天皇杯
天皇杯 2回戦 大学生との始まり
「お疲れさまでした」
俺は、何とか仕事を無理やり終えて、そそくさと会社を後にする。急いで駅に向かい、電車に飛び乗った。息を整えたところで、スマホを開き美帆に『今電車に乗った』と連絡を入れる。
今日は日本サッカーで最も歴史が古い大会。天皇杯の2回戦が行われる。
今年の天皇杯の決勝は、来年2020年元旦。しかもオリンピックで使われる新国立競技場のこけら落としの試合として行われるのだ。オリンピック前に新国立競技場で試合が出来ていくことが出来る絶好のチャンスだし。是非、聖地新国立競技場での初のタイトル獲得チームとなってほしいものである。
天皇杯は、各都道府県のアマチュアチームも参加をしており、1回戦を勝ち上がったアマチュアチームは、2回戦でプロチームと対戦する権利を得るのだ。
そして、今日の対戦相手は、大学生。プロチームなら流石に大学生相手には勝てるだろうと余裕をかましていたら足元をすくわれる。
近年日本サッカーのアマチュアのレベルも向上してきており、プロチーム顔負けのプレーをする選手も少なくない。よって、近年はアマチュアチームの奮闘が目立ち、延長・PK戦までもつれ込むことも多々あり、下手をしたらアマチュアチームに下克上を食らう、所謂ジャイアントキリングも増えてきているのだ。
さらに厄介なことに、今回の対戦相手は大学生。社会人のアマチュアチームであれば、年齢が高めの選手もいるのだが、大学生は20前後の若いフレッシュメンバーだ。つまりは体がまだまだ元気いっぱいの年頃なので、ハードワークが出来るのだ。
天皇杯の中でも一番ジャイアントキリングの可能性を持っているチームであり、プロチームとしては一番厄介な相手といえるかもしれない。
俺は、電車に揺られながら、異様な緊張感を持ちつつ、会場へと急ぎ足で向かった。
会場へ到着した時には、既に試合は15分ほど始まってしまっていた。
先ほど、美帆から送られてきた座席の位置を確認して、キョロキョロと観客席を眺めつつ美帆を探した。
そして、目的の座席付近に近づくと、ピッチを見つめながら応援をしている美帆の姿を発見する。トコトコと近づいていき、美帆の肩をトントンと叩いた。
ピクっと体を震わせて驚いたように振り返った美帆は、肩を叩いた人物が俺だと分かると、ほっとした表情を浮かべた。
「なんだ、達也か、びっくりしたぁ…」
「悪い悪い、前通してね」
挨拶を交わして、美帆の前を通って確保してくれていた隣の座席に荷物を置いた。
鞄のチャックを開けて、中からユニフォームを取り出して、上着を抜いてユニフォームに着替えた。
「それで、試合はどうなってる?」
「見た通りの状況よ」
着替えながらスタジアムの電光掲示板を見ると、0-0と表示されていた。
まだ試合が動く前に来られてよかった。
試合は、前回の首位攻防戦の方にこちらがボールを支配して、相手がロングボールを前に蹴りこんできてチャンスを伺う展開。
そんな中、オフサイドラインを突破されて、何度もピンチを招いたが、ここは相手がアマチュアということもあり、なんとか危機を逃れた。
そして、前半42分、クロスボールを相手がクリアしたボールが、美帆の好きな10番の選手の前に転がる。これを迷わずに左足を振り抜いて一閃!
これが見事ネットに突き刺さり、先制に成功した。
10番の選手はホームでは公式戦初ゴール。美帆は大喜びではしゃいで俺の肩を叩いて喜んできている。
「わかった!わかったから!!」
さすがに肩が痛くなっていたので、美帆を制止して落ち着かせる。
そのまま前半は終了して1-0リードして前半を折り返した。
後半、相手チームが攻め立ててくる。左サイドのクロスボールがファーサイドに流れて、クリアしきれなかったボールが相手選手に渡ってしまう。これを冷静に流し込まれて同点とされてしまう。
嫌な雰囲気が会場一体を覆い尽くす。だが、ここで下を向いても何も意味が無い。プロチームとして、プライドを持って責め続けるしかなかった。
後半終盤になり、相手の足が止まってきた。
その隙を見逃さずに左サイドへスルーパスを送る。
これをダイレクトでグラウンダーのクロスをゴール前に送った。
FWの選手が相手キーパーと潰れあって、ボールはファーサイドへ、これを予測していた右サイドの選手が滑り込みながら押し込んでようやく勝ち越しに成功した。
リードした後は、落ち着いてボールを支配して、試合を終わらせて2-1で試合終了。何とか2回戦を突破した。
◇
試合が終わり、相手の大学生の選手たちがこちら側へ挨拶をしに来た。
健闘をたたえて、サポーターたちは拍手を送った。
キャプテンと思われる選手が一歩前に出て、『僕たちの分も背負って、天皇杯優勝してください!気を付け、礼!』
そう言って、チームメイトたちと共に深々とお辞儀を下げた。
アマチュアチームだからできる、特有の出来事だった。
こうして、暖かい空気に包まれたスタジアムを惜しむように、美帆とほっとした気持ちで岐路へとつくのだった。
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