第11節 苦手な相手

 今日はホームでもう一つの大阪に拠点を置いているチームとの対戦であった。


 俺たちはいつものように最寄りの駅から二人でスタジアムまでの道を歩いていた。

 今日はポカポカ陽気で蒸し暑ささえ感じる気温だったので、美帆も半袖の縞模様のシャツに、カーディガンを一枚羽織り、薄いオレンジ色のスカートを履いた比較的ラフな装いでだった。


 そんなことを観察していると、美帆が思い出したように声を掛けてきた。


「そういえば、最近忙しいって言ってたけど、今日は休み取れたんだ」

「まあ、GWの余波が多少あっただけで、繁忙期ではないから、普通に休みは取れるよ」

「ふ~ん…じゃあどうして最近返信が遅かったのかな…?」

「いや…一応毎日残業はしてたからね??それに、GWボケのせいで、色々とやるのが面倒で…」

「あ~そうやって彼女を見捨てるんだ~」

「…わ、悪かったって…」

「ふ~んだ」


 プイっとそっぽを向いて、機嫌を損ねてしまった。


「…」


 俺はどうにかして美帆の機嫌が直るように思案した。


「そ…その…今日は家に来ていいからさ、許してくれないかな…」

「うっそ~ん!!」


 すると、いきなり俺の方を向いてきたかと思えば、してやったりといった表情でニヤニヤとしていた。

 俺はポカンとした顔をして見つめることしか出来ず、その表情を見た美帆がケラケラと笑いだした。


「あははは!!何?連絡しないだけで怒ったと思った??」

「ぐぬっ…」


 美帆にしてやられ、言い返す言葉がなくなってしまった。


「もう何年付き合ってると思ってるのよ!別に返信が遅いだけでそんなに怒ったりしないわよ~」

「はぁ…」


 嘘でよかったぁ…と思わず安堵した。

 付き合い始めた頃は、返信をしないと、『なんで返事返してくれないの?』

 と何度も催促されたものだ。

 ついつい懐かしい出来事を思いだしていると、あっという間にスタジアムの待機列に到着した。


 入り口のところで、今日のイベント情報などが載っているパンフレットをもらっておき、今は列に並びながらお店のラインナップを眺めていた。


「今日はどうしようか??」

「う=ん、前回はたこ焼き食べたから、今日はお好み焼きにしてみる??」

「あ~いいかもね!一応調べてみるよ」


 俺がパンフレットに載っているお好み焼きやを確認していると、美帆がツンツンと俺の腕をつついた。


「何?」

「大阪って8年も勝ててないんだね」

 

 パンフレットの表記事を読んでいた美帆が、感心したように尋ねてきた。


「そうなんだよ…俺も今まで観戦してきて、勝った記憶全然ないしなぁ…」

「へぇ~達也でもないってことは相当だね」


 今日のもう一つの大阪のチームは、どうにも苦手意識があるらしく、ここ最近の対戦成績は、0勝5分け5負と、かなり相性が悪いのだ。


「今日は勝てるといいね!」

「いいね!じゃなくて、勝つ!だろ??」

「そうだね!あはは…」


 そんな会話をしていると、待機列が動き出して、入場が始まった。

 俺たちもチケットを用意して、ゲートを潜る順番をまだかまだかと待ちわびるのだった。



 ◇



 入場を終えて、無事に席を確保した俺たちは、それぞれユニフォームに着替えて、お昼の買いだしへと向かった。

 出店に行く前にガチャガチャを引いてから出店に向かった。


「あ~ん、もう全然当たりでないよ~」


 美帆が今日当たっていたのは、38番の選手と40番の選手だった。

 お気に入りの選手のストラップは、初日に出たものの、それ以降は中々有名な選手は出ていなかった。


「まあ、運もあるから仕方ないんじゃない?」

「でも、そろそろ当たりが出てもいいころだと思うんだよね…」


 そんな不満をブツブツと言いつつ、俺たちはお好み焼きの列に並んでいた。

 出店からは、鉄板で焼いているお好み焼きの香りが漂っており、ソースの香りがさらに俺たちの空腹の体を煽っていた。


「まだかなぁ~まだかなぁ~」


 順番が近づいてくるにつれ、美帆も先ほどブツブツ言っていた時とは違って、ワクワクとお好み焼きの購入の順番を今か今かと待ちわびていた。



 ようやく俺たちの番がやってきた。

 俺たちはお好み焼き2玉を購入してお金を支払った。

 ビニール袋の中に二つのタッパーに入ったお好み焼きと、割り箸を手渡されて、ようやくお昼ご飯の調達に成功したのであった。



 ◇



 席に戻った俺たちは、お好み焼きが入っているタッパーを袋から取りだした。

 手に持つと、まだ温かさが伝わってきた。タッパーを開けると、美味しそうな湯気が立ち込めるのと同時に美味しそうな香りが、漂ってきた。


「いただきます」

「いただきます」


 お互いに両手を合わせて、いただきますの挨拶をしてから、割り箸を半分に割り、お好み焼きを食べやすいサイズに切ってから口に放り込んだ。


 キャベツのシャキシャキした食感と、お好み焼きのソースに後から来る鰹節のいい香りが口の中に充満した。

 サイドに飾ってあった紅ショウガを口に含むと、甘酸っぱさが口の中に広がり、さらに食欲をそそられる。


「う~ん/// 美味しい~♡」

「うまいな」

「うん!」


 二人で仲良く美味しそうな表情を見せあいながらあっという間にお好み焼きを平らげていくのであった。



 ◇



 ゴミなどを片して、トイレなども済ませたところで、試合を見る準備が整った。

 しばらくイベントなどを見ていると、ようやくGKがピッチに入って来た。


「今日も頼むぞ~!」


 俺はしばらくリーグ戦勝利した試合を久しく見ていないので、今日そこはという思いがあった。


 5分ほど経ってから、フィールドプレイヤーの選手たちもピッチの中に入って来た。


「ガンバレ~!!」



 ゴール裏に挨拶に来た選手たちは、終始リラックスした表情を浮かべていたが、ウォーミングアップを始めた時には、真剣そのものであった。


 その様子を見ながら、俺と美帆は手拍子をしながら声を出して応援をした。

 久しぶりに応援をして、ストレスが解消されていく感じがした。



 ◇



 選手たちがウォーミングアップを終え、両チームの選手紹介が終わり、ようやく選手入場が始まった。

 俺と美帆は、旗を掲げながら応援歌を歌って、選手たちを出迎える。


 選手たちがピッチに登場して、相手チームとの挨拶を交わした後、写真設営を行い、最後の軽いアップに入った。


 ピー!っと審判が笛を鳴らしたところで、選手たちがベンチにボールを返していく。

 そして、陣地中央付近で11人全員が集まり円陣を組んで気合いを入れ直した。


 サポーターは拍手で称え、再び応援歌を歌い出す。


 センターサークルに選手が入り、ボールの前に立った。

 審判が時計を確認して、ピィ!っと笛を吹いて、試合がスタートした。



 ◇



 試合は開始早々。

 いつも通り、気の緩みから、まさかシュートを打ってくるとは思っていなかったとでもいうかのように、相手選手が意表を突きシュートを放った。

 これが決まり先制点を許した。


 そこからは、先制して思いっきりゴール前を固めてくる相手に攻めあぐねる。

 また、セカンドボールもフィジカル負けや1歩目の遅さ、ボールの落ち所を誤り全く回収できずに前半を終えた。


 後半、FWの選手を一人交代して攻撃に厚みをかけようと後半に望んだ。

 しかし、後半10分頃、相手が一瞬の隙を見逃さずサイドにノーマークを作る。

 サイドの選手がゴール前に走り込む選手に絶妙なパスを送り、キーパーが弾く前にヘディングでシュートを放ち、追加点を献上する。

 さらに中盤でボールをとられると、そのまま場ゴール前まで運ばれる。

 ペナルティエリアで3人の選手を引き付けて、一人をフィジカルでなぎ倒すと、そのまま右サイドに走り込んだ選手にラストパスを出した。

 これを冷静に相手選手が沈め、0ー3と試合を決定付けられた。


 3点目を失った時点で、残り時間20分ほど、選手達は誰一人ポールを拾うこともなく。

 スタスタと歩いてポジションへ戻った。

 ファンサポーターも意気消沈して完全に試合を持っていかれてしまった。


 その後、交代してきた選手達がなんとか状況を打開しようと試みるものの、もう1つギアをあげきることができず、走り負けてボールをカットされてしまう。


 なんとかロングシュートで枠をとらえたシュートもGKにパンチングで弾かれて万事休す。

 そのまま0ー3で試合を終え、今年2度目の完敗を喫して、得失点も再びマイナスへと逆戻りしてしまった。


 そして、苦手な相手に対して8年勝ちなしという不名誉な記録まで達成してしまうのであった。



 ◇



 試合の後、美帆と一緒にしょんぽりと落ち込みながら俺の家へと到着した。


「ただいま~ふぅ~なんか達也の家久しぶり~」


 美帆は靴を脱いで家に上がるなり、早々にテレビの前のソファーに横たわった。

 俺が部屋の明かりをつけてリビングに遅れて入ってくる。


「本当にうちのソファー好きだよなお前」

「だって、フカフカで気持ちいいんだもん~」


 ソファーの腕掛けの部分に顔をスリスリ擦りつけながら、満足そうな笑みを浮かべていた。


「夜飯作るけど、何がいい?」


 重い足取りでキッチンに向かい、冷蔵庫を開けながら質問すると、美帆が元気よく返してきた。


「寿司!」

「いや…生魚は流石に置いてない」

「え~じゃあ、カレーでいいよ」

「一気に家庭的なものにラングダウンしたな…」

「え~だって、無茶難題を言った後の方が、家庭的なものでも作ってくれやすいってママが」

「入れ知恵かよ…しかも狙ってやってるなこの野郎」

「あはは…まあいいじゃん、いいじゃん!とにかく、私は達也が作ってくれたものならなんでも食べるよ!」

「そうか…分かった」


 俺はニコニコと悪気のない笑顔を向けられて美帆にそう言われてしまったので、怒ることも出来ずに、美帆に見えないところでニタニタと口角を上げながら、調理を開始するのであった。

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