第3話:陰口

 初夏の陽気が漂う5月半ば。

 一年生が入部し、一通り落ち着いたところで、8月はじめのコンクールに向けてさらに練習が本格的になる。


 コンクールメンバーは、それ以外のメンバーと場所を分けて練習を行う。

 メンバーには体育館、講堂、音楽室等があてがわれ、それ以外は一年生の指導を兼ねて、パートごとに普通教室で練習するのだ。



 ――そんなある日、部活終了時間になっても、サックスのコンクールメンバー以外が音楽室に戻ってこなかったので、私が呼びに行くことになった。


 仲間たちが居るという、二年二組の教室に向かう。


「音がしないな……もう練習終わったのかな」


 時間を忘れて練習している――というわけではないようだった。


 目当ての教室がもう目の前――という時、中から話し声が聞こえてきた。


「だよねー、私たちのほうが絶対うまいって」

「ホント、なんでアイツが選ばれたんだか……」

「吉川のやつ、先生に媚び売ったんじゃないのー?」


 ――私?


「それはあるかも! だってあいつ、いつもいい子ちゃんぶってさぁ」

「それなー」


 教室では、青色の影が揺れている。

 赤――非難の色もある。


 そこには、あの時、嫉妬しつつも祝福してくれた仲間の姿があった。


「――!!」


 耐えられなくなった私は、廊下を走る。

 もう、今日は音楽室に戻る気もなかった。


 後ろで、教室のドアが開いた音がした。みんなに、気づかれたのかもしれない。

 下駄箱を通り過ぎ、上履きのままで通学路を走る。


 惨めだった。


 ああ、なぜ私には色が視えてしまうのだろう。

 ああ、なぜ私は仲間達が称賛してくれているだなんて、信じていたんだろう。


 だってあの時、仲間たちの顔は青かったじゃないか。

 人間にオモテとウラがあることなんて、前々からわかっていたじゃないか。



 翌日、私は顧問のもとを、ある封筒を持って訪ねた。


「私、コンクールが終わったら部活を辞めようと思います」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る