魔女として生きる

楸 梓乃

第1話 初めての問いかけ

『私とともに、生きる覚悟はあるかい?』

 夕暮れの明かりだけが差し込む薄暗い店。ほこりまみれで、寂れていて、歴史からも置き去りにされたような、そんな場所で。彼女は私にそう言った。

 あのときの私は、それがどんな意味かよく考えていなかった。ただ漠然と、彼女と共にいたいと、そう思っただけだ。

 では、今は?





「やはり不思議だと思うんです」

 私の目の前で憮然とした表情をして腕を組んでいる玖美ちゃんを、私ははいはいといつもの調子で横目で見ながら朝食の準備を続ける。今日はシフォンケーキの生クリーム添え。庭で採れたレモンバームも飾りつけに使おう。

「そこは『なにが不思議なの?』って言うところですよ。そうでないと私が話を続けられないじゃないですか」

「そうね」

 シフォンケーキは型から外すのが難しい。型と生地かくっついて綺麗に剥がれないことも多いのだ。食べてしまえばすべて一緒と言ってしまえばそれまでだが、やはり見た目は大事だ。大切なことだ。

「もう! 聞いてないですね!?」

 耳元で大声を出され、しぶしぶ顔を上げる。

「聞いてるわ。ただ応える必要がないと判断しただけよ。いうなれば、あなたとの会話はこのシフォンケーキ以下ということね」

「昔から失礼ですね、あなたって人は」

 玖美ちゃんはがたん、と乱暴な音を立ててテーブルに座る。物の扱いが乱暴なところも昔と変わっていない。私も変わっていないというが、私の変わっていないとくみちゃんの変わっていないはかなり違うので、性格なのだろう。

「そう、昔。昔からですよ。私、ここにくるようになって十数年経ちますが、本当に不思議だと、最近思うんです」

 そうして、一呼吸分間を置いて、

「あなた、どうして歳を取らないのですか?」

 と、心底不思議そうに言ったのだ。まるで子どもが、なぜ空は青いのかと尋ねるかのように。

 対して私は笑ってしまった。そのせいで手元で切ろうとしていたケーキのピースが歪になってしまったが、いいや、それはくみちゃんにあげよう。彼女に持っていく分だけ綺麗ならそれでいい。

「あなたはいつも私が何か言うと笑ってばかりですね。こちらは尋ねているのに」

「いつもじゃないわ。ただ私には答えられないことばかり聞いてくるものだから、つい笑ってしまうだけよ」

「保育園のときに『おひさまはなぜ沈むの?』と聞いたときも、小学校のときに『鳥はなぜ鳴くの?』と尋ねたときも、中学のときに『人間はなぜ男女があるの?』と聞いたときも、高校のときに『人はなぜ生きているの?』と尋ねたときも、大学のときに『なぜあの人は私を虐げるの?』と聞いたときも。そして今、『なぜあなたは歳を取らないの?』と尋ねても。あなたはすべて、今と変わらない笑顔ではぐらかす。外見も何も、変わらない。あなたは何者なのですか?」

 今度こそ、私は腹を抱えて笑ってしまった。ああ、おかしい。人生の半分を一緒に過ごしていて、その疑問をぶつけたのが今だなんて。

「あ、いま私のことバカにしましたね。それはわかります」

「そうね、バカにしたわ。だってあなた、バカなんだもの。そして物好きよ。疑問に思っても訪ねてくるなんて」

 すると彼女は、珍しく黙ってしまった。というより、むすっとして口をつぐんでしまった。

 その隙にケーキを切り分け、生クリームを添え、レモンバームを飾り付ける。うん、いい出来。歪になってしまったほうは、余った生クリームの中に放り込んで、玖美ちゃんの前に置いてあげた。たぶん戻るころにはなくなっているはず。

「じゃあ、離れのほうに行ってくるわ」

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