カモフラージュの恋
湖月もか
カモフラージュの恋
学校一、人気者の彼
毎年バレンタインの季節になると、学校中の女がこぞってチョコを渡そうとする。そんな絵に書いたような奴。
--そう。今目の前で女に群がられているあの男のことだ。
「先輩! チョコ受け取ってください!」
「ずるい! 私のも受け取ってください……!」
私も私も、と可愛くラッピングされた箱を震えた手で彼に渡そうとする。彼を見つめている彼女達の頬は真っ赤になって、なんとまあ可愛らしいことか。
「……ごめんね。彼女が妬いちゃうから受け取らないんだ。気持ちも、受け取れない」
申し訳なさそうに整った眉尻を器用に下げ、周りを囲む女達へ謝罪をする。
何人か見惚れているではないか。
……だから顔の良い奴は好きじゃない。それに私は、彼のこういう所が嫌いだ。
じっとりとした、鋭い視線をその背に向けこの茶番が早く終わらないかと様子を伺う。
先程からこの集団を影から見ている私は
しばらくして彼女たちは肩を落とし、それぞれの向かう方角へ散っていった。
涙を浮かべる者、苦笑を浮かべている者。反応も様々だが皆一様に朝と比べて落ち込んでいる様子だ。……無理もない。
「繭。何やってるの」
「べっつにー……。いつも通りおモテになってるじゃない」
「……どうしたの。今日はまた一段と機嫌が悪いね。体調悪いの? 生理?」
「……っセクハラ!」
あまり威力はないだろうが、彼の肩を殴る。そこはもちろんグーだ。
幼馴染とはいえそれを聞くのはダメだろうよ。
「お二人さんまた夫婦漫才してるの? 仲良すぎるよ」
「ほんとだよな」
「結城も付き合うならもっといい女選び放題だろうになあ。あんな可愛げ無い女を選ぶなんて……趣味悪いな」
下校時間を過ぎているとはいえすれ違う人の数はそれなりに多い。
陰口のように言うものや、聞こえるように言う者もいるがどうせいつも言われていることと差異はない。
だけど最後のお前……それは余計なお世話だ。
「繭はちゃんと可愛いからね、自信もって」
「はいはい、ソーデスネ」
「……いつも嫌な思いさせてごめんね」
「貸しひとつ、ね」
「お返しは何が欲しい?」
「有名シェフの高級コース料理!」
「却下。そもそも、食べ物以外にして」
「冗談よ、冗談。なーんにも、要らない」
「繭はいつもそればっか」
たわいのない話をしながら帰路を歩く。
通う高校までは徒歩20分程度。お互い隣の家だ。必然的に同じ道を歩むことになるので、入学当初から時間の合う時は一緒に通っている。
だからか、私と奴は何故か恋人だと認識されている。まあこちらとしては願ったり叶ったりである。
--私達は幼馴染であり、カモフラージュで恋人を演じている。
が、それ以前に勝手に誤解して噂を広めてくれたので手間が省けた。
何故、こんな面倒なことをしているかと言うと……結城は私の姉である
つまりはそういう事。
卒業まであと一年とちょっと。ただそれだけの辛抱なのだ。
「今年は何貰えるかな」
「知らない。私にはカンケーないからね」
「繭は居ないの? 好きな人」
「んー? 居るよ。彩結姉と、お兄と、お母さんとお父さん。あ。あと王子様みたいな訳分かんない幼馴染もね」
「そういう、好きじゃなくてさ。居るんでしょ?」
「あー、そういう? 居ないよ。私の好きな人は、居ない」
この答えに不満そうではあるものの、話そうとしない私にこれ以上問いただそうとはしなかった。
それ以上帰路でバレンタイン関連の話を聞かれることも聞かされる事も無く、いつも通り授業の話やテストの話をする。
まあ、ほとんどが私の勉強への説教だったけれど。
「結城、繭。おかえり」
家の前で何故か学校にまだ居るはずの彩結姉が立っていた。片手に紙袋をぶら下げて。
おかえりの挨拶が妹より彼氏優先なのは無意識なのだろう。
「ただいま、彩結姉。……じゃ、私はここで。結城また明日」
「…………」
耳を赤く染め、彩結姉の『おかえり』を噛み締めている彼に私の言葉は何も聞こえてないだろう。仕方が無い、か。
後ろ手に玄関を閉めた。
家の中は静まり返っている。バレンタインには両親も夜デートで家を空ける。
彩結姉は……どうだか分からない。
***
とりあえず私の任務はここで終わり。
ミッションコンプリート、だ。
2階へ上がり、部屋の扉をくぐる。
机の上には綺麗にラッピングした、渡す宛のないチョコケーキ。
甘いのが苦手な奴のために手作りしたケーキ。
渡せるわけはないけれどどうしても毎年作っては、胃の中へ押し込んでいる苦い、にがーいチョコケーキ。
私の好きな人は
その方がハッピーエンドを迎えられる。
それにきっと、これも思い出として笑える日が来るから。だから今年もまた、今日だけ泣いて。明日からはまたカモフラージュを頑張るの。
ハッピー、バレンタイン。
カモフラージュの恋 湖月もか @mokakoduki
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