鍍金の下は<3>
「ユカリコ……ユカリコに聞いたの? どこまで知ってるの……いつから……」
「君と出会った日から。ぜんぶ知ってる」
囚われの姫。王子はそう言った。
(私が姫だったこと……知らないんじゃなかったの……)
立ち尽くす。
知られてしまっていた恐怖の前に何もかもが掻き消える。
じゃあ……
じゃあ、ハルくんは私が平メイドだってこと知ってたの? 知っててずっと恋人として傍にいてくれてたの?
「君が何を気にしているのかも、何に触れてほしくないかも、知ってたさ」
平メイドってことを、隠してしまいたい、忘れていたい、気持ちも……?
「僕は君が好きだから、大切に思うから――。時が来るまで、いつまでも待とうと思ったし、支え続けようと思ったんだ。君の望む形で。僕は愛されていなくても」
王子の言葉から、王子は番子のあらゆる不安を明確に理解していることが伝わってくる。
そして同時に、打ち消してくれる。想像もしなかった、あまりに大きく深い、愛で。
「君と出会った日から、僕は君を追いかけていた。君が城に来て、僕は嬉しくて、何も知らないふりをして会いに行ったんだ。ユカリコ姫に協力してもらって」
「なにも知らないふり……を……して?」
「そうだよ。君が気にすると思ったから」
番子は気が付いたのだった。あの日、ハル王子は自分にだまされて、目の前の相手が貴族の娘だと思い込んで遊んでいたとばかり思っていたが――本当は、全部わかっているハル王子が、番子を傷付けずに一緒に遊びたいと思って、酔狂な遊びに乗っていたのだということに。
「最初から、話させてほしい。僕に。あの日、囚われの姫だった君を見つけた日から――」
ハル王子は話し始めた。
幼いころ、まだ慣れない光の国の城に来たとき。どこでどう間違ったのか、開いていたへんな扉に入ってしまい、裏通路から出られなくなって困っていると、女の人の声が聞こえた。
――「まあ、それは大変だったのね」「でしょう? 平メイド全体の日程調整、大慌てでやったのよ私」
――物陰でひそひそと話している彼女たちはどうやらメイドだ。人を見つけて安心して道を尋ねようと声をかけようとしたその時、
「青き国の王子様もいらっしゃるんでしょう?」
青き国の王子という単語に、つい足が止まった。
「そーなの。どーするのかしら。まだ長女姫様、お城の中にいらっしゃるのだっけ?」
「ええ。だからね、かわいそうだけど、今のところは西棟の一番上の客室に閉じこめられてるみたいよ。ほらあそこ、空けてあったじゃない?」
「やっぱり、会わせないようにするため……?」
「当然でしょ。それに合わせて、長女姫様の出城が早まったらしいわ。でも、あんなの幽閉よ幽閉。ひどいものだわ。食事を与えるだけ与えて、メイドとすら一切の会話をしちゃいけないなんて。未練をなくさせるためなのかしら」
「うえっ……運命って皮肉なものね。少し違えば、本来は彼女が王子の婚約者だったのに」
「ほんとよね。それが今は……」
どういうことだろう。当時のハルにはわけがわからなかった。
本来の婚約者? 幽閉?
しかし幼いながらにハルは、大人たちがなんだか、やってはいけないことをしている気がした。しかも、自分の婚約者になるはずの人を隠している?
ハルは、彼女たちが噂話に花を咲かせているうちに見つけた、西棟と書かれた鍵の輪をそっと盗むと、さっきの会話をよく思い出して部屋を訪ねた。
そうして一人の姫と出会った。
穢れなき金の髪。気高き光の国国王によく似た面影を持つ、小さな少女。
ああ、この子が僕の、いいなずけ。
(――悪くないんじゃない)
それくらいの、感想。
それくらいの、関心。
でも、やっぱりどこかおかしいことに気がついたのは、夜のパーティで正式に紹介されたときだった。
その時婚約者として引き合わされたのは、王之友花里子姫という女の子。
たしかにハルも、あの囚われの姫の名前は聞いていなかったが、金の長髪がまぶしい彼女は、顎でそろえられた桃のように淡い色合いのユカリコ姫のこのような巻き髪はしてはいなかったし、かわいいというのも、こういう愛くるしい顔立ちではなかった。
ハルはそのパーティで「ちがう。この子じゃない」と何度も異を唱えた。だがそのたびに、場が妙な空気になるのを感じた。
一緒に光の国を訪れていた父と母に「ユカリコ姫に失礼なことを言うんじゃない!」とわけもきかれずに厳しい口調でたしなめられた。
穏やかな両親の、こんな姿は今まで見たことがなかった。言いくるめようとするその様に、本当の焦りはそこにあるわけではないようにハルは感じた。
ハルは幼ながらに、大人の事情に触れたような気になって、そのあとでこっそりまた城を回って彼女を探した。あの部屋。あの部屋に行けば――。
だが、もうそこは空き部屋になっていた。
ハルはあの時、囚われの姫を見つけ出したことに満足して、夜のパーティが終わったらまた来るから、と気安く別れてしまったことを悔いた。もう、彼女はどこか別の場所へと移動させられてしまったのだ。おそらく、極秘裏に。ハルは、これ以上知りたがったら逆に情報がもらえなくなるだろうということを察した。
あの隠された不思議な小さな姫には、妙に惹かれるものを感じた。
最初ははっきり言って、国の秘密が知りたいという単純な興味からだ。
囚われていた少女がなにか光の国の重大な秘密に関与していることは疑いないとみていい。
彼女はどこへ行ったのだろう。いや、どこへ消されたのだろう。
ハル王子はことあるごとに理由を付けて、光の国へと足を運んだ。ヒーロー気取り、探偵気分だった。
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