第17節 首位攻防戦
雨はなんとかあがり、どんよりとした曇り空に覆われる中、スタジアムでは東京との1位、2位首位攻防戦が行われようとしていた。
会場に到着して、スタジアムの中に入り、席を確保した俺と美帆は、コンビニで購入したお弁当を席で食べながら選手がアップに出てくるのを待っていた。
今日は試合終了後に昨シーズンまで在籍し、先月までは今日対戦する東京のチームに在籍しており、スペインの名門レアルマドリーに移籍が決まった某選手の壮セレモニーが行われるそうだ。既にスタジアムには多くの記者・カメラマンが集結していた。さらにテレビ中継も行われるとあって、注目度抜群の機会であることは間違いなかった。
どちらかというと、その選手ばかりに注目が行ってしまい、首位攻防戦であることが影をひそめてしまっていることは少々残念ではあるが、某選手の壮行セレモニーに負けないくらい魅力的な試合展開を期待したい。
そんなことを思っていると、メガホンを持ったコールリーダーの人、応援を取りまとめる人が、選手アップ前にもかかわらずメガホンで何か話し始めた。
耳を傾けると、試合結果に関係なく、某選手の壮行セレモニーでやりたいことがあるため、残ってほしいということを呼びかけるアナウンスであった。
サポーターたちは、分かったことを示す拍手を送って、その内容を頭の片隅に記憶しておく。
「にしても、今日は人が多いなぁ・・・」
「そりゃ、だって首位決戦だし注目は高いでしょ!」
辺りを見渡すと、スタジアムは明らかにいつもよりも来場している人数が違った。
「まあでも、壮行セレモニー目当ての人がほとんどだろうけどな」
「そんなこと言わないの!せっかくスタジアムに足を運んでくれてるんだから、試合も楽しんでもらわないと!」
「そりゃ、そうだけど…」
俺が悲観的になっていると、美帆が俺の手をギュっと掴んできた。
「私たちは全力で応援するしかないんだから、頑張ろ!ね?」
真っ直ぐな瞳で訴えかけてくる美帆に思わず見とれてしまう。ふと状況を思いだして、握られている手を見た。俺の両手を包みこむようにスッとしたスベスベな手で俺のことを離さないと意思表示をしているように感じられた。
そう考えていると、顔がジワジワと熱くなってきているのがわかった。
俺は美帆の顔を凝視することが出来ずに目を逸らしつつ、ボソっと呟いた。
「うん、そうだな…頑張ろう」
「うん!」
ニコニコと無邪気な笑顔で微笑んだ彼女は、雨の空を晴れさせてしまうのではないのかというほどに輝いて見えた。俺は天候のせいでどこか落ち込んでいる部分もあったのかもしれない。だが、彼女のその笑顔を見て、試合を応援して楽しもうという前向きな気持ちになることが出来たのだった。
◇
選手アップが始まってから、ひたすらに応援歌を歌い続けた。もう悲観的にはならなかった。早く試合が始まってほしい、そういう気持ちになっていた。
応援歌を歌い続けている間に、あっという間に時間は過ぎていき、選手紹介も終え、選手入場の時。
タオルマフラーを掲げながら応援歌を歌い、選手たちを鼓舞する。
選手たちがピッチにはいり、自陣中央で円陣を組んで各ポジションへ散らばった。
センターサークルで相手選手がボールをセットして、審判が時計を確認してピィっと笛を鳴らして、試合が始まった。
◇
試合は開始からこちらがボールを支配してチャンスを狙っていく。そんな中迎えた前半15分、右サイドからのグラウンダーのクロスがファーサイドまで流れたところに9番の選手が足で押し込んで先制に成功した。。
しかし、その直後、相手のカウンターから左サイドのドリブルで抜けだされ細かいステップでペナルティエリアに侵入。ディフェンダー一人を切り変えしで交わして右足でシュート、これがキーパーのファンブルを誘い、そのままコロコロとボールはゴールへと吸い込まれてしまった。
あっという間に同点に追いつかれてしまうが、焦れずにボールを支配して再びチャンスをうかがう展開が続く。だが、前半終盤コーナーキックを相手ゴールキーパーに拾われると、一気にカウンター。ワンタッチパスでディフェンスに入らせずにテンポよくボールを回され、一気に逆サイドへの高鳴りのパスを送られる。
なんとこれがオフライドラインをかいくぐった選手にノーマークで渡ってしまう。
キーパーとの1対1となり、落ち着いてループシュートを放たれた。
キーパーも懸命にボールに触れたが、そのままコロコロと無人のゴールへ…
結果前半は1ー2のビハインドで折り返すこととなった。
ハーフタイム、美帆が珍しくお手洗いに行きたいと言いだした。
俺は席で後半始まるまで、他会場の情報をスマホで見つつ時間を潰していた。
そして、選手が再びピッチに戻ってきて、後半がスタートした。
美帆はトイレが混雑しているのか試合が始まっても戻ってこなかった。
そして後半10分、またもカウンター攻撃から左サイドをえぐられ、クロスを上げられる。これが不運にもディフェンダーの足に当たり、ボールはファーサイドへと流れる。そこに待ち構えてた相手のエースストライカーの選手が、美帆の好きな10番の選手を吹き飛ばしながらゴールへと頭で押し込み、スコアは1ー3となる。
得点を決められたところで、美帆がようやく戻って来た。
「え?嘘!?やられたの!?」
「うん、やられた」
「そんなぁ~」
お手洗いから戻ってきて、いきなりショックを受けることになるとは思っていなかったのであろう。美帆は頭を抱えてピッチを見つけていた。
だが、まだこれでは終わらない。さらに7分後、相手がスキをついてスルーパスを送る。これがFWの選手に渡ってしまい。キーパーとの1対1になる。シュートはキーパーがセーブするも、こぼれ球に落ち着いて反応したエースストライカーの選手が無人のゴールへと流し込み4点目。3点差を付けられ、試合を決定づけられる。
その後は、相手がゴール前をがっちりと固めてきたため、中々ゴール前に侵入で着ない時間帯が続く。監督は、新人のフォワードの選手を送りだした。
すると、いきなりその新人の選手がボールを受け取りドリブルからのシュートを放った。このアグレッシブさにより、ようやくこちらのギアが一段階上がった。
何度もゴール前に侵入する回数を増やして、得点をうかがう。
そして、後半40分。右サイドを駆け上がった選手がクロスを上げた。これが運良く相手キーパーの頭上を通り越して、ファーサイドへ。これに飛び込んできたFWの選手が押し込んで1点を返すことに成功した。
さらにここから攻勢に出たいところだったが、無情にもタイムアップ。2--4、首位攻防戦という重要な一戦を落としてしまい、勝ち点差が6に広がってしまったのであった。
◇
試合終了後、壮行セレモニーが行われていた。
大型ビジョンで今までの軌跡の映像が流されていたのだが、こちらに在籍していたときの映像は一切なし。こちらサイドは、多少のブーイングに包まれた。
そして、映像が終わり、旅立つ選手のインタビュー。マイクスタンドは相手サイドに向けられていたが、その選手が自らマイクスタンドを持ち変えて、こちら側を向いてくれた。
「僕の初ゴールの映像が流れなくてすいません。後で上層部にいっておきます」
という素晴らしい対応まで見せたのだった。
あぁ…こういう選手が世界で活躍するプレーヤーになるんだな…人間の気持ちがわかる。そういう選手が・・・俺はこの時、そう実感させられた。
両チームで成長できたことを感謝しつつ、頑張ってきますという言葉を残して、スタジアム場内を一周し始めた。18歳という年齢にも関わらず、スタジアムにいる観客の視線を独り占めしている彼の姿を見ていると、自分のちっぽけさを実感させられる。
彼の決断力、彼の意識の高さに改めて度肝を抜かれてしまう。
だが、自分もそろそろ
彼女のスタジアムを眺めている横顔を見ていると、彼女の笑顔を守っていきたい。そういう決意みたいなのを自分の中に秘める一日になったのだった。
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