第9話 機嫌
最近エミリアの機嫌が悪い。
彼女は調子がいいときと悪いときの差が顕著である性質ももっているので、今は悪いときなのだろう。
ハルマの奥様からのオーダーメイド品のベッドランプもまったく進んでいないようだった。期日を定めていないのは集中の他にこういった理由もあるからだった。
こういうとき、私はあえていつも通り振る舞うようにしている。
最初の頃はどうしていいかわからず途方にくれたが、徐々に接し方がわかってきた。
彼女も好きで不機嫌なわけではないのだ。
なら私は彼女が元に戻れるようにいつも通り振る舞うことにしたのだ。
「今日はクロワッサンよ」
声をかけても彼女はベッドから出てこない。
ふうと息をつき、手元の袋をクロワッサンの脇に置きながら声をかける。
「二コラ先生のお薬置いておくから、辛かったら飲んでね」
二コラというのは魔女の医者で、小さなケガから精神的な体調までさまざまなことに造詣が深い魔女だった。だから体調を崩しがちなエミリアも二コラの世話になることが多い。
返事はなかった。ただのそりと布団が動いたから起きてはいるようだ。
数百年繰り返したやりとり。もう確認せずともわかっている。
「じゃあ、あとで片づけにくるから」
そう言って立ち去るのが通例だ。無駄に声をかけると、彼女に負担をかけてしまう。
しかし扉を開けようとしたとき「なあ」と声がかかった。
振り向くとそこには、想像していたような寝ぼけ眼な彼女ではなく、やけに真剣な顔をした彼女が、ベッドから上体を起こしていた。珍しいこともあるものだ。
「なに?」
「あの子は……」
そう言いかけて、彼女は口をつぐんでしまった。
あの子というのは玖美ちゃんのことだ。相も変わらず、名前で呼ばない。
「玖美ちゃんがどうかした?」
私が尋ねると彼女は「別に」と呟き、ベッド脇のテーブルに置いてあったクロワッサンを引っ掴んで口の中に押し込んだ。味わいも何もあったもんじゃない。
クロワッサンをコーヒーで流し込み、薬を用意してあった水とともに飲み込んだ。そして再びベッドに横になる。
しばらくもしないうちに寝息が聞こえてきた。この薬は気分を安定させる効果の他に睡眠薬としても使われる。効果はしっかり現れているようだ。
私は空になった皿などを持ち、今度こそ部屋を後にした。
早く彼女の機嫌が持ち直せばいいなと思いながら。
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