第4話 出会い
魔女は不老不死だ、というのは少し語弊がある。正確には時の流れが人間よりゆっくり、本当にゆっくり進んでいるだけの存在だ。不老でもなければ不死でもない。皺の濃い顔をした魔女も、老衰で死ぬ魔女もいるのだ。ただそれが人間より数百年単位で遅いだけだ。
生まれたときから魔女である者は当然存在するが、人間から魔女になった者も少なからずいる。
私はその一人だった。
人間の寿命は多く見積もっても百年程度。それが数百年に伸びるとなると、生活も様変わりする。
たとえば、暇を持て余すことが多くなるとか。
たとえば、歳をとらないことを追及されるとか。
そういうのをひっくるめて、私は魔女になることを受け入れた。
それはエミリアの存在があったからだ。
彼女と初めて出会ったのは私が小学生の頃だった。
いじめられて泣いて返っていた私はなぜかこの店にたどり着いた。
なぜかはわからない。ただ、この店にはそういう魔力があるとのちにエミリアは言っていた。
店を窓から覗くと、どうやら雑貨屋のようだった。タペストリーやビーズ細工などが静かに鎮座していた。
もっと近くで見てみたいと思い入り口を探していたとき「こんにちは」と声がかかった。
ハスキーで落ち着いた声だ。そこには黒いローブに身を纏ったエミリア――最もこのときは名前など知る由もないが――が立っていた。
「ずいぶん小さなお客さんだね。入るかい?」
見つけられなかった扉を開けて、彼女は中を示した。
もう夕方で西日も傾いていたが、そのときの私は早く帰ることよりこの未知の領域に興味が集中していた。だから……
こくりと頷き中へと入っていった。
外から見えたタペストリーやビーズ細工は近くで見ても真新しかったが、壁にかけられた絵だとかテーブルクロスはそれなりに使い込まれている。
古びた内装は、時間から置き去りにされたような印象を私に与えた。
「さて。君の悩みを当ててあげよう」
彼女は私の髪をくしゃりと撫でて微笑んだ。
なぜだか心臓をきゅぅと掴まれた気分になった。悩みを当てるだなんてできっこない。でも彼女にはそれができるような気がした。彼女の黒い瞳が私の中を探るように覗きこんでくる。それは数秒のことだったはずなのに、永遠にも感じられた。
「――――君はいじめを受けている…………」
親にも先生にも隠していることを当てられ恥ずかしくなった。これは自分の問題で、他人に知られてはいけないと思っていたからだ。
そんなことを思っていると彼女が泣いていることに気づいた。なぜなのか全然わからない。だが彼女はこのとき確かに涙を流し、私を抱きしめた。
「つらかったね……」
前が滲んで見えないのはなぜだろう。
気づけば私も彼女と一緒になって泣いていた。
夕日が差し込み部屋で、私たちのすすり泣く声だけがこだましていた。
あれから私は彼女の元へ通うようになった。
小学生で商品も買えない私に、彼女は嫌な顔一つせずそれを受け入れた。
「プレゼントをあげよう」
二回目に訪れたときに彼女が私に渡したのは、ビーズ細工のブローチだった。
「私、お金持ってないです」
「プレゼントだから。肌身離さず持っているといい」
ブローチをもってから、いじめられる回数が減った。正確にはいじめが成功しなくなったのだ。
同級生からの陰口や暴力は先生に見つかるようになり、いじめによってできた痣は親に見つかった。そこから学校へ抗議が入り、わたしをいじめる人はいなくなった。
「このブローチを持っていると苦しまなくて済むんです」
あるとき私は彼女にそういった。
すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「それは君にちょっとの幸運をもたらしただけさ」
それがどの程度のことなのか、この時の私にはわからなかったし、魔法を理解した今となっても本当のところどうだったのかはわからない。
ただ確実にいえることは、私は彼女という魔女に救われたと言うことだった。
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