【第5回】第1章 異世界激闘編 1.空手vsミノタウロス③


 ズムッ!!


 分厚いゴムのかたまりを蹴ったような感触が蹴り足に響く──かたい! 打撃がで止められ、肉にまでしようげきが至らない。


 ──グォォォッ!


「……くっ!」

 頭上から牛頭魔人ミノタウロスこぶしが降って来て、おれはあわててその場を跳び退すさった。拳が床を叩き、石の欠片かけらを散らす。

「さすがに、つうじゃないか……」

 間合いを取りながら、おれはかつて牛と戦ったときのことを思い出していた。動物の皮膚というのは、肉の塊と分厚い皮に覆われており、衝撃を吸収するのに理想的な形をしている。あれをなぐったとき、おれは正直、心底牛がうらやましくなったものだ。人間の皮膚ではああはいかない。

 敵が、再び吼える。しかし、牛頭魔人ミノタウロスはすぐにはおそかってこなかった。その場で身構え、こちらをかくする。

「警戒させるくらいの効果はあったか……ほっとしたぜ」

 おれは構えを取りなおした。敵は棍棒を身体の前に水平に構え、じりじりと横へと回るように動いた。

「……牛頭魔人ミノタウロスと、素手でわたりあってる……!?」

 先ほどの女が言う声が聞こえた。ここから女のところまで、きよはかなりはなれてはいるが、その動きは手に取るようにわかる。男の方の動きもだ。まされた集中力──いいコンディションだった。おれは改めて、目の前のバケモノを見る。

 ──デカい。5mはある。

 かつておれは、武者修行の旅の中でおうべいじんのプロレスラーと何人も戦ったが、「大きい」というのは「強い」ということだ。攻撃力もぼうぎよ力も、体格に比例して大きくなる。彼らのパワーには、当時さんざんに苦戦したものだ。

 だが──!

「……あいつらの方が、まだ強かったかな」

 おれは構えを変えた。重心を前に移し、左手を下げて右手を引く。

「決着をつけよう……来い!」

 おれの叫びに応えるように、牛頭魔人ミノタウロスが吼えた。肩口に棍棒を構えたまま、とつしんしてくる。先ほどのように大ぶりにはならず、両手で持った棍棒をコンパクトに振る。いい打撃フォームだ。才能あるな、こいつ。

「……だが、甘い!」

 おれは上へと、跳んだ。足元の地面を棍棒が砕く。

 ──ここだ!

 おれはそのまま、足元の棍棒を蹴り、前へと跳ぶ!


「大きいものが強い」──これは自然界の絶対的なせつだ。だが、

 目の前に、牛頭魔人ミノタウロスの巨大な顔。そこへ向け、右のこしだめにしぼった拳を──解き放つ!


 ──ゴッ!


 にぶい衝撃が、拳を通して伝わる。

じんちゆう」──鼻と口の間、顔面の急所だ。おれの放った右のせいけんきが、巨人のそこへと深く、めり込んでいた。

 人間を相手にこのせまい急所をねらうには、一本拳やぬきなど、とつ面の小さい技で正確にく必要がある。だが──これだけ大きい相手なら、より威力の高い正拳を叩きこむのは、きわめて容易!

 その一撃に、牛頭魔人ミノタウロスの身体が大きくのけぞった。

「……てりゃぁぁぁっ!!!」

 空中で突きをした姿勢から、おれはすかさず、蹴りを繰り出す。のけぞりがら空きになった牛頭魔人ミノタウロスのどへと、前蹴り!

 さらにそのまま、落下するに任せて正拳をもう一発──「すいげつ」、いわゆる鳩尾みぞおちの急所へ、そして着地と同時に、左の上段順突き!

「……正中線四連撃・対巨大人型生物ヒユーマノイドの型!」

 人中、喉笛、水月、そして金的。

 人型生物の身体の中心線、「正中線」に集中する急所を同時にかいされ、立っていられる者はいない。それがどれだけ巨大であろうと、同じことだ。牛頭魔人ミノタウロスは──地響きを立て、くずれ落ちた。

「すごい……!」

 女が目を丸くしていた。おれは残心を解く。巨大なバケモノはあわいて、その巨体を地面に転がしていた。

 おれは顔をあげた──と、黒いマントの男と目が合う。

「……その技……」

 男の口元が動いた。胸当てと同じ銀色のかみれ、その奥から赤いひとみが光る。

「……空手、だな?」

 黒衣の男は、そう呟いてニヤリと笑った。

「貴様、異世界転移者か……面白い」

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