【第6回】第1章 異世界激闘編 1.空手vsミノタウロス④

 男はマントにかくれていた左手を出し、かかげた。そのうでには、まがまがしいしようの小手がつけられている。女がそれを見て、さけぶ。

「……それは……!」

「フフ……すでに目的は果たした。また会おう、ウィルマ。また会おう、白衣の次元遊者ブレーンウオーカーよ……」

 男の身体から光が放たれ、むらさきいろの光がぜた。火花とじんぷうはしり──次の瞬間、男の姿はかき消え、エネルギーの残留物だけがうずを巻いていた。

「ふぅ……」

 まずは異世界での初勝利、しかし──おれは目の前にたおれた巨大な牛頭魔人ミノタウロスの姿を見た。強力なモンスターではあったが、ファンタジー世界的にははるかに格下のはずだ。そして、なによりあの男──おれはほうのことはわからないが、相当なだれなのはまずちがいないだろう。

 これから待ち受ける強力な相手を思い、おれはせんりつし──同時にまた、こうようも感じていた。

「……そこのお方……」

 不意に声をかけられ、おれは振り向く。女が立ち上がり、こちらを見つめていた。きやしやな身体にまとったうすい水色のワンピース型ドレス、つややかにあおく輝く灰色アツシユの髪。そのすきからのぞく耳が、わずかにとがっているようにも見えた。

「この城の……では、ありませんね……?」

「ああ……」

 なんと答えたものか──「異世界から来た」などと言って、通じるものなのだろうか? 先ほどのバケモノを見る限り、ここが異世界なのはまず、間違いはなさそうだが──

 おれが答えあぐねていると、とつぜん、石段の上のとびらが開いた。

ひめさま……!」

 扉の向こうから初老の男が息せき切って現れる。身体からだを引きずりながら石造りの部屋の中へと入り、そして──倒れている牛頭魔人ミノタウロスを見て目を丸くした。

「これは……? ジャヴィドは一体、どこへ……?」

 そう声に出したあと、男はおれを見、表情を硬くした。

「貴様……なにやつ! 姫様から離れろ!」

 男はそう言いながら、けんを引きずり、こちらへと向かって来る。

 めんどうじようきようだ。いっそ、げ出した方がいいのだろうか──と、迷ったその一瞬。

「おやめなさい、ゲディス!」

 姫様、と呼ばれた先ほどの女がぜんとした口調で言い、ゲディスと呼ばれた男は動きを止めた。

「この方はぞくの仲間などではありません。わたくしを助け、そこのじゆうを倒してくださったのですよ」

「この男が……牛頭魔人ミノタウロスを……?」

 ゲディスがおどろくのと同時に、おれもまた驚いていた。まさかこのがらな、少女といっても差し支えないような女が、おれのことをかばってくれるとは予想していなかったのだ。

 おれは姫の横顔を見た。争いの中でほこりにまみれてはいたが、その目には確かに、力強い光がたたえられていた。


    * * *


 城の中庭に出ると、空はすでに暗くなっていた。電灯などはもちろんついていないが、星灯りに照らされた中庭は思ったよりも明るい。

 城の中は、先のしゆうげきの後始末でまだ雑然としている。をした兵士たちを助けるのは少し手伝ったが、それがひと段落した今、右も左もわからないおれがいてもじやになるだけだ。

 おれは夜空を見上げる。そこには見事な星空が広がっていた。人工的な灯りにくされた現代の街中では、こんな星空はついぞお目にかかれない。しかし──そこにまたたく星の配置には、どことなくかんを覚える。

「……本当にここは異世界なんだな」

「だからそうだって言ったでしょ」

 何気なくつぶやいた言葉に対し、思いがけず返事が聞こえ、おれはかえる。そこには、長いぎんぱつと豊満な胸を揺らした美しい女──

「……えっと、だれだっけ?」

「ぅおい! もう忘れたんかい! 女神よ、女神! あんたをこの世界に連れて来た張本人!」

「あぁ……」

 そう言われてみれば、この世界に来る前に意識の狭間はざまで会ったような気も──

「……あれ、夢じゃなかったのか」

「今さらなに言ってんの! まったく、こんな導きのないやつは初めてだわ……」

 女神──確か東宮のグレン、って言ったっけか──はけんしわを寄せてこめかみを押さえた。

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