第12節 例のチーム
今日は神戸にやって来た。
最近何かと有名な、あのチームとの対戦だった。
今日美帆は、神戸に住んでいる大学の友人と、メインシートの方で座って観戦するとのことで、会場では別行動をとっていた。
俺が仕事で、美帆がいないということはあったものの、俺一人ゴール裏での観戦というのは久しぶりな気がした。
それこそ、美帆と付き合いたての頃、まだ大学1年か2年生の話ではないだろうか?
久しぶりに一人での観戦に、俺は懐かしさともの寂しさ、両方の感情が渦巻いている不思議な感覚に陥っていた。
まあでも、帰りは美帆と合流して新幹線で帰るし、今は久しぶりの一人観戦を楽しもう!
そう思いながらスタジアムのゲートを潜った。
一人だったので、席に困ることもなく、すぐに確保することが出来た。
神戸のスタジアムは、開閉式の屋根が付いており、今日は気持ちのよい初夏の陽気で青空が広がっていた。
既に神戸側の観客席には、多くのサポーターで埋め尽くされていた。
毎試合ここのスタジアムが満席になるのだから凄いことである。
そんなことを感心していると、ブーブーっと、スマホのバイブレーションがポケットの中で震えていた。
スマホを取り出して確認すると、美帆からメッセージが来ていた。
『やっほー達也!どの辺りにいるの?』
そう帰ってきたので、俺も返事を返す。
『9番の出口のちょい下くらい。美帆は、どの辺り?』
そう返信を返すと、すぐに既読が付き、返信が帰ってきた。
『私はメインの16番出口の上くらい、今手振ってるよ』
いや、手振ってるって言ってもこんなに大きいスタジアムの中で見つけるのは難しいだろ…
そう思いながら、16番の出口付近を眺めてみると…
いたわ、、、16番の出口付近より少し上で、ピョンピョンとウサギのように跳び跳ねているシュルエットが…間違いなく美帆はだった。
こちらを向きながら何度も跳び跳ねて手を振っていた。
隣に友達であろう人物が恥ずかしいそうに美帆を止めようと必死になっていた。
あのまま友達に恥ずかしい思いをさせるのも、申し訳ないと思い、俺はすぐに返信を返した。
『分かった、見つけた』
そう送ると、すぐに既読が付いた。
再び美帆のいる方へ目を向けると、美帆は飛び跳ねるのをやめ、俺が返した返信を友達から見せてもらっていた。
どうやらスマホは友達に操作してもらっていたようだ。
再び俺の方を向いた美帆は、手をおでこに置いて、こちらをじぃっと眺めてようだった。すると、俺のスマホのバイブレーションが振動した。
画面を見ると、
『じゃあ、今度は私が達也を見つける番ね!』
と帰って来た。
『いや、俺はいいから』
『だめ、見つけるまで止めないから!』
「はぁ~」
どうやら俺を見つけるまで探すという面倒な美帆に対して、思わずため息が漏れてしまう。
俺は仕方なく、足元に置いてあった、チームのフラッグを掲げて八の字に揺らしてみた。
片方の手でフラッグを揺らしながら、片方の手で器用にスマホを操作して返事を送る。
『今、ミニフラッグ振ってるぞ』
そう送り返して、美帆の方を眺めると、しばらくして、美帆が何かを見つけたようにはしゃぎ始めて、隣の友達にあっち!っと指さしていた。
友達も旗を振っている俺の場所がわかると、二人でニコニコしながら手を振ってきていた。
全く・・・困った奴らだぜ…
俺はそう思いつつ、フラッグを振りながらスマホを椅子に置き、手を振り返したのだった。
美帆との茶番劇を終えて、しばらく経つと、選手たちがピッチに入ってきてウォーミングアップが始まった。
それと同時に、ゴール裏のサポーター達も応援が始まった。
応援歌を歌いながら、選手たちを鼓舞していく。
毎年のごとく、相手の調子があまり良くない時に限って、相手を調子づかせるような勝利を与えてしまうのが、うちのチームの昔からの悪い癖なので、今日はなんとしても、勝利をもぎ取って、その嫌な流れを断ち切ってほしいところだ。
うちのチームも今日負けることがあれば、2連敗で上位争いからも大きく転落してしまう重要な一戦なので、サポーター達の熱量は凄かった。
それが選手たちに届いているかは、試合を見てからじゃないと分からないが、俺たちは、応援することしか出来ないので、必死に選手たちを鼓舞し続けたのだった。
◇
選手アップも終わり、両チームのスターティングメンバーの紹介も終わり、大きなBGMが流れ始めて、選手がユニフォーム姿で入場してきた。
子供たちと手をつなぎながら、入場してきた選手たちの表情は真剣そのものだ。だが、本当に集中しているのかどうかは、試合になってみないと分からない。
コイントスを終えて、選手たちが陣地の中央で円陣を組んだ。
キャプテンが気合いを入れて、全員で円陣を組み終えて、戦いののろしを上げた。
そして、審判が時計を確認して「ピィー」っと笛を拭いたところで、試合が始まった。
◇
試合は序盤は相手チームがプレスをかけて、こちらのミスを誘い、劣勢に立たされるものの、徐々に落ち着きを取り戻したチームは、前半31分ドリブルを開始すると、2人を置き去りにして、スルーパス、これをワンタッチシュートで落ち着いて流し込んで、先制に成功して前半を終えた。
後半も、ボールを保持しながら前へと推進力をかけていき、後半22分にゴール前までドリブルで侵入すると、最後は落ち着いてラストパスを供給して、ワンタッチシュート、これを見事流し込んで追加点を奪う。
その直後、前節までスタメンだった中盤の選手を投入すると、後半38分には左サイドのクロスから、その途中出場の選手がボレーで流し込んで決定的な3点目を決める。
さらに後半終了間際。美帆のお気に入りの10番の選手が放ったシュートを相手GKがはじいたこぼれ球を拾った先ほどの途中出場の選手が、トラップから巧みにカットインで相手を一枚交わして、右足一閃。
これがニアサイドにスパッと決まって4-0。圧倒的は強さを見せつける。
しかし、その直後のアディショナルタイムに相手に一点を返されたものの、そのまま試合終了4-1と前回の完敗を払拭する見事な勝利となったのだった。
◇
試合会場を後にして、美帆と連絡を取りあって、俺たちは新神戸駅の新幹線解説口の前で待ち合わせをすることになっていた。
俺が時計の時間を確認しながら心配そうに美帆を待っていると、ゴロゴロとキャリーバックを引きずりながら、小走りで向かってくる美帆の姿があった。
「ごめんねー遅くなっちゃって!」
「よかったぁ…新幹線の時間ギリギリだぞ」
「うん、わかってる!早くホームへ向かおう」
挨拶も手短に急いで新幹線のホームへと向かった。
エスカレーターを歩いて登り、ホームへ到着すると、ちょうど乗る予定の新幹線がホームに入って来たところであった。
俺たちは、駆け足で自分たちが乗る号車番号の乗り場へと向かい、新幹線に飛び乗った。
自分たちの指定席に座ったところで、新幹線はドアが閉まり、出発した。
「あぶねぇ…あぶねぇ…危うく乗り遅れるところだった」
「ごめんね…友達と話してたら長引いちゃって…」
「まあ、間に合ったし、結果オーライでしょ」
俺たちはようやく椅子に腰かけて、ホッと胸を撫で下ろすことが出来た。
勝利の余韻に浸りつつ、どっと一気に疲れがきたような感じがした。
すると、美帆の同じなのかちょこんと首を俺の肩に乗っけてきた。
美帆の方を眺めると、顔を緩めて、俺に顔を擦り付けていた。
「はぁ~…達也にやっと会えた・・・」
「なんだ?寂しかったのか?」
「うん…」
冗談半分で言ったのに、素でそう言われてしまうと、返す言葉がなくなってしまう。
「別に1週間ぶりなんだし、そんなに長くないだろ」
「今週の1週間は何か知らないけど、特に長かったの…だから、すごい寂しかった…」
そう言いながら、美帆はギュっと俺の袖を掴んできた。
そんな美帆を見て、俺は思わず頬を緩ませて、ポンっと頭に手を置いて、美帆を撫でてあげるのだった。
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