第2話 タブー

『どうして歳を取らないの?』

 私は昔、同じ質問をしたことがある。ちょうど玖美ちゃんと同じくらいの歳の頃だ。

 ただ違ったのは、私が問いかけた相手は私を笑い飛ばさず、少し驚いた表情をして、そして泣いてしまったことくらいだ。くらいといっても、あのときの私は相当焦って困り果てた。今ではそんな出来事も笑い話なのだが。

 離れは店の裏にある。少し距離があるから、毎日何往復もするのは正直面倒だったが、それも私の選んだことだと自分に言い聞かせる。何より好きでここにいる以上、多少の面倒も受け入れるべきだと、数百年経った今なら思えるようになる。

 今どき珍しい木製の木のドアをノックすると、「どうぞ……」という寝ぼけた声が聞こえてくる。また目覚ましは彼女の目を覚ますのには役立たなかったらしい。

「おはよう。朝ごはん持ってきたよ」

 ドアを開けると、ふんわりと花の匂いがする。いつものことだ。その中で花とように可憐な女性が、私に微笑みかけてきた。寝起きのはずなのに比喩でもなく可憐なのは、原石がいいからなのだろう。

 長く黒い髪はさらさらで、白い肌を引き立たせている。彼女の手入れは私の仕事なのだから、少しは称賛されてもいいはずだ。

彼女は寝起きなのかボーッと私のほうを眺め小さな声で「おはよう」と口にした。ちなみにもう昼過ぎだ。

「おはよう、エミリア。もう昼過ぎよ。いつも目覚ましは役に立たないみたいね。買い替え時かしら」

「そうだね、特別大きな音が鳴るものを買ってきてもらおうかな」

 相変わらず嫌味が通じない。私の彼女に対してのちょっとした反撃は、いつも見事に回避されてしまう。それに気分を悪くしたことはない。だって、彼女とともにいると決めたときから宿命づけられていたんだから。

「今日はシフォンケーキ生クリームレモンバーム添えよ。ハーブティーを入れるからちょっと待ってね」

 そう言って机の上にある、この部屋に似つかわしくない電子ケトルのスイッチを入れた。ぽこぽこと湯が沸く音が聞こえる。

「今日はあの子はきているのかい?」

 あの子というのは玖美ちゃんのことだ。エミリアは玖美ちゃんを名前で呼ばない。理由は聞いたことないけれど、きっと気まぐれか、取るに足らない理由だろう。

 ドライハーブのリーフをポットに入れ、タイマーを用意した。あとは湯が沸くのを待つばかりだ。

「来てるわ。切るのに失敗したケーキを生クリームのボウルに入れて渡してきたから、今頃口元を真っ白にして食べている頃じゃないかしら」

「そうか……」

 カチリ、と湯が沸いた音がした。ポットに注ぎ、タイマーをセットした。

「今日はあの子とどんな話をしたんだい?」

 今日、初めて、本当に初めて、私が年を取らないことへの疑問を口にしたわ。

 口をついて出そうになったことをも、すんでのところで押し込める。

「別に。取るに足らない話よ」

 歳の話題は、エミリアとの会話ではタブーだ。正確にいうと、私が勝手にタブー視しているだけだが。

 幼い私が問いかけた純粋な疑問が彼女を泣かせたことは。未だにトラウマのように胸の中に鎮座していた。

 ピピピッとタイマーが鳴った。

 辺りに漂うのは彼女が好むラベンダーの香り。

 カップに注いで「召し上がれ」と言えば、彼女は蕾が咲いたかのような笑顔で「ありがとう」とスプーンを取ったのだった。

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