第6話 日常

「デリカビーズ3gを20個ずつ。色は光沢系のこの五色でいいの?」

 メモ帳片手に聞き返せば、ベッドに腰かけたエミリアはこくりと頷いた。

「ハルマの奥様からベッドランプを作ってくれと頼まれてね。ちょうど取り掛かってる作品もないし受けてみるよ」

「オーダーメイドね。じゃあ報酬弾んでもらわなくちゃ」

 店で普通に売る商品は材料費と手間料を加味した値段をつけているが、オーダーメイド品は割増料金も加算している。繊細なものや作るのが難しいものの依頼が多いためだ。それを抜きにしてもオーダーメイド品の依頼人は金持ちばかりなのでそういうシステムにしたというのは内緒だ。

 その他の必要品を聞き取り、「じゃあ頼んでおくから」と部屋を後にしようとする。いつもなら「ああ」と言って送り出すのに今日は呼び止められた。

「なに? まだ注文するものでもあった?」

 尋ねると、彼女は若干バツの悪そうな表情で首を横に振った。

「あの子は今日は来ているのかい?」

 最近、彼女は玖美ちゃんをよく気にしている。そんなに気になるなら会えばいいのにそこは頑として動かない。

 彼女とは長い付き合いだが、ここ最近の彼女は様子が違うようにみえた。

「今日は問屋さんが来るから来ないでって伝えてあるから、約束を破らなければ来ないわ」

「そうか……」

 彼女の心がわからない。

 玖美ちゃんの何が琴線に触れたのだろう。

 こんなに長い時間一緒にいるのに考えがわからないのは、少し寂しい。

「じゃあ、そろそろ問屋さんが来る時間だから」

 そう言って、今度こそ彼女の部屋を後にした。


 私たちtは人間たちの店で買い物をせず、魔女の問屋からすべての材料や生活用品を仕入れている。

 理由は簡単。歳をとらないことを悟らせないためだ。

 だから余程のことがない限り外出はしない。気をつけなければならないのは尋ねてくる客たちだが、彼らは自分のことでいっぱいいっぱいであることが多いので特に気にしていないようだし、玖美ちゃんみたいに通うようになる客はそうそういない。

「なーにか考え事をしているようですね」

 顔を覗きこんできたのは問屋のアルトだ。ふわふわの金の短髪に白い肌をし、幼い顔をしているがこれでも私より年上の魔女なのだ。

「ああ、いえ、ちょっとね。それで今回の発注だけど、日用品はともかく材料資材……特にデリカビーズ、もう少し安くならない?」

「ええっ!? これ以上ですかぁ!?」

 値段交渉もできるのも魔女の問屋を使う理由の一つだ。人間は決まった者をそのままの値段で買う人が多いから。私は交渉できたほうが楽しいから好きだ。

「人間界で買うより破格の値段なんですよ? しかも魔力増し増し! これ以上は下げられません!」

「魔力は術者の力量でしょう。ビーズだけに魔力が宿るものじゃないと思うけど」

「それはそうですけどぉ……」

「問屋は他にもアテがあるのよ」

「わかりました! わかりましたからぁ!」

 泣きべそをかきながらアルトは電卓を叩いて値段を提示する。先ほどよりかなり良心的な値段になっていて、心の中でついほくそ笑んでしまった。

「これ以上は無理ですからね!」

「ええ。交渉成立ね」

 金銭のやり取りをして品物を受け取る。

「じゃあわたしは行きます! エミリアさんにもよろしくお伝えください」

 そう言ってアルトはぽふんと煙を出してその場から消え去った。

 問屋のように忙しい職の魔女は大体こんな感じで取引先を回っているそうだ。

 私や彼女のように、時間を持て余した魔女とはまた次元が違うのだ。

 今回のオーダーメイド品の依頼人も時間を持て余している魔女で、納品はおそらく期日を指定していないだろう。そうでなければエミリアは依頼を断っている。昔から期日のある依頼は受けなかったから。

『時間に縛られるのは好きじゃないんだ』

 いつだったか忘れたが、私がまだ人間だったころ、彼女はそう零していた。

 それが彼女の性格からくるものなのか、それとも魔女という性質からくるものなのかはわからないが、とにかく今でも彼女は時間感覚に疎かった。

 だがそれを咎めるつもりも、矯正するつもりもない。

 あのほっそりとした指先でビーズを編み、作品を作り続けている限りは、彼女は私とともにあるのだから。

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