【第7回】第1章 異世界激闘編 1.空手vsミノタウロス⑤

「だいたいあんた、私の話ほとんど聞いてなかったでしょ? だから一応、様子を見に来たんだけど……」

「それなら心配ない。とりあえず牛頭魔人ミノタウロスに勝った」

「だからそういうのを心配してんだけど!? なにいきなりケンカしてんのよ! チートスキルもないのに、いきなり死んだらどーすんの!?」

 女神は頭をかかえた。そういえば、夢の中でチートスキルがどうとか、聞いたような気もする。

「……そもそも、おれはなんでここに呼ばれたんだ?」

 異世界にしようかんされた現代人──たいていの場合は魔王と戦うとか、なにかそんな類の意図があって召喚されるのではないだろうか。しかし、女神は困ったような顔をする。

「その辺は正直、私もわかんないのよねー。今んとこ、倒すべき魔王とかもいないからね、この世界。なんか意味はあると思うんだけど……」

「……そんな無責任な」

「しょうがないでしょ。大いなる意思のやることは、私みたいなまつたんの女神のレベルじゃ推し量れないことも多いのよ」

 女神はそう言って両手を広げた。どうも、女神というのも楽な仕事じゃないようだ。

「まぁ、とりあえずやりたいようにやったらいいんじゃない? 一応、死なれたら困るから、身体には気をつけてね」

 ──まったく、興行主プロモーターのやることなんてのは、どこの世界でもいい加減なものだ。

「……こちらにいらしたのですか」

 と、不意に背後から声をかけられ、おれは振り向いた。そこには、先ほどかいぶつおそわれていた蒼灰色ブルーアツシユの髪の姫が立っていた。

「……? どなたかいらっしゃいましたか? 話をされていたようですが……」

「え……?」

 元の場所を見ると、女神の姿はいつの間にか消えていた。

「……いや、別に」

 おれはなんとなく、その場の話をして姫に向き直る。

「もういいのか?」

「ええ、ひと段落です。死人がなくて本当によかった」

 姫は心底ほっとした、という表情を見せた。あどけなさの残る顔立ち──華奢な手足と相まって、その姿はいかにもはかなげだ。

「……改めて、お礼を申し上げたくて。先ほどはありがとうございました」

 姫は背筋をばし、そう言って笑った。

「……行きがかり上のことです」

 おれはなんとなく、その笑顔から目をらしてしまった。成り行きをどう説明しようか、と思っていたのもある。

「……おうかがいしなければならないことが、山ほどあるのですが……」

 そのふんを察したのか、姫はもじもじと言葉をにごしている。おれは居心地の悪い思いをしていた。早めにこの城をはなれた方がいいかもしれないな──と、そんなことを考えていた、その時。

「……あ、あの!」

 意を決した、という表情で、姫が顔を上げる。そして、その口を開き──

「さっきのあの技……わたくしにも、できますか!?」

「……はい……?」

 予想外の言葉に、思わず声が上ずった。そこへいつかんばかりの勢いで、姫はその大きな目をかがやかせて身を乗り出す。

「素手で牛頭魔人ミノタウロスを倒すあの技、一体なんなのですか? どんな職能系クラスを身につければいいのですか? あなたは何者で、どこの国から来たのですか!?」

 一番きたいことを口に出したら、止まらなくなったのだろうか。次から次へと質問をしつつ、どんどん身を乗り出す姫のこうせいに、おれは後ずさる。この世界に来て早々、まさかこのような苦戦をしようとは──!

「姫様、お客人が困っておいでですよ」

 割って入った初老の男の声に、姫ははたと気がついてほおを赤らめる。

「……す、すみません……つい興奮してしまって」

 助かった──正直むねろしつつ、おれは声のした方を見る。初老の騎士──ゲディスがかたをさすりながら、かたわらまで歩いてきていた。

「怪我をした騎士たちもみなねむりました。本日はもうお休みくださいませ。お客人にもお部屋をご案内しますゆえ……」

「そ、そうですね……大変失礼しました。このお話はまた、後ほど……」

 姫は顔を赤くし、きびすを返して中庭から去っていった。

 その後ろ姿を見送り、おれはゲディスに声をかける。

「怪我はもういいのかね、騎士さん」

「姫様に回復魔法ヒールをかけていただきましたので。ああ見えて、姫様の魔法のうでまえはなかなかなのですよ。折れた骨はすぐには治りませんが……」

「魔法……」

 なるほど、そういうのもあるのか。先ほどの怪物──牛頭魔人ミノタウロスというらしい──はきよだいではあったが、力だけだったから対処できた。もし相手に魔法というせんたくがあるのなら、戦い方はまた変わってくるだろう。

 しやぶるいがする思いだった。おれがこの世界に来た理由──女神からはその答えは得られなかったが、少なくとも、空手の相手には当分困らなそうだ。次の相手は一体、どんな怪物だろうか──

 ゲディスが笑っておれに声をかける。

「さ、こちらへ……

「……!」

 その言葉に驚くおれをしりに、ゲディスは先に立って歩いていく。おれはあわててそのあとを追いながら、その背中に向かって言う。

「……あんた、わかるのか、その……『異世界』のこと?」

 ゲディスは足を止め、振り返る。

「……ええ、知っていますよ。『転移者』には前にも会ったことがあるのでね」

 そう言ってゲディスは、中庭から建物の中へと向かっていった。

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空手バカ異世界 著:輝井永澄 イラスト:bun150/ファンタジア文庫 @fantasia

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