リーグ戦

第1節 シーズン開幕

 2月24日土曜日

 今年もJリーグが開幕する。

 朝10時ホームスタジアムがある駅で彼女と待ち合わせをしていた。

 俺、藤澤達也ふじさわたつやは駅改札近くの柱の前でスマートフォンで今日のイベント情報を確認しながら彼女を待っていた。

 すると、スマホを見ている目線の端の方に俺の元へ近づいてくる人影が視界に入る。その足は俺の目の前で止まった。

 俺は顔を上げる。そこには応援チーム青色のユニフォームを着て、ピンク色のコートを羽織り、紺色のジーンズを履いた女性が立っていた。

 その女性は、背丈は155センチほどで薄茶色の綺麗なセミロングの髪をしており、丸くて小さな顔だちとくりっとした瞳につんっとした鼻に淡い薄紅色をしたぷりっとした唇が特徴の自慢の彼女、西宮美帆にしみやみほであった。


「おはよ、達也!」


 美帆は満面の笑みで元気よく挨拶してきた。


「おはよ、美帆。」


 俺が微笑み返すと美帆は俺の体を見渡す。


「あれ?ユニホーム着てきてないの?」

「あぁ、今日はスタジアムで着ようかなって思って」

「え~。つまんないの。」


 彼女は頬を膨らませて、わざとつーんとした表情を浮かべる。


「今年のユニホームかっこいいのに~」


 そんな彼女が来ている応援チームのユニフォームは想像した以上に似合っており、とても爽やかさと可愛さが増していた。


「うん、可愛いよ。」

「へ?」


 唐突に言われたので美帆は驚いた表情を浮かべていたが、見る見るうちに顔をっかにして俯いた。


「うん、ありがと…」

「行こうか」

「うん…」


 俺は彼女の手を取って二人でスタジアムに向かって歩き出した。

 途中のコンビニで飲み物を調達してスタジアムに到着する。

 スタジアムには多くの試合を観戦しに来た人が大勢いた。

 俺たちは入場待機列に並ぶために入り口の方へと向かった。


「うわぁ、今年もなんか始まるんだなってやっと実感わいてきた~」


 美帆がテンションを上げながらそんなことを言ってきた。


「確かに、こうやって実際に見るとテンションが上がってくるよね。」


 そんなことを話しているうちに待機列に到着する。

 待機列にはガムテープで四角に囲まれた枠のようになっており、そこには待機列番号と『2名ニシミヤ』と書かれていた。昨日わざわざ並んでそのガムテープの枠を張ってくれたのだ。このことを通称『シート貼り』というのだが、俺たちが応援しているチームは前日の朝10時から張ることができるようになっている。

 昨日は俺はどうしても外せない仕事があったため、美帆に任せて貼ってもらったということだ。


「結構早いじゃん。」

「開幕だし人多いかなと思って、ちょっと早く来た。」


 にっこりと笑顔を見せながら美帆は説明してくれた。

 そして、開門時間を待っている間、席を取った後どこで何をするかの予定を立てているとあっという間に開門時間が近づいてきて、列が動きだす。

 ガムテープをはがして、近くにあったゴミ箱へと捨てた。

 どうやら列が予想以上に長かったため、10分ほど開門が早まったらしい、待機しているところからスタジアムの中へぞろぞろと人が入っていくのが見えた。


「うわーなんかワクワクしてきた。」


 美帆は無邪気にはしゃぎながら入場口へと歩いていた。


 今年もいっぱい彼女の幸せそうな笑顔が見たいな。


 そんなことを思いながら俺と彼女は入場ゲートをくぐった。



 ◇



 無事に席を確保して最初に向かったのは、スタジアムグルメコーナーだ。

 スタジアム限定のグルメや相手チームに応じた限定商品などが販売されている。今日は大阪のチームが対戦相手だったので、たこ焼き屋の屋台が出ていた。俺たちは、そのたこ焼き屋の屋台に並ぶ。

 こうやって相手チームの本拠地の有名な食べ物を食べつくして勝つというゲン担ぎのようなことをしている。


 10個入りのたこ焼きを2つ購入した。アツアツのうちに席に戻って食べたいところではあるが、次に向かったのはガチャガチャコーナーだ。


 ここでは応援チームのストラップや選手の名前や顔写真が入ったストラップやマグネットなどが当ったりするガチャガチャがあるのだ。俺は毎年のように行っているラバーストラップを毎試合1回やっている。

 年間34試合中17試合がホームの試合で、一つのカプセルに二つ入ってるため、運がよければ一年間で全選手を手に入れることが出来るのだ。


 物によるが1回300円程度するので、高いと思う人もいるかもしれないが、全選手集まっていく達成感がたまらないので、懲りずに続けていた。

 また、ガチャガチャなんて普段はやらないので、趣味の場所では子供の時の用に戻ったような遊び感覚でガチャガチャを楽しむというのも一つの一興だろうと俺は思っている。


 そんな中、彼女がしていたガチャガチャは1回500円もするユニフォームの形をした選手背番号と名前入りのストラップだった。

 彼女が好きな背番号10番の選手が当たるようにガチャガチャの前で手を拝んでいた。

 100円玉を5枚投入して、ゆっくりとレバーを回していった。

 ガチャガチャが出口の穴から出てくる。

 それを取り上げて蓋をパカッと開けて中身を確認する。


「やったぁ!」


 彼女が喜びをあげながらこちらへトコトコと近づいてきた。


「あたったよ、見て!ほら!」


 彼女が手に持っているストラップに目を近づけると、確かに彼女が好きな背番号10番の選手のストラップが当たっていた。


「おお、すごいじゃん。」

「いやー、私やっぱり持ってるね!」


 彼女は鼻を高くしながら自慢げにそのストラップを掲げながら俺に自慢してきたのであった。


 一通り周り終わり自分達の席へと戻り、先ほど購入した昼食を取ることにした。たこ焼きはほんのりとまだ暖かかった。

 たこ焼きソースとかつお節に青のりがかかった大粒のたこ焼きはトロトロでとても美味しかった。やはり大阪のたこ焼きは全然食感も味も違って美味なのだった。


 昼食を楽しみ一段落した後、俺はバックからユニホームを取り出してコートを脱いでセーターの上から着た。

 ユニホームに袖を通すと彼女がまじまじと俺の方を見つめていた。


「うん、やっぱり似合ってる」

「ん?」

「いや、やっぱり達也のユニホーム姿は格好いいなと思いまして~」


 彼女は、頬を赤くして頭をかきながらニヤニヤと笑っていたのだった。


 しばらくスタジアムの中での演出を楽しんでいると試合開始1時間前になった。

 一旦お互いに席を離れてお手洗いなどを済ませて、席に戻る。

 10分ほど経過するとゴールキーパーがピッチに現れる。俺たちを含むゴール裏のサポーターの人々は立ち上がって拍手を送る。

 そして、メガホンを持った人がゴールキーパーの人の名前を全員に聞こえるように叫んで太鼓が3回鳴る。それに合わせて手拍子をして選手のコールを歌う。

 久々に歌うせいか声が裏返って変な声が出てしまう、クスクスと隣で彼女に笑われてしまった。

 一旦もう一度沈黙が訪れるが、すぐにメガホンを持った人が全員に語りかけた。


「みなさん、こんにちは。こんにちは。

 えー、これから長いシーズンが開幕しますが、サポーターの声援とか応援が選手たちの力に必ず毎回なっているので、今日もしっかり声だして選手を後押しして勝ちましょう。よろしくお願いします。」


 話を聞いていた人たちがみんな拍手を送る。


 そして、スタジアムに大きな音楽が流れ、ゴールキーパー以外の選手全員がピッチに登場してくる。

 選手たちはゴール裏のサポーターの元へ挨拶をしにやって来た。


 好きな選手の名前を叫んでいるものや、選手の写真とスマホやカメラで撮っている者、拍手をしながら選手たちを眺めている者と様々な人がいるなかで、美帆はお気に入りの10番の選手の名前を叫びながら興奮していた。


「キャー!格好いい!」


 俺の肩をバシバシと叩きながらそんなことに言ってきた。

 全く、分かってはいるのだが、美帆が『かっこいい』と言っているのは間違えなく俺よりも10番の選手の方が多いので少し妬けてしまうな…

 そんなことを考えているうちに選手のウォーミングアップが始まった。

 

 その間にゴール裏のサポーターは全員が立って選手一人一人の応援歌を歌って鼓舞している。

 俺たちもその応援を行いながら選手のアップの様子を眺めていた。

 選手の表情は真剣そのもので、開幕戦ということもあって気合いが入っているように思える。

 ストレッチからパス練習を行ってフリーアップのシュート練習を開始した。彼女お目当ての10番の選手は今日は調子がいいようでバンバンとシュートをゴールに決めていた。


「今日はみんな気合いか入ってるね。」

「そうだね、まあ開幕だしモチベーションは上がってるっしょ!」


 彼女はスマホのカメラで10番の選手の写真を撮りながら軽い口調で言ってきたのだった。

 そんなことをしているうちに選手アップが終了の時間となり、選手たちは一旦ロッカールームへと下がっていく。


 ピッチに人がいなくなったところで、スタジアムに再び大きな音楽が流れ始める。スターティングメンバーの発表である。

 これが終われば開幕戦のPVが流れて、ついに選手入場だ。


 選手紹介で一人一人の選手の名前をスタジアムDJが発表していくたびにゴール裏からは『おい!』と声を出して盛り上がる。

 スターティングメンバーとベンチメンバー、そして、監督の紹介が終わるとBGMの音が変わり、PVが流れ始める。

 去年のゴールシーンや去年の悔しかった出来事のシーンなどが回想されていく。頭の中の記憶も蘇ってくる。

 PVを見ていると隣からトントンと指で顔をつつかれた。

 隣を向くと、美帆が子供のようにはしゃいでいた。


「ねえねえ、あのゴールとかすごかったよね!」

「そうだな」

「今日も得点見たいなぁ~」

「見たいなぁじゃなくて、見るぞ!だろ?」

「うん、そうだね!得点決めて勝とう!」


 そして、PVの最後には『絶対にタイトル獲得を!』というメッセージと共にスタジアムが盛り上がる。

 そして、またBGMが変わった。選手入場だ。

 応援歌を歌いながら選手が入場してくるのを眺める。

 選手たちはピッチに並んで相手チームと握手を交わしてお互いの陣地へ散る。

 選手たちは陣地の中央で和になって円陣を組む。


 そして、足を踏み込んで円陣を組み終わり、各ポジションに散った。

 会場のボルテージも最高潮に達してきた。


 相手ボールからのスタートでセンターサークルに一人の選手がボールの元へスタンバイする。審判が時計を確認してピーっと笛をならした。

 試合が開始され、ついに今シーズンが開幕した。



 ◇



 試合はなんと開始40秒で相手に先制ゴールを許してしまうまさかの展開。

 しかし、開始わずか2分で同点に追い付いて、試合は振り出しに戻る。

 その後前半さらに2得点を奪って3ー1と大きくリードを奪って前半を終える。

 後半はうってかわって落ち着いた試合展開。しかし、試合終了間際に相手チームに1点を返される。

 なんとかその後守りきり試合終了。

 開幕戦は3ー2で初勝利を挙げたのだった。



 ◇



 試合が終わって帰り道、手を繋ぎながらお互いにハイテンションで今日の試合の出来事を話していた。


「いやぁ、開始40秒で失点したときは一時はどうなるかと思ったけど、勝ててよかった。」

「本当にハラハラドキドキだったよね!」

「あの2点目のロングシュートは痺れたな」

「あれはすごかったよね!思わず跳び跳ねちゃったよ」


 やっぱり勝利したときは気分もよく、疲れも全く感じなかった。

 そのまま、美帆と一緒に電車へ乗り込み、家まで行った。


「ふぅー、ただいまー。」


 美帆は帰ってきて早々にリビングのソファーに横たわった。


「ただいま。って俺の家だけどな。」

「まあまあ、いいじゃん。実質半同棲みたいなもんだし。」

 

 美帆はゴロゴロしながら、スマホをいじっていた。


「どうする?飯作るけど、何食べたい?」

「んー?まかせる!あ、でもその前に汗かいちゃったからお風呂入りたい。」

「わかった、洗ってくるわ。」


 俺が風呂掃除をしようと、リビングから移動しようとすると美帆がムクッと起き上がって俺のもとへ駆け寄ってきた。


「ねえ、一緒に入ろ♪」

「どうした?珍しいじゃん、そっちから誘ってくるなんて。」

「いやぁ、それは久々に興奮したし、勝ったし、あはは…」


 しばし顔を指でポリポリと掻いていたが、頬を赤く染めてボソッと


「察してよ、バカ…」


 と呟いたのだった。

 

 全く今日も俺の彼女は可愛いぜ。そんなことを思いながら彼女との開幕戦を楽しんだのだった。

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