カップ戦 第2節 前回王者

「お疲れさまです。」


 先輩社員にひと言挨拶をして、オフィスを後にした。

 俺は、定時ピッタリに退社して急ぎ足で駅へと向かった。

 改札口を抜け、ちょうどホームに入ってきた電車に運よく乗り込んだ。

 電車内は帰宅する人々で混雑していたが、なんとか吊革に捕まり、スペースを確保した。


 今日はカップ戦の第2節がホームで行われる。

 今日の対戦相手は同じ県にあるサッカーチームで、昨シーズンこのカップ戦のチャンピョンだ。


 スマホでスタジアムの到着時刻を確認する。試合は19時開始であるが、15分ほど遅れて到着する見込みであった。

 俺は美穂にスマホのトークアプリでメッセージを送った。


『悪い、15分くらい遅れるから先に試合楽しんで。』


 俺が、メッセージを送ると、すぐに既読がついた。


『おっけ~、スタジアムで待ってるよ!』


 そう一言メッセージが届き、俺はスタンプを送信してアプリを閉じる。

 今度はインタネットを開き、スターティングメンバーを見る。

 リーグ戦が週末に控えているため、疲労を考慮して普段サブやベンチ外のメンバーで構成されていた。新しく入った選手なども多数いるので、どのようなプレーをするのか楽しみにしながら、スタジアムへの道を急いだ。



 ◇



 スタジアムがある公園に到着すると、応援の声が聞こえてきた。

 入場ゲートをくぐり、ゴール裏の入り口へと入った。

 試合は既に前半15分を回っており、ピッチを選手が走り回っていた。


 俺は美帆に送ってもらった座席を探しながらゴール裏の人々を掻き分けていく。すると、手拍子を送りながら試合を見つめている美帆を見つけた。


「やっほ。」


 俺が隣まで行き声をかけた。

 美帆は俺の方へ振り向いて、子供のような無邪気な笑顔を見せた。


「やっほ!お疲れ様。」


 俺は荷物を椅子において、鞄を開けてユニホームと取り出した。

 スーツを脱いでYシャツの上からユニホームを着る。

 ユニホームを着終えて試合の状況を確認する。


「どう試合は?」

「まだ0ー0だけど、相手が前から来てるから、中々上手くボールが回ってないって感じかな。」


 俺がするまでの試合の状況を試合を見ながら説明してくれた。


「なるほどね、やっぱりハイプレスで来たか。」


 相手チームは高い位置からハイプレスを敷いて、こちら側の攻撃のパスを引っ掻けようとしていた。こちら側は、ワンタッチで丁寧に回していたが、最後にプレスを交わせるとなったときのパスがずれてしまい、攻撃が行き詰まっていた。

 そんな中迎えた前半30分、相手に高い位置でパスをカットされ速攻に持っていかれる。


 ワンタッチで早めにあげられたクロスに、ゴール前で待ち構えていた選手がボレーシュートを放つ。

 ボールはネットに吸い込まれ、先制点を許した。


「あぁ…」


 美帆からも落胆の声が聞こえた。


「ここからここから!」


 失点して落ち込んでいる選手たちを鼓舞するように、ゴール裏のサポーターからそんな声が響き渡った。


 前半終了間際、攻撃のチャンスでドリブルを仕掛け、そのままシュートまで持っていった。

 ボールは見事な軌道を描き、ゴール隅へと飛んでいった。


「入れ!」


 思わず俺はそんなことを口走っていた。

 しかし、ボールは無情にもゴールポストに嫌われてそのままラインを割ってしまった。

 結局そのまま前半が終了し0ー1で終える。



 ◇



 ハーフタイム、俺はコンビニで買ってきた弁当を食べていた。


「その唐揚げ一個ちょうだい。」


 美帆が物欲しそうにねだってきた。正直お腹が空いていたのであまりあげたくなかったが、


「あーん」


 と口を開けて待っている美帆を見て、可愛く思ってしまい。


 弁当から唐揚げを一つ端で詰まんで、そのまま美帆の空いている口へ唐揚げを突っ込んだ。


「あぐぅ、ひっへんにつめはいへほ」

「食べ終わってから喋れ。」


 俺がそう言うと、美帆は口をアワアワとさせていたが、一口では大きすぎたようで唐揚げを素手で持ち、噛み千切って半分を口の中へいれた。


 ごくっと飲み込むとムスッとした表情を俺に向ける。


「まるごと一個一気に放り込まないでよもー!あーあ、手油でベトベト…」


 美帆は不満をたらたらと口にしていた。


「お前が一個ちょうだいっていったんじゃねーか。」


 美帆は手に持っていた残りの唐揚げを口に放り込み満足そうな表情で美味しそうに食べていた。

 ごくっと飲み込んでふぅーっと息をはいた。


「でも、美味しかった。ありがとね。」


 美帆はニコリと微笑みながら感謝の意を述べてきた。

 俺は気恥ずかしくなり、弁当に箸をつけて、白米を食べる直前に


「おう…」


 とボソッと言って口に頬張った。


 美帆は油でベトベトになった指をペロッと自分の口で舐めて拭き取っていた。

 その姿が艶かしく思えてつい見とれてしまう。

 美帆が俺の目線に気がつき、キョトンとした表情を浮かべる。


「どうしたの?」


 美帆が首をかしげながら不思議そうに俺を見つめながら質問してきたが、俺はまたも箸で今度はサイドについている漬物をつついて、口元に持っていき、


「別になんでもない。」


 と呟いて漬物を口にいれた。


 すると、周りのサポーターが休憩を終え、一斉に立ち始めた。

 どうやら選手がピッチに戻ってきたようだ。


「お、そろそろ後半始まるみたいだよ!早く弁当食べちゃいな!」


 美帆はそう言い残すと、ヒョイっと立ち上がって選手の方へ顔を向けてしまった。


 俺は急いで残っていた弁当を書き込んで後半のキックオフを迎えるのだった。



 ◇



 後半が始まり、こちらは攻撃の厚みを増すが、先制してリードしている相手チームはゴール前まで引いて守ってきたため、ゴール前まで中々ボーむが繋がらない。


 そんな中で、一瞬の隙を突かれて相手選手に抜け出され、1対1の状況を作られてしまった。

 このシュートを決められてしまい、試合は0ー2とさらに点差が広がってしまった。


 その後も、ゴール前にクロスを放り込むものの、相手の硬い守りに何度も跳ね返させて。

 結局試合は0ー2で敗戦。今シーズン初めての負け試合となってしまった。



 ◇



 試合が終わり、スタジアムから駅に向かって坂道を下りていく。

 俺は美帆と手をつなぎながら今日の試合の感想などを語りあっていた。


「点とれなくて残念だったね。」

「そうだなぁ。」

「はぁーやっぱり負けちゃうとドット疲れが押し寄せてくるね。」

「うん。足が重いよね。」

「ほんとそれ。」


 勝ったときと負けたときでは疲労感も全く違う。

 買った試合の日は次の日も頑張ろうと言う気持ちになれるのだが、負けた日のときは、明日仕事面倒くさいとなってしまうものだ。


「はぁ。明日仕事面倒くさいな。」


 予想通りの発言をため息をつきながら美帆が言っていた。


「まあ、後2日頑張れば。休みだし、また試合もあるから頑張ろうよ。」

「そだね。」


 よしっと言いながら美帆はもう一度気合いを入れ直して明日からの仕事への気力を取り戻した。

 そんなことをしているうちに、スタジアムの最寄り駅に到着した。


 乗る電車が違うため改札口の前で繋いでいた手を離した。


「じゃあ、また土曜日にね。」

「うん、夜に泊まりに行くからよろしくー」


 手をヒラヒラと振りながら美帆は改札口を通り駅のホームへと上がる階段へと向かっていった。

 俺は見えなくなるまで手をヒラヒラと振りながらニコッと笑って美帆を見送ったのであった。

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