に開門を終えて、席を確保した俺と美帆は、ピッチの中で行われている前座試合を見ながら夕食を食べていた。
このスタジアムは、アウェイ側のサポーターは再入場が出来ないため、こうしてゴール裏の端に追いやられた一角のアウェイサポータースペースの座席に座って、選手アップまでぼぉっとしていることしか出来ないのだ。
このスタジアムは、日本代表戦もよく行われるスタジアムで、サッカー専用のため、非常に見やすくはあるのだが、Jリーグの試合になると、ほとんどの場所が赤い相手サポーターたちで埋め尽くされるので、圧倒されてしまう。
また、近年は減ったものの、昔はよく両チームのファン同士で揉め事が起きたり、問題が起こったことがあるため、ホームサポーターとアウェイサポーターの間には、高さ3メートルはあろう簡易フェンスのようなもので厳重に仕切られ、通路ごとに警備員が配置しているという異様な雰囲気に包まれているのも特徴だ。
「相変わらずこのスタジアムは、騒々しいというか物騒感が漂ってるというか…ちょっと怖いよね」
「うん…確かにそうかも…」
試合結果によっては、相手サポーターがこちらに癇癪を起していつ暴れ出すか分からない。そんなサッカーに情熱を掛けた人たちが多いのが、この相手チームの特徴なのだ。
「まあ、最近はそんなに話も聞かないし、大丈夫じゃない?」
俺が美帆を安心させようとニコっと笑って見せると、美帆も少し強張らせていた顔を緩める。
「そうだね!とりあえずは試合を楽しもう!」
そう切り替えて、再びピッチに目を向けた時だった。
ガシャンガシャンと大きな音が鳴った。音の方へ顔を向けると、なんと相手サポーターと小競り合いをおっぱじめてしまったのだ!
辺りは騒然とした雰囲気に包まれ、警備員が何人も取り押さえにかかる。
俺達も遠目でその様子を見ている。
すると、相手サポーターからは大ブーイング。
影区の果てには『帰れ!帰れ!』コールが鳴り響き、試合前から異様な雰囲気に包まれてしまった。
◇
ほとぼりが冷めて、選手がアップのため、ピッチに現れた。
会場内のBGMが騒音並みに大きいのと、相手サポーターの応援の迫力がすごいため、必死にこちらが選手を応援歌で鼓舞しても、中々聞こえない状況が続く。
各選手のチャントを歌っても、気が付かずに手を振ってくれない選手も何人かいる。
やはり、このスタジアムでしか味わえない、アウェイの洗礼というのを受けている気がした。
そんなこともありつつ、両チームのスターティングメンバーの発表も終わり、選手入場の時。赤と青に彩られた綺麗なユニフォーム姿の両チームの選手たちがピッチに入ってきた。
審判と両チーム選手が握手を交わして、最後の小アップを終えて、自陣で円陣を組み各ポジションへと散っていった。
審判が時計を確認して、ピィ!っと笛を鳴らした。俺と美帆にとって、2週間ぶりにスタジアムで観戦する試合が始まった。
◇
試合はこちらがボールを支配して、何度もチャンスを作っていく。
そんな中でようやく試合の均衡が破れたのは、前半40分。相手が高い位置からボールを奪うと、そのまま11番の選手へ。
11番の選手は、迷わず左足一閃!
これが右角に見事突き刺さり、先制に成功した。
これが11番の選手のシーズン初ゴール。スタメンで出て続けていただけに待望のゴールとなった。
前半は、相手にシュートを1本も撃たせない完璧な試合運びで終えた。
そして、後半。事件は起こった。
スルーパスを受けた11番の選手がラストパス。これを中で待っていた選手が決めて得点!点差を2-0とした。かに思えたのだが、得点を決めた選手がオフサイドだと主張があり、判定が2転3転する信じられない場面が起こる。これで約10分もの間審判のせいで試合が中断するという前代未聞の事態が起こった。
結局最終的にゴールが認められる形となり、試合は2ー0で再開した。だが、10分の中断は、選手の集中力を切らせてしまうのには十分だった。相手にゴール前にグラウンダーのクロスを入れられると、これをDFの選手がオウンゴール。
2ー1となってしまった。
ここからは正直どちらが集中力を切らさないかが試合の結果を左右する展開。
そして、試合を動かしたのはまたもや審判だった。途中出場の選手が放ったボールが相手のハンドと見なされてPKを獲得。これに相手選手は猛抗議。騒然とする中で主審の判断は変わらずに、このPKをエースストライカーの選手がしっかりと決めて3ー1。
試合はこのまま終了。相手チームには申し訳ないが、審判の判断もあり勝利して2位をキープ。首位のチームにプレッシャーを与える結果となったのであった。
◇
試合終了後、見事に駅へ向かう人たちで道はごった返していた。
このスタジアムは、いつも俺たちが観戦しているスタジアムと違い、最寄り駅が一つしかない。また、電車も終着駅のため一方向にしか路線がないため、全員がこの電車に乗り込まなければならないのだ。
入場規制の列を何とか潜り抜けて、ようやくホームに降り立ち、既にすし詰め状態の電車に無理やり乗り込んだ。
俺は何とか美帆のスペースを確保してあげながらつり革につかまって、背中で他の乗客をブロックする。
これでは、試合終了後が、ファン・サポーターにとっては本当の意味での試合会場なのかもしれない。自分のスペースを見つけるための状況把握、スペースに逃さず入っていく勇気、そして、相手に押し負けないフィジカルが必要になってくる。
これぞまさに、サポーターの試合だ。
俺は片方は吊革に捕まり、片方はドア付近の壁に着いていた。
美帆は、俺に守られる形で、ゆうゆうとスマホを操作し始めた。全く、誰が守ってやってるんだか…と思っていると、美帆が動画を見せてきた。
そこに乗っていたのは、先程の問題の得点シーンだ。
「あー」
見るからに明らかなオフサイドだった。
「なんか、こっちも喜ぶに喜べないよね、これ。」
「確かに」
「はぁ…審判って大変なんだね。私だったらプレッシャーであのピッチで立ってるのがやっと。自分の判断1つで全ての出来事を変えることが出来てしまう。ほんと、責任って怖い」
美帆は、まるで自分が、この後そのような責任重大な仕事を任される羽目になると暗に言っているように見えた。
俺はそんな美帆見て、微笑みながらポンっと頭を撫でた。
「大丈夫、何かあったとしても、俺がついてるから」
「でも、仕事場違うじゃん。」
「いや、それはそうだが…」
痛いところを突かれ、アタフタしていると、美帆が強ばらせていた表情を緩ませて破顔した。
「まあでも、ありがと。」
その美帆の表情には、何処か先程とは違う自信のようなものが見てた気がしたのであった。
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