【第4回】第1章 異世界激闘編 1.空手vsミノタウロス②


    * * *


 ふと目が覚め、おれは自分が固い地面に倒れ、石造りのてんじようを見上げていることに気がついた。

「知らない天井だ……」

 トラックにねられ、アスファルトに倒れているわけではないらしい。はだれる冷たいゆかかんしよくうすぐらい周囲、そして──周りに倒れるよろい姿の人間たち。

「なんだ、これは……!?」

 おれはおどろいてその場にね起きる。確か、トラックとの勝負のちゆうのはずで──いや、その後になにか、夢を見ていたような気もするが──

「ほう……まだ生き残りがいたか」

 男の声がした。

 顔を上げ、声の方を見る。そこには地にした女がひとり。そして、うすみずいろの服に蒼灰色ブルーアツシユかみの、その女の前に──立ちはだかる、きよだいなバケモノ!

 一瞬、おれはそのバケモノがしやべったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。バケモノの後ろに、男がひとり──銀色の胸当てに黒い外套マントひるがえし、立っていることに気がつく。

 頭がはっきりしてきて、おれは状況を理解した。女神と名乗る何者かとの会話──夢だろうかと思っていたところだが──

「……つまり、ここがまさに『異世界』……」

 おれは思わずかんたんして、そのバケモノを見上げた。人間の3倍近くはあろうかという巨体は体毛におおわれ、はるか上に見上げるその頭には巨大な角、そして大きな鼻と口。その顔は牛のようであり、またとびきりにばんな人間のようでもある。その片手には、人間大ほどの巨大なこんぼう──というよりほとんど丸太。おれの生まれた世界ではまずお目にかかれない、非常識なスケールの、これがつまり「モンスター」──


 ──ズゥン!


 ひびきがした。

 そのバケモノ──牛のような角をした巨人が、足をみ出してこちらに向き直ったのだ。

「やれ、牛頭魔人ミノタウロス

 男がバケモノの後ろから声をかけた。それに応えるように、バケモノがえる。

「……そこの人、げて……!」

 たおれていた女が上体を起こし、こちらに向かってさけぶ。それはか細いながらも、しっかりとしんの通った声だった。おれはその声の主である女へ──こちらへ向けたその顔は、ほとんど少女といったあどけないものだった──ちらりと目を向ける。

「逃げる……?」

 おれは込み上げるなにかをおさえきれず、思わず口に出してつぶやいていた。

 ──とんでもない。これこそまさに、求めていたじようきようだ。おれはその女に向かい、言う。

「……だいじようだ、

 その時、おれの顔はきっと笑っていたのだろう。

 ゆっくりと息を吸い、腹にめて、く。

 両足をかたはばよりも足ひとつ分、大きく開いて踏みしめ、ひざをわずかに内側へ、力を溜めるように、重心を作る。

 まずたんでんへ、そして身体からだじゆうへと呼吸をじゆんかんさせながら、両腕を上げ──左足を一歩、踏み出しながら、手を眼前へ。

「どんな相手だろうと……ケンカなら喜んで買うぜ!」

 まえの構え──両のてのひらを前方へ向けて構え、おれはバケモノをむかった。


 ──ガアァァァッ!


 牛頭魔人ミノタウロスが再び、吼えた。女がまたなにごとか叫んでいた。しかし、おれの耳にはもう、どちらも入っていなかった。敵と相対し、世界から色と音が消える。この感じ──ああ、そうだ、この感じだ。

 敵が動くのが見えた。おれのたけよりも大きな、その棍棒がり上げられる。

 おれは、その棍棒が振り下ろされる先から、ステップを踏んで身体をどかす。


 ──ガゥン!


 いしだたみを棍棒がくだいた。石の破片が飛び散り、床にクレーターができる。あの体格から振るわれる巨大な棍棒の一撃──さすがに大した破壊力だ。しかしそのしゆんかんには、おれはもう

 牛頭魔人ミノタウロスがその棍棒を返し、横に振るう──その時、おれはすでに敵のふところへと踏み込んでいた。

 巨大な武器は威力も大きいが、その分攻撃パターンが限られる。いくらパワーがあったとしても、あの棍棒が取り得るどうは数種類しか存在しない。せんたくが限られることは、立ち合いにおいて最もけいかいすべきことのひとつだ──巨体の重心移動を見ただけで、おれには10手先まで攻撃が予想できる!

「ちぇぇぃッ!」

 目の前には、牛頭魔人ミノタウロスの巨大なあし。そのふくらはぎへ、おれはまわりをたたき込んだ。

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