第3話 死への誘い

 極東の島国にある孤島。その地下にあるコンクリートの壁に囲まれた部屋で、一つの影が目の前にあるモニターを眺めてニヤニヤしていた。


「……気持ち悪いですよ」

「いくらなんでも辛辣すぎやしないかなぁ」


 人影に声をかけた(罵った)のは一人の女性。白シャツにカーディガンを羽織っていて、白というよりベージュにちかいロングスカートという場所に似合わない服装。

 しかしその目はまさに、ゴミを見るような単一色の目だった。


「そんな怖い目をしてたらせっかくの美人なのに台無しですよ。もっとあたたかい目を――」

「非人道的な行為をさせて楽しんでる下衆な男にむける目はない」


 女性は下衆な男(笑)のちょっとした反抗を両断した。


「……まあいいじゃないか。これは大事なテストなんだから。僕は監督という仕事を一生懸命にこなしてるだけなんだから。楽しんでるわけがないよ」


 下衆な監督(笑)は、モニターをふたたびみて嗤った。


「さあ、誰が生き残るのかみものだねぇ」

「やっぱり楽しんでるじゃないですか」


 女性の目は、ふたたびゴミを見た。


 ♢♢♢


 俺は隠れ家で目を覚ました。

 正直言ってほとんど寝れなかった。なんせ布団がなかったためゴツゴツした床に耐えられなかったのだ。そのせいで身体中が痛い。


「あーいってぇなぁー」


 やはり、愛しのお布団が居ないと寂しいものだ。


 さて、今日は何しようか。昨日のことが夢のように感じるが、現にこの洞窟で目を覚ました以上は現実を受け入れなければならないだろう。


 昨日、あっさりと俺は武器を手に入れた。だから、他の奴等も何か武器を手に入れていると考えられる。となると、外に出るのは危険だ。

 だが、できれば早い段階で川を見つけておきたい。今はまだ足りているとはいえ、いつ水がなくなってもおかしくない。それに、川魚とかもとれたらいいしな。


 よし、決めた。今日は川を探そう。水は今のうちに確保しておいた方がいいだろう。そうと決まれば、と早速準備に取り掛かるが、結局ナップサックを背負うだけに終わってしまった。


 ♢♢♢


「結構近かったな」


 歩くこと数十分、大きな河原についた。

 もっと遠い事態も覚悟していたが、そこまで距離はないし、洞穴を出て南にまっすぐでたどり着く。

 なかなか良い立地だ。コンパスがあってよかった。これが本当のご都合主義、なんつって。


 水はキレイで、魚もいた。人が隠れられそうなところもあるので、水浴びもできそうだ。


 ただ、一つだけ心配なことがある。

 実はここ、俺が一番のりではなかったのだ。石が人為的に並べられていて、そこに黒く焦げた小枝の残骸があった。明らかに人の生活の跡。

 幸い今は人の気配を感じないが、いつ戻ってくるかわからない。


 どうするか考えていると、突然放送が聞こえた。また、あの男の声だった。


『一人目の犠牲者が出たよ。残り九人だ。この調子で頑張ってね〜』


 内容は、正直聞きたくないものだった。

 なるほど、犠牲者が出ると放送で伝えられるのか。


 最悪だな、と思う。あの9人の中に、人を殺せる奴がいたことに対して。

 誰かはわからないが、殺すことを躊躇わない人間がいる。ということは、そいつが一気に勝ってしまうのだ。

 そいつに感化されて、人殺しを躊躇っていた人までもが殺すようになるかもしれない。

 これは最悪、死ぬ覚悟を決めなければならないかもしれない。無論、俺は死にたくない。だから、全力で生き残る。生きて家に帰るのだ。


 でも、やっぱり空腹には勝てなかったので、魚を取るために川に入るのだった。


「――寒っ! 山舐めてたわ……」


 ♢♢♢


 最初の死亡報告から翌日、俺は補給物資を取りに廃ビルにむかっていた。場所は隠れ家である洞穴から北の方面の少し離れた所だ。


 ここで補給物資を取る訳だが、看過できない不安要素が一つある。

 それは、他の人間と鉢合わせしてしまうことだ。さらに言えば、待ち伏せだってされるだろう。これは確実に起こるハズだ。もし、俺が殺す側ならそうするだろうから。

 正直に言えば、生きて帰れる保証はない。なんせ今の俺はナイフ一本しかないからな。銃はまともに使えなかった。三発ほど試し撃ちしたんだが、一応弾は的に当たったが反動でしばらく手が動かなくなったのだ。残りの十二発はとっておくことにした。


 ——と、色々弱音を吐いては見たものの、それで心が落ち着くわけでもなく、だからといって取りに行かないわけにはいかない。

 食糧が尽きそうなのだ。一日三食しっかり食べると本当にすぐになくなってしまった。節約したらよかったと猛反省中でございます。

 それにランダムで投下される物資が、そう簡単に都合のいい場所に落ちてくれるわけじゃない。背に腹は変えられないということで、覚悟を決めよう。生き残るためには決めるしかないのだ。


 慎重に建物の陰を移動し、目的の物を探す。緊張で心臓が飛び出るかと思うほど胸の内が騒めいている。


(あった、あれだ)


 そして、ようやく補給物資を見つけた。どうやらあのシルバーのアタッシュケースに入っているらしい。ドラマでよく見る、お金とかがよく入っているものだ。あれを幾らか大きくした物のようだ。


 さて、見つけたはいいが、ここからが鬼門だ。まだスタートラインにすら立っていなかったのにあれだけ緊張するとは、先が思いやられるというものである。

 一晩中イメージトレーニングしていたので手順を間違えることはないだろうが、万が一のときが怖いものだ。手汗で滑ったりとか、王道のミスだろう。

 もしそうなったとしても、誰も助けてはくれない。今、俺は一人なのだ。だからこそ、自分を信じるしかない。


 深呼吸をして、無理矢理にでも心を落ち着かせ、もう一度覚悟を決めた。

 ——よし、いこう。

 しっかりと索敵をした上で突撃する。全速力で、走ることだけに意識を集中させて。


「——ッ!」


 案の定、発砲音が聞こえた。俺の周囲から聞こえる風切り音が恐怖を助長する。


 ——もう少し——もう少しだ——よしっ!


 手汗で滑ることなく、俺はこの手でアタッシュケースを掴み取った。だが、尚も鳴り止まない発砲音。ここにいては命がいくつあっても足りない。

 幸いなことに、相手が素人だったのか一発も命中することはなかった。だがたった一発、頰を掠めたラッキーショットにはタマが縮み上がった。

 飛び交う銃弾を全力でスルーして遮蔽物をつたいながら森へと消える。万が一追跡されたら詰みなので、コンパスで方角を確認しながら蛇行する。


「はあ……はあ……この辺で」


 しばらく進み、完全に撒いたと判断した俺は、步を緩め、結構デカいアタッシュケースからナップサックに入れるもの取り出す。


 入っていたのは食糧少々と水、応急セット、刃渡り35センチほどの黒いブレード、そしてフード付きのこれまた黒いマントだった。

 また近接武器だった。是非とも、使いやすい飛び道具が欲しいところである

 とりあえず水はその場で使用した。半分飲んで、もう半分は頭から被った。結構汗をかいていたようで、かなりサッパリした。勿体無いかも知れないが、水は最悪川から補充できるので少々なら大丈夫だろう。

 マントは着用。申し訳程度の保温性だが、今の俺にはありがたい代物だった。寝るときにも活躍できそうだ。

 そしてベルトにブレードの鞘についていた金具を取り付ける。うん、いい感じだ。ちなみにナイフはベルトに、ベレッタはセーフティをかけてポケットに入れている。ホルスターが欲しいところだ。


 ――ふう。これでようやく一息つくことが出来る。


「死ぬかと思ったマジで……」


 さっきは全力でスルーしたが、かなり怖かった。

 背中からおそいかかる悪寒。死の恐怖。腰が抜けそうだった。チビってもおかしくなかった。よく頑張ったな、俺。もう二度と味わいたくない。


「はやく戻って休もう。もう寝たい。」


 深呼吸をして心拍を落ち着かせ、重い腰を上げる。とりあえず今日はねぐらに戻ることにした。


 ——やってしまった。

 死の恐怖から解放されて、少々気が緩んでいた。敵は待ち伏せしていた奴らだけではない。そのことは、頭ではわかっていたはずだったのだが。


 補給物資を確保した俺は、コンパスを片手にねぐらへの帰路を辿っていた。そして、もうすぐ森を抜けようとした頃に、見つかってしまったのだ。

 敵は大学生くらいの男。右手にはナイフが握られている。猛烈な殺意を宿したその目は普通の人間ではなかった。おそらく、最初に殺したのは彼なのだろう。あれは人殺しの目だと、直感的に察した。


「安心しろ、お前もすぐに殺してやるよっ!」


 男が走りながら迫り、ナイフを縦に振り降ろす。戸惑いひとつない、容赦の無い一撃だった。一度目の人殺しでそういった人間の大事な心のブレーキが壊れたのだろう。

 対する俺は、辛うじて反応して体を逸らした。脳はまだ追いついておらず、体だけが反応した形。反射神経には自信がある。

 急所を外れたナイフはそのまま俺の右目へと伸びて行く——


 ——次の瞬間、俺の視界が真っ赤に染まった。

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