城での暮らし<9>

 平メイドの身分でこれだけ高貴な人とのつながりがある者は他にいないだろうと、自分のことながら番子は思う。


 城中の者の仕えるべきユカリコ姫とは友達で、隣国の王子様に愛されている平メイドなんて、言いふらしたとしても、きっと国中の誰も本気にしないだろう。番子だってこんなことになるとは想像もしていなかった。


 最初は、城のお姫様生活にも飽き飽きしたユカリコ姫の悪ふざけ。仲のいい平メイドの番子を、自分のドレスと化粧で着飾ってみたのだ。ユカリコ姫自身は当然着替えも化粧もメイド任せだが、おしゃれへの関心は深いらしく、自分でもやってみたかったという。番子を使った着せ替えごっこのようなものだ。


 似合わないよ恥ずかしいよと照れくさがって――そしてドレスを汚すことへの恐怖心から――遠慮しようとする番子に半分無理やり言うことを聞かせ、化粧室を貸し切っての大変身。


 櫛と粉でよく梳いてみると長い金髪は美しく輝き、粉をひいた白い肌やくっきり縁取った丸い瞳は予想以上の変貌ぶりを見せ、どこから見てもすっかり美女となった番子にユカリコ姫は大満足だった。


 そしてその勢いで、ちょうど光の国に来国していた隣国・青き国の王子様に披露しに行ったのだ。「私の秘密の友達よ」と偽って。


 ユカリコ姫の遊びにつき合わされた番子はもう開き直って、王子様の前で貴族の振りを楽しんだ。


 どこのお家のご息女かは絶対内緒の、仮面舞踏会。そのスリリングな刺激が、退屈な日々に厭いていた王子も気に入ったのか、その後王子からユカリコ姫に手紙が届いた。


 ――またあの子と会いたい。今度はデートでも。


 最後のデートは半年前の夏――ユカリコ姫の十四歳の誕生式典のときだった。


 王家の誕生祭は、王であれ妃であれ姫であれ、毎年盛大に行われる。飾り立てた白馬車に乗って王族が国中を練り歩いて回るパレードが開かれ、国の端っこのど田舎ですら、家の外に小さな国旗を出して祝賀を挙げる。隣国である青き国の王子も贈り物を持って、従者をたくさん連れて、お祝いのために来国していた。


 番子は、全面協力体制をとるユカリコ姫――こちらが王子の本来のいいなずけなのだが――と周到に打ち合わせて王子との密会の準備をした。待ち合わせ場所は、城の西棟の最上階。


 王族と来賓が、誕生日の者への出し物や贈り物を競うような、豪華でにぎやかな宴の後、ふるまわれた酒にすっかり酔って寝室にいくふりをして抜け出した王子と、


 目が回るほど忙しい厨房、お目付け役のミイもへとへとにへばっているのをいいことに、いつもの数倍人の出入りが激しいのに紛れて皿洗い場からそっと消えた番子は、


 夜更けに、せいいっぱいのおめかしをして――。


 ユカリコ姫が「お色直し中」と化粧室を締め切り、こっそり裏口から呼んでおいてドレスに着替えさせた番子を鏡の前に座らせて、それからいつもの首下二つ結びをほどき、櫛でよく梳いてから、熱したコテでくるくると巻いて髪型を作ってくれた。その時の様子を、番子は今でも鮮明に思い出せる。


「に、似合うかな? ユカリコ……」

「あたりまえじゃない❤」


 ユカリコ姫にそう励まされ、番子は真っ直ぐ鏡を向いた。もともと番子の髪は、伸ばしっぱなしで長い。まっすぐ下ろせば毛先は膝下まで届く。遊ばし甲斐があるとユカリコ姫は喜んだが、そもそも下ろした状態で出歩くことなど番子にはめったにないことだ。お風呂上りや寝るときでさえ、ゆるく二つに結んでしまう。ユカリコ姫の手によってどんどんロールの輪っかができていき、ボリュームいっぱいになっていく金のロングヘアがあまりにも非日常すぎて、番子は何度も、何度も確かめていた。


「でも、でも……こんな恰好、普段しないから……こういうの、やっぱ慣れないね。本当に、ちぐはぐじゃないかなあ? もっと、地味な方がいいんじゃ……」

「んもう! メイクを手がけるのは誰だと思ってるの? 可憐と美の象徴☆王之ユカリコ姫よ!」

「でも、だって、わたしは可憐と美の象徴でもなんでもないわけだし……」


 番子がぶつぶつと不安を口にしているとユカリコ姫は髪をいじっていた手を止め、鏡越しではなく回り込んできた。


「あなたがいつも着飾れないのは単にヒラメだからでしょ! 今ばんこちゃんはあたしの友達の貴族のご令嬢なんだからこれくらいでいいの! あのねー女の子は誰だって着飾ったら可愛くなるし、そもそもねぇ……」


 そして眉目秀麗な顔をぐいと近づけてきて、……しまいにはおでこにばちんとぶつかって、番子の目をゼロ距離で見据えてきっぱりと言った。


「似合うからやるとか、できるからやるんじゃないわっ。今はデートの前でしょう!? やれることぜんぶやって、今より可愛くなるのみじゃない!」


 鼻息がくすぐったいほどのこんなに近くては、眉目も象徴も何もあったもんじゃない。


「……わかった。任せる」

「任せなさい」


 ユカリコはふっと力を抜いたように離れて、どん、と自分の胸をたたいた。可憐というより、なんだかずっと漢らしい。


「でーきたっ☆」

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