第15節 大雨の中の試合

 日本代表戦WEEKを挟んで、2週間ぶりのリーグ戦再開。

 今日は、ホームに現在最下位の静岡のチームをホームに迎えての試合だった。


 関東地方は梅雨入りが発表され、雨の日と晴れの日を繰り返していたが、今日から本格的な梅雨空がしばらく続くそうだ。本日の降水確率は100パーセント、サッカーを観戦するには最も適していない日だ。だが、サッカーは雷や豪雨でない限りは開催される。

 今日も、多くのサポーターたちが雨合羽を羽織ってスタジアムの中へと入っていく。


 俺と美帆は、スタジアムコンコースの中にあるカフェで、雨宿りをしながらティータイムを過ごしていた。店内は、30席ほどの立スペースがあり、俺たちと同じ考えの人たちで混雑していた。


 美帆は、ボケェっとカフェからスタジアムの外の景色をの眺めていた。雨脚が強いこともあり、いつも遠くの方に見える富士山は影を潜めていた。それどころか、近くを走っている高速道路の高架橋ですら薄っすらと肉眼で確認できる程度で、雨脚はさらに強まっている感じがした。


「雨、止みそうにないね」

「う~ん」


 俺がそう美帆に投げかけると、美帆は分かっているのか分かっていないのか、生返事を返してきた。


「み~ほ~!!」


 今度は少し大きめの声で美帆に呼びかけると、ビクっと体を震わせて、俺の方へ顔を向けた。


「へっ!?何??」

「やっぱり聞いてなかったんだな…」


 美帆は、考え事をしている時、このように返事が適当になり上の空になってしまうのだ。


「何か悩み?考え事してたみたいだけど」

「え…??あぁ!」


 美帆も自分がボケっとしていたことが分かっているので、苦笑いを浮かべながら話し出した。


「雨ってさ、なんかどこか落ち着かない?この雨が地面に叩きつけられる音を聞いてるとさ、なんか自然と物思いにふけって自分の小ささを実感するというか、自然の大きさを感じるというかさ」

「なるほどな…」


 美帆はたまにこうセンチメンタルになるときがある。今日も雨の音を聞いて、自分の小ささを実感していたようだ。だが、それも彼女の魅力の一つだと思っている。美帆が何か考え事をしている横顔を眺めているのが俺は好きだった。いつもとは違う美帆の大人びた雰囲気が俺の心をざわつかせた。


 そんなことを思っていると、近くにあったスタジアムの大型ビジョンと同じ映像が映し出されているテレビ画面に、ウォーミングアップ開始前の催し物が始まった。


「そろそろ行こっか」

「そうだね、雨に濡れに行きますか!」


 そういって、コーヒーが空になった紙コップを手に持って立ち上がった。

 ゴミ箱に捨て、俺たちはスタジアムの中へと続く階段を降りていったのであった。



 ◇



席に戻ると、丁度選手のウォーミングアップが始まったところだった。

選手たちは、ゴール前のサポーター達に挨拶をして、ピッチに向かっていく。


今日はクロスからの練習で何本もアクロバティックなシュートを決めてニコニコと満足気にしていた。

ちゃんと試合で決めてくれよ、と心の中で思いながら、ウォーミングアップを見続けた。


選手入場を待っていると、1度雨が止んだ。だが、空は相変わらずドス黒い雲に覆われていた。おそらく降ったり止んだりの試合になるだろうと、感じた。すると、スタジアムのBGMが大きく鳴り響き、選手がピッチに入場してくる。コイントスを終えて、今日はコートチェンジをすることなく、相手チームのファンがいる方に前半は攻める形になった。


ボールをセットして、審判が笛を鳴らすと、雨の中の試合が始まった。



 前半、テンポよくパスを回して相手を攻め立てていく。

 相手はセンターフォワードの長身の選手にロングボールを蹴る戦術でこちらのミスを誘う。

 そんな中前半10分、そのセンターフォワードの選手とこちらのセンターバックの選手が交錯して頭を抱えて倒れ込んだ。大事には至らなかったものの、頭を何度も抑えながらプレーを続ける。

 そこからはイエローカードの嵐、前半だけで計5枚が出る荒れた試合展開になる。


 そんな中で前半30分、中盤の選手が意表を突く縦へのスルーパスを送ると、裏に抜け出したサイドバックの選手がシュートフェイクを入れる。相手選手に吹き飛ばられてしまうが、誰もいなくなったボールの元へ走り込んだFWの選手が右足一閃!

 見事隅に突き刺さり、先制に成功した。


 その後は、ボールを支配し続けて雨が降ったり止んだりする難しい試合展開の中、前半を1ー0で終える。


 後半、アクシデントは突然起きた。

 ハーフタイムの間に、前半の間に頭を交錯したセンターバックの選手が後半ベンチに下がってしまった。

 交代で出てきたのは、サイドバックの選手。ベンチにセンターバックの選手がいなかったため、思わぬ交代となった。


 前半右サイドバックをやっていた選手が、センターバックに入り、後半から入った選手が右サイドバックに入り、後半がスタートした。


 後半は、交代で入ってきたサイドバックの選手が試合に入りきれず、ミスを連発。相手に流れが傾いてしまう。


 そんな中迎えた後半15分、相手のコーナーキックからファーサイドでノーマークの選手が折り返して、揺さぶると、最後は残っていた相手選手がヘディングシュートを放ちゴール、同点に追いつかれる。


 疲労があるのか、足が全体的に重くなり、中々前にボールが運べなくなる。


 拮抗した展開が続く中、フワッと浮かべたスルーパスにオフサイドラインギリギリで抜け出したサイドの選手が、抜け出す。キーパーとの一対一を落ち着いて股の下を通してネットを揺らす。

 勝ち越しに成功して2-1と再びリードを奪った。その時だった、ゴールを喜びすぎた選手がボールを思いっきり蹴っ飛ばしてしまう。

 これが挑発行為とみなされ、イエローカード。これが今日2枚目のイエローカードとなり、退場となってしまう。


 1人少ない状態になってしまい、負けている相手チームは、さらにギアを上げて攻め立ててくる。なんとか凌いでいたが、こちらのパスミスを奪われると、いっきにスルーパスを相手選手がゴール前に入れる。

 これを落ち着いてFWの選手が流し込み、2-2の同点に追いつかれる。


 そして、先制点を決めたFW選手から控えのFWの選手に交代をした直後だった。

 相手の高い位置でボールを足に引っ掛けると、ルーズボールを相手選手とこちらの選手が争う。


 これをカットしたのは相手選手!

 そして、一気にロングパスを送るとなんとノーマークの選手にパスがドンピシャに通る。

 キーパーとの一対一を相手選手が落ち着いて決めて2-3と逆転される。


 そのまま試合はタイムアップ。

 まさかの逆転負けを喫して、単独2位に上がれる絶好のチャンスを逃す形となってしまった。



 ◇



 俺の家に着いた頃には、お互い荷物も体もずぶ濡れになっており、時刻は夜10時を過ぎていた。


「到着〜はぁー疲れたぁ!!」

「お疲れ様」


 美帆は、玄関の前で雨合羽を脱いで犬のように首を降って髪の毛に付いている大量の水滴を落とす。


「ちょ、飛ぶからやめて」


 俺が手で水滴をガードしながら言うと、美帆は不満げな表情を浮かべてきた。


「だってぇーベトォって張り付いてて気持ち悪いんだもん!!」

「風呂洗ってあるから、湯沸かしボタン押してるあいだに服脱いで入っちゃえ」

「流石達也!用意周到!」

「まあ、今日は雨って予報だったしな」

「ねぇ、一緒に入ろ!」


 すると、突然美帆が一緒に入浴することを提案してきた。その彼女の甘えるような上目遣いに思わずたじろいでしまう。


「あっ、あぁ、まあ、別にいいぞ…」

「やった!ありがと!」


 そう言い終えると、靴を脱ぎ終えた美帆は、トコトコとお風呂場へと消えていってしまった。


「ふっ…ったくよ」


 俺はそんな美帆の姿を微笑ましく見ながらあとを追いかけるようにお風呂場へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る