第5話 現実
あれから、俺は男から物資を漁り、投げた諸々の回収をしたのち軽く土葬をしてから洞穴へと戻った。
コンパスだけしか頼れるものが無い上に、逃げる際にかなり蛇行していたらしく帰るのに大分時間がかかった。
もう日は西の空で真っ赤に燃えている。
色々と整理したいことがあったが、まずは傷の手当てが先決だろう。傷口からバイキンが入って炎症を起こす可能性がある。
打撲や切り傷、擦り傷は水で洗っておくとして。
最大の大怪我である右目は、とにかくバイキンが入らないようにしなければならない。応急セットの中にからガーゼと包帯を取り出し、ガーゼに消毒液を染み込ませ包帯の内側にテープで四隅を貼り付た。簡単な眼帯だ。我ながらいい出来なのではないだろうか。
——何だろう、凄く胸が痛い。とうに葬り去ったハズの過去の自分が顔を覗かせる。こっちを見ないで欲しい。後遺症が残っているとはいえ、中二病は治ったはずなのだが——見るなっつってんだろ!
早速、完成した眼帯を装着した——最近の消毒液は沁みないタイプのものが増えてきているが、どうやら今回使用した物は沁みるタイプだったようだ。
「オオオオオォォ……!」
アンデッドのように不気味な呻き声を上げながら、刺すような痛みに悶える俺。B級ホラー映画も真っ青な程、リアルだ。それはそうだ。この痛みも、今起こっていることも、俺が人を殺したのも、全て
側から見ればただ右目を押さえて呻いている男子高校生という絵面なので、絶対に中二病だと勘違いされる光景だった。
(痛みが)鎮まれ我が右目よ——!
それからしばらくの間、俺は痛みに耐え続けた。それは、ある種の拷問だった。
ようやく痛みに慣れてきた俺は荷物を整理しながら、気持ちを整理していた。
「人を殺したのか、俺は……」
殺人。人の今を潰し、未来を消す。
一度でもすれば地獄に落ちると言われる禁忌。
これは人間の道徳的価値観というか、人が自ら戒めた行為なのではあるが、過去には戦争などの大量虐殺も起こっているわけだから一概にそうとは言えないし、殺さなければならない悪人も実際に存在してしまっているわけで。だからといって、無闇にしてはいけない。そのために俺のような一般人は殺人を禁止されているのだ。
それを今さっき、俺は破ったのだ。
手に持っていたペットボトルが落ちた。手が小刻みに震えている。
手を実際に使ったわけではないにしろ、俺の足にはあの肉を抉る生々しい感触が残っており、寒気が止まらない。
この血だらけの真っ赤な手は、どこかで見た覚えが——血だらけ?
「うわっ!?」
付いていないはずの大量の血が見えた。
目を擦り、もう一度よく見てみる。すると、そこにはいつも通りの健康的な色をした手のひらがあった。
「み、見間違いか……」
タチの悪い見間違いだ。勘弁して欲しい。
今の俺は、何を見ても過剰に反応してしまいそうだ。
(そういえば、あの黒いモヤモヤっとしたのも気になるな……)
夢現つの状態だったとき、黒い霧の中で人影が俺の前に立っているのを見た。
(あれは何だったんだ……?)
あれがもし妄想による幻覚ではなかったとしたら、それはいつかの記憶ということなのだろう。ではいつの記憶だ? そもそも俺の記憶なのか? それとも——どれだけ考えても答えは出なかった。寧ろ、考えれば考えるほど沼にはまっていくような感覚。俺はそれを理解して直ぐに思考を中断した。
(今はまだ何もわからない。もしかすると本当に妄想かもしれないしな)
とにかく、今日は疲れた。心も体もボロボロである。
時計があればまだ早いと言って起きていただろう時間だが、明日に備えて寝ることにした。
♢♢♢
デスゲーム、四日目。
俺は初日に目を覚ました遺跡に来ていた。
なんでこんなところにいるのかというと——追われているのだ。しかも二人パーティに。
元々、物資調達の為に遠征に来ていたのだが、丁度廃墟を漁っていた時にバッタリと出くわしたのだ。大学生くらいの男二人組。当然、俺は逃げることを選んだ。しかし、相手が中々しつこく、結局ズルズルとここまで来たのである。
まさか二人掛かりでくるとは思わなかった。確かに、最終的に二人残れるから、組んだ方が効率はいいだろう。完全に失念していた。
そんなわけでここに身を潜めているのだが、見つかるのは時間の問題かもしれない。それは念頭に置いておかなければならない。
初日を除いた二日間でかなりの人数が減った。前は10人いたのが6人になったようだ。
その間俺は一人しか殺していない。つまり、他の奴等が本格的に動き出したという事だ。
となると、残ってる奴は皆それなりの力を持っているということになる。物資も集まってくる頃合いだろう。隠れている人間をあぶり出すのもできるだろうな。例えば、手榴弾を投げ込んでみたり。戦時中は防空壕に隠れた人を出すために火炎放射器を使っていたらしいしな。
(さて、どうしよう。逃げるならもっと視界の悪い場所じゃないとな……どっか抜け道みたいなの無いのか?)
そんなことを考えていると、どこからか金属が跳ねる音が聞こえてきた。この音は聞いたことがある。
錆びた鉄のようにゆっくりと顔をそちらに向けた——誰か俺の首に油を注してください——そこには、ついさっきまで、俺を苦しめていた物が転がっていた。
——破片手榴弾だ。
「やっべえええええええっ!」
警戒していることは大抵起こる。これが俗に言うフラグか。俺はフラグなる物の恐ろしさを、身にしみて感じた。
全力で、それはもう全力で音がした方向から遠ざかる。どうせ外に出たところで敵に待ち構えられているのだろうが、それでも体が爆散するよりかはマシであると、そう思って。
しかし俺の足は、手榴弾から逃げるには少しばかり遅すぎたようだ。
——閃光。次いで襲いくる爆風と衝撃。
「ぐあああああああ!」
今まで支え合ってきた石達も、流石に手榴弾の衝撃には耐えられなかったらしい。遺跡の床が轟音を立てて崩れ、俺もろとも、闇へと引きずり込んで行った。
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