空手バカ異世界

著:輝井永澄 イラスト:bun150/ファンタジア文庫

【第1回】序.空手vs炎の魔神イフリート①

 この世界には太陽が二つあるらしい。そのためか、暑い地方の、それもかんの昼間ともなれば、二つの太陽がようしやなく照り付けて想像を絶する暑さとなる。


 おれがそのたたかいにいどんだのは、ちょうどそんな日だった。裸足はだしの足の裏に、伝わってくる地面の暑さをせんめいおぼえている。

 円形のとうじよう、その周囲をくす猪鬼オークダークエルフといった観衆たち。彼らのぞうともなった熱気が、空気の温度をさらに上げていた。

『異世界転移者を殺せ、殺せ、殺せ』──

 どうほうや身内を異世界転移者に殺されたものは多い。貧弱な人間が、チートスキルで魔族の同胞をらす──そんな話にんだ魔物たちの、おれのような異世界転移者への反感は当時、最悪のひと言だった。

 彼らが求めているのは、にくき異世界転移者がきにされる殺人ショーであり、ちがってもスポーツマンシップにのつとった対等な試合などではない。

 おれは目の前に立つ相手──ダークエルフの男と、この決闘デユエルしゆさいしやである大猪鬼オークロードとを見比べた。大猪鬼オークロードかたわらには、手をしばられたきんぱつの女らえられている。

「くっ……いっそ殺せ……」

 女騎士はくつじよくえてくちびるんでいた。おれがここで負ければ、おれが死ぬだけではない、女騎士も猪鬼オークどものなぐさみものになってしまうだろう。もっとも──

 おれは殺気立つ観衆ギヤラリーを見まわした。

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

 ──たとえ勝ったところで、無事に帰してくれるとも思えない。

 おれは正面へ向き直った。観衆の殺気に応えるように、決闘の相手であるダークエルフが笑う。ダークエルフは手をかかげ、なにごとかじゆもんを唱えた。


 ──ブゥン。


 その呪文に合わせるように、宙空に光の線が走り複雑な図形をかたどる。形成されたほうじんが回転し、まばゆいかがやきを放つ。

 すうしゆん──燃え盛る炎に全身を包まれた魔神が、ほうこうと共に光の中から現れていた。

「あれは……炎の魔神イフリート!?」

 女騎士がさけぶ声が聞こえた。しようかんじゆうの登場に、観衆はさらに盛り上がる。

「おい! この闘いは素手同士の勝負という条件だったはずだ! 召喚術を使うなんて……!」

 金髪の女騎士のこうに、大猪鬼オークロードが太い声で答える。

「なぁにかおかしいかぃね~? 彼はではないか」

「くっ……」

 大猪鬼オークロードが笑い、おれの本来の対戦相手であるダークエルフもまた、ほこったように笑った。女騎士はいかりに満ちた顔で歯ぎしりをしている。

 おれは改めて、目の前の魔神を見た。黒い革でおおわれたのような角の生えた頭、その全身に燃え盛る炎。20m近くはなれたこの場所でさえ、皮膚がちりちりと焼けるようだ。

 おれは女騎士の方へ向かい、言葉を投げる。

「……心配するな。空手を信じろ」

「なにがカラテだ! なんだか知らんが、炎の魔神イフリートに素手で勝てるわけが……」

 そううつたえる女騎士の声をかき消すようにゴングが鳴った。

 炎の魔神イフリートは、ゆっくりと横に移動する。これがただのラノベなら、はくりよくあふれるびようしやで魔神がすぐとつしんしてくるだろうが、実際の魔物モンスターはいきなりそんな行動には出ない。こちらの動きを見定めるように、もうの奥から冷たいを光らせ、機をうかがう。

 おれは両のてのひらを正面に向けた構え──まえの構えを取り、その場で待った。信じろとは言ったものの、うかつに手を出すわけにはいかない──なにしろ、相手は燃えているのだ。素手で下手にれれば、文字どおりのおお火傷やけどだ。

 炎の魔神イフリートがふと、足を止めた──と、見るや、いつしゆんのタイミングでその長いうでり、こちらへ一気に飛びかかる!

「……ッ!」

 ──熱波がほおをかすめた。

 身体からださばいてちよくげきけたものの、これをまともにらったら──そう思うと背筋がこおる。3m近いそのきよたいからの一撃。かすめるだけでも皮膚が焼け、受ければ一撃でがいくだけかねない!

 2発、3発と振るわれるそのこうげき。しかし──そのどうは単調、避けるのはたやすい。おれはその燃える腕をくぐりけ、すばやくきよを取る。

 ──と、その時、炎の魔神イフリートが一瞬身体をのけぞらせ──退すさったおれに向かい、その口を大きく開く!


 ──ゴォッ!


 そしてその口からき出される炎のかたまり

 たきのようにきよだいな炎の流れ。不意に浴びせられたそれは、瞬時におれの全身を包む。空手着の下の肉体までも消し炭にしようとするその炎、その瞬間、観客たちがどす黒くざんにんな喜びにい、女騎士が悲痛な叫びを上げるのが聞こえ──

「……ぬぅぅん!」

 その一瞬、おれは両の掌を大きく、身体の前でせんかいする!

 そして炎はおれの手前で、うずを巻いてかき消え──無傷でその場に立っているおれに、一転して客席が静まり返った。

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