【第2回】序.空手vs炎の魔神イフリート②

まわし受け」──身体の前でりよううでを交差させながら、内側に大きく円をえがき、敵の攻撃を捌く。円の動きによりあらゆるしようげきを受け流すこの技は、完成させれば炎のような不定形のものさえ、その流れを変えて受け流すことが可能となる──それは空手の受け技の、基本にして奥義!


 必殺の炎がかき消され、魔神がどうようしたわずかなすき。それをおれはのがさなかった。

「はぁぁっ!」

 後ろ足を瞬時に引き付け、敵に向かって前足を大きくみ込み──瞬時に敵のふところへ。そして魔神の燃え盛る身体へと、こしだめからこぶしす!

「だめ! 防護魔法もなく炎の魔神に触れたりしたら、一瞬で腕が灰に……!」

 女騎士が叫ぶ、しかし、もうおそい。おれの拳は炎の魔神へとはしり──!


 ──パァァン!


 次の瞬間、かわいた音と共におれはきを打ち終わり、そして──魔神がその全身にまとう炎は、けむりを残してかき消えていた。


 ──数m離れたロウソクの火を、せいけんきで消す──空手家が行うそうしたデモンストレーションを見聞きしたことがあるだろうか。

 よく誤解されるのだが、あれは拳の起こす風圧で火をき消しているわけではない。正拳を突き、びた腕を素早く引きもどす──音速にもせまるその一瞬の突きによって、はじかれた空気が真空状態になる、その衝撃ソニツクブームが酸欠状態を起こし、炎を消すのだ。炎の魔神イフリートが身に纏う炎とて──その例外ではない!


「ちぇやぁぁぁぁーっ!」

 1発目のによって消えた炎、そこにかんはついれず正拳五段突き! 一瞬にしてたたき込まれた必殺の一撃×5発。その衝撃に、魔神の身体は大きくぐらつき、頭が落ちる、そこへ──


 ドガァッ!


 とどめとばかりカウンターの飛びひざりが、魔神のあごを砕いた。

 いかに魔神であろうとも、人の形をしている以上、急所は同じである。しこたまに脳をらされ、顎を砕かれ、魔神はついに──ひびきを立て、たおれた。

 ──着地、そして残心。

 あれほどさわがしかった観客席がしん、と静まり返っている。

 観客席が暴動になった場合、あの大猪鬼オークロードを人質にして切り抜けるか──おれはその時、残心を取りながらそんなことを考えていた。だが、結果から言えばそんな必要はなかったのだ。

「すげぇ……!」

 客席にいた猪鬼オークのひとりがそうつぶやいた声が、乾いた空気の中にひびいた。

 それを皮切りに、客席のそこかしこからざわめきが起こり、そしてそのざわめきはいつしか、かんせいへと変わっていった。

「これは……」

 女騎士は不思議そうな顔をしていた。先ほどまで、「異世界転移者を殺せ」とたけびをあげていた魔物たちである。それが今は、目の前の出来事にきようたんし、歓声をあげている。

 自分たちよりも貧弱な人間が、武器も魔法もチートスキルも使わず、肉体だけで強力な魔神を倒してみせた──今、その目で見たその事実。そのことへの、空手の技へのじゆんすいな感動が、そこにはあった。

 元来、魔物たちはぼくな性格なのだ。力のないものをけいべつしもするが、半面、力あるものにはしみない賞賛をあたえる。それが彼らの性分なのだと、このころにはおれもばくぜんと理解してきていた。

 ──いつしか、歓声はひとつの言葉を成していた。

神の手デイバイン・ハンド! 神の手デイバイン・ハンド!』

 その後、おれの二つ名として広く知られた「神の手デイバイン・ハンド」、または「その手の者ザ・ハンド」というしようごうは、まさにこの時生まれたと言っていい。

 おれはこの時、この遠い異世界の地で、種族さええて空手の心が伝わったことに感動していた。

 大猪鬼オークロードは苦々しい顔をしていたが、女騎士を解放した。このじようきようで約束をにすれば、観客の敵意が自分に向くと考えたのだろう。

「すごい……」

 女騎士はおれのもとへやってきて、観客たちを見まわした。

「そして、貴公の技……素手でじんを倒すなんて……」

 女騎士は信じられないといった様子でおれの手──拳ダコに覆われた拳を見、ぽつりと言った。

「カラテとは……なんだ?」

 ──「空手とはなにか」。この後の異世界の強敵たちとの闘いの中で、この言葉にはおれ自身が向き合っていくことになる。

 実戦で使える空手の技を追求し、より強い相手を求めて異世界のモンスターたちと戦いまくった──この話は事実であり、これはひとりの空手バカの、真実の物語だ。

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