第11話 飴細工

「ちょっとご相談があるんですが」

 商談がまとまり荷物を受け取っているとき、問屋のアルトが深刻そうな声色で口を開いた。

「ここは雑貨屋よ。それでできる範囲なら聞かないこともないけど」

 するとアルトはパッと表情を明るくした。

「もちろん相応の代償を頂けるならね」

 表情が一気に曇る。年上の幼女は表情豊かだ。

「当たり前でしょう。あなたも問屋ならわかるはずだけど」

「そりゃそうですけどぉ。馴染みの顔だから無償でーとか仏心ないんですか、あなたは」

「ないわね」

 ばっさりと切り捨てる。

「ひ、ひどい……仮にも先輩魔女に向かって!」

「相談事、話さなくていいんですか?」

「うぅ~~~~話す~~~~!!」

 ぷくぅと頬を膨らませながら、アルトはテーブルに座る。

 問屋から客人になったのだから茶の一杯でも出してやろうと、私はカモミールのリーフをとった。二杯分のリーフをポットに入れる。

「あ、ハーブティーですか。いいですよねぇ。草の風味が感じられて」

 電気ケトルに水を入れてスイッチを押す。

 そこまで準備してから、とりあえず一旦は席に着いた。

「で? 相談ってなんなのかしら」

「そうでしたそうでした! 実はですねぇ、飴細工を作ってほしいんですよ!」

「は? 飴細工?」

 思わず聞き返す。飴細工とは飴を使ったアートだ。昔作ったことがある。ギリギリ雑貨屋の取り扱いで許される範疇だ。

「そうなんですよぉ。実はね、魔女界の幼稚園に飴細工を届けるはずだったんですけど……ちょっと事故に遭いましてそれは見るも無残な姿になってしまいました」

「それはお気の毒ね」

「そこで! お菓子作りに定評のあるあなたに代わりの飴細工を作ってほしいんですよ!」

 頭を抱えた。飴細工なんて繊細なもの、作ったらすぐにでも運べばいいものを。どうせ移動させる過程で転んでしまったとか、そんなところだろう。

「飴はあるの?」

「すぐにでも用意できます!」

「わかったわ」

「ほんとですか!?」

「ただし!」

 身を乗り出してくるアルトを制し、条件を付け加える。一方的では商談にならない。私はアルトの友達でもなければ借りがあるわけでもない。

「次回の材料費と日用品を最低額で売ることを約束して」

「そんなぁ! いつも値切って安くしてるじゃないですかぁ!」

「それを最初から安くするだけよ。飴細工だって作るの大変なんだから、これくらいはしてもらわなきゃ」

「うう~~~~~!」

 アルトは項垂れていたが、やがて顔を上げてしぶしぶといった感じで頷いた。

「商談成立ね。それで、どんな飴細工を作ればいいの?」

 飴細工といっても、初心者でも簡単にできるものから修行を積んでようやくできるものまで様々だ。

「ネコを作ってほしいんです」

「ああ、ネコね」

 ネコなら何度か作ったことがある。作るのに必要な道具は持っているので、あとは飴を用意してもらえればすぐにでも取り掛かれそうだった。

「それで、いくつ必要なの?」

「100個です!」

 思わず天を仰いだ。そう来たか。そして問屋のアルトが依頼人である以上、時間に縛られない依頼であるわけがない。

「……納期は?」

「明日の朝です!」

 これは修羅場だ。


「はははっ! いいじゃないか、ネコの飴細工。私の文も作ってくれよ」

 今日の昼食も夕食もバゲットとポタージュだ。とにかく時間が惜しい。

 エミリアに昼食を持ってきたときに事の顛末を話すと、彼女は声を上げて笑った。

「ふざけないで。ああっ、こんなことなら追加報酬も要求すればよかった!」

「まぁいいじゃないか。頼られるのは、君が有能な証だ」

「そういう問題じゃないわよ! 他人事だと思って、もうっ!」

 そう言うと、彼女は少し困ったような笑みを浮かべた。

「私にはできないことだからな」

 彼女は自分の性質上、納期を定められない。あっけらかんとした口調だが、長年付き添ってきた私にはわかる。彼女は、私にできて自分にできないことにコンプレックスを抱いていることに。

 私は彼女の髪を撫でた。残念だけど、今日のお手入れはお預けだ。

「あなたはあなたのままでいいのよ」

「ああ……そうするよ……」

 そう言って彼女はベッドに横になった。


 飴細工は繊細だ。熱いドロドロの状態の飴の形を整え固定するからだ。形を整えるのに使える時間は3分程度。迷いは許されない。

 私はアルトからもらった材料と完成図を前に飴細工に挑んでいた。

 いくら作った経験があるといっても何十年も前だ。カンを取り戻すのに苦労した。

「ああっ、もうっ!」

 ネコの耳は潰れるし尻尾は折れる。こんなので間に合うのかとわりと真剣に思った。

 それでも、普段から細かい作業をしている成果か、しばらくすると失敗もなくなり、それなりに見れる作品ができるようになった。

 その頃には日も暮れていて、私は慌てて彼女の夕食を用意しなければならなかった。

「順調かい?」

 夕食を部屋に持って行ったとき、作業をしていた彼女はそう尋ねてきた。どうやらあの後気分が持ち直したらしい。

「感覚を思い出すのに手間取ったわ。今夜は徹夜になりそう」

「そうか……」

 納期とは無縁の生活を送っている彼女にとって、今の私は物珍しいものに見えるのだろう。私もここまで納期に追われたのは数百年ぶりだ。

「君の仕事が上手くいくように願っているよ」

 去り際に彼女がそう声をかけてきたので「ええ」とだけ返した。


「うわぁ~~!すごい! すごいですよ!1日でこれだけのネコの飴細工を作れるなんて!」

 アルトの歓声が頭に響く。結局宣言通り徹夜してしまった。

「これ……大変だったのよ……」

「はい、それはもう。ありがとうございます! これで子どもたちも喜びます!」

「え?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ? これ、幼稚園の運動会の参加賞だって」

 幼稚園に運ぶ途中で壊れたとは聞いていたが用途についてはそういえば聞いていなかった。

 子どもたちに食べられるのなら頑張った甲斐があった、かな。

「では私はこれを届けに行ってきます! 本当にありがとうございました!」

 そう言ってぽふんと煙を立ててアルトと飴細工は消えてしまった。

 残された私は寝不足で痛む頭を押さえ、エミリアの朝食づくりを始めたのだった。

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