第7話 客

 今日の彼女の朝ごはん(といってももう昼過ぎだ)はピーチパイ。私の作る料理の定番のひとつだ。

 部屋を訪れると案の定寝ぼけ眼の彼女がいて、それに苦笑しながらベッドわきの机に置いてあるブラシをとった。

「おはよう、エミリア。今日はまた一段と寝癖がひどいわね」

 彼女のいつもはさらさらな前髪は根元のほうから逆立っていて、見るも無残な光景だった。

 ……それでもそんな彼女が可愛らしいと思う自分はどうかしているのかもしれない。

 彼女は寝ぼけ眼をこすりながら私のほうをぼんやりと眺めた。

「ああ……昨日は根を詰めすぎてしまったよ……自戒していたはずなんだが、やはり加減が難しい」

 彼女は集中しだすと止まらない性質と、集中できない性質の二つを併せ持っていた。

 今回はオーダーメイド品をつくるのに過集中が働いてしまい、その結果疲れ果ててベッドに顔面からダイブしたのだろう。

 期日を設定しない理由がこれで、進むときはどんどん進むのに進まないときはとことん進まないのだ。そんなアンバランスさを、彼女は内に秘めている。

「加減しようとしているなら問題ないわ。それよりその前髪の寝癖、直してあげる」

「ああ、ありがとう」

 そう言って笑う彼女はかわいらしかった。


 ピーチパイがのっていた皿を流しに下げて、部屋に戻って作品の続きに取り掛かろうとしたとき、店の扉に着けてあるベルの音が鳴った。玖美ちゃんが来るには早い時間だなと思いつつ、店のほうへと向かう。

 そこには見知らぬ男性がいた。

 彼はなぜここに来てしまったのかわからず困惑気味に周囲を見回している。

 この様子は店に呼び寄せられて来たお客様だ。

「いらっしゃいませ」

 そう声をかけられて初めて人の存在に気づいたのか、彼はおどおどしたそぶりで後ずさった。

「あ、いや、こ、ここ、お店だったんですね……すみません、なんでか気になってしまって……」

「主に装飾品などの雑貨屋をしています」

 男性は30代後半くらいに見えたが、眼の下のクマだとかよれたスーツだとかから実年齢より老けていそうだと思った。

 ともあれここにたどりついたということは、相応の悩みがあるということだ。この店はそういう人たちを呼び寄せる。かつて私が呼び寄せられたように。

 男性の顔を覗きこむ。クマがあり少しやつれている。だが問題はそこではない。

 魔女は目を見ることで相手の現状を把握する。初級魔法の一種で、魔女なら誰しもが使えるものだ。

 だから、元人間の私も使うことができる。

 目を見るとイメージが流れ込んでキル。

 会社で実績を上げられず、上司から怒鳴られている姿。

 夜遅くまで残業し、なんとか遅れを取り戻そうとしている姿。

 体調が悪いのに仕事へ向かう姿。

 どれもあまりよいイメージではない。

 それに付随して感情も感じ取ることができる。こちらは上級魔法なので私には簡単なことしかわからない。

 それでも伝わってくるのは『シンドイ』『シニタイ』という負の感情だった。

「あなたは仕事関係が上手くいっていませんね……」

「なっ……」

 男性は絶句して私を見た。なぜわかったんだと視線が問いかけてくる。

 それには答えず、私は商品が並んだテーブルからひとつネクタイピンをつまみあげ、男性のネクタイにつけた。

「え? あ、あの……?」

「ラッキーアイテムよ。よかったら使って。これで200円は破格の値段だと思うけど」

「は、はぁ……」

 男性は困惑していたが逆らう気力もないのかそのネクタイピンを買っていった。

「あなたに少しの幸運がありますように」

 エミリアの作ったネクタイピン。

 きっとあの男性にも幸運が訪れるはずだ。

 かつての私のように……。

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