無人島編

第2話 デスゲーム

「う……ん……」


 ゆっくりと目をあけると、そこには見知らぬ天井があった。体が重い。痺れているようで思うように動かないのだ。

 ぼんやりとした意識が徐々に覚醒し、視界がクリアになっていく。


「ここは……何処だ……?」


 ようやく体が動くようになってきたので、ゆっくりと周りを見渡してみる。

 大小様々な石が積み上げられており、そこにコケやツタが絡みついている。天井は一部崩れているところがあり、そこから僅かに日の光が差し込んでいる。亀裂が入っている古びた床の石は今にも崩れそうで、しかし最後の力を振り絞って耐えているのかもしれない。そして、俺以外に9人の人がいる。中には俺のように学生服姿のやつもいるようだ。


「遺跡みたいなところだな……」


 それが俺の第一印象だった。今までテレビでしか遺跡というものを知らないし、ピラミッドがお墓だということをつい最近まで知らなかったような俺だが、しかしこの場所は、俺の遺跡のイメージとピッタリ当てはまったのだ。


(にしても……クソッ! 俺ともあろう者がタダのマッチョマンに反応出来なかったとは。動揺しすぎたか……情け無い。経験不足か)


 俺は人生で人間と一度も殴りあいの喧嘩すらしたことないほどのド素人なのだ。唯一、ウチの飼い猫の双葉とだけは喧嘩しまくっているが、対人経験は皆無だった。

 だからといって自己弁護するつもりではないが、あの大男から逃げられなかったことについては、幾ら情けなかったとしても、仕方のないことだと思う。


 ♢♢♢


 拉致。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 まず服装は下校時とそのまま、学ランに黒いズボン。

 だが、ポケットに入れていたメガネや生徒手帳が無くなっていた。

 生徒手帳はともかく、裸眼でもある程度は見えるためメガネは無くても問題はない。

 そして、俺のすぐ横に、名札と磁石のようなものがついたナップサックがある。他の9人も同じように、色違いのものが置いてある。


(なぜこんなものが? この磁石みたいなのも意味わからんし、何故か俺の名前がバレてるし。そもそもこんなものを用意する必要があるか? うーん分からん)


 持った感じは、そこそこの重量があり、色んなものが入っているようだ。とりあえず開けてみようとしたが、その時突然声がひびいた。


『やあ諸君。いきなり連れてきてしまって申し訳ないね。早速だがキミ達には殺し合いをしてもらう』

(コイツ……直接脳内に!?)


 というわけではなく、普通に放送されていた。だが、スピーカーがどこにあるのかは分からなかった。


 突然の殺し合え命令に俺達は皆、騒然となった。水面に石を落としたように、その波紋はどんどん広がっていく。そして、あちこちから抗議の声が上がり始めた。


「おい、なんだ!? どういうことだ!」

「ちょっと! はやくここから出しなさいよ!」

「お前は誰だ!?」

「ファ○○ュー!」

「ここは何処? 私はだれ……?」

「おい誰か一人自分を見失ってるぞ! 気をしっかり持て! そして放送禁止用語はダメだ!」


 俺はつい、一瞬だけ現状を頭の隅に追いやってツッコミを入れてしまった。


「……殺し合いってどういうことだ?」


 一人の男性が、そう声を上げる。見るからにガタイが良く、紺色のつなぎを着ている。だが、その顔にはいくつもの古傷があり、歴戦の戦士を連想させた。


『へえ、キミは他の人たちより落ち着いているようだね』

「状況に追いついてないだけだ。それより質問にこたえろ」

『そうだね、詳しく説明してあげようか。さっき言ったとおり、キミ達十名には残りになるまで殺し合いをしてもらう。武器は現地調達。適当に拾ったのを使えばいいさ。そしてキミ達への支給品がナップサックにはいってる』


 そう言われて全員ナップサックの中を確認する。包帯などの応急セット、もって三日分くらいの水と食料が入っていた。


『それをどう使うかはキミ達次第さ。あと、補給物資は日によって落とす時間はかわるから。落下地点は赤色の煙で知らせるね。あ、そうそう。ナップサックには発信機がついているから、逃げようとは思わないように』


 軽薄な声は、まるで俺たちを挑発するように、その事実を告げて行く。

 しかし、俺の脳裏に一つの疑問が湧いた。


「ほう? ナップサックを捨てたらどうするんだ?」


 先程の男が、その疑問を代弁してくれたようだ。


『ふふ、逃げられないよ。ここは日本領海内にある無人島だ。周りに他の島はないし警察は勿論、軍すらこない』


 無人島。まだ日本でよかった、と考えるべきか。異世界召喚とかされたのかと密かに思っていた自分が恥ずかしく、自分を思いっきりブン殴りたくなった。

 自分は一体何を期待していたのだろうと、羞恥心に悶えていると、


『さて、こんなところかな。じゃあさっそくはじめようか。』

「えっ、ちょっまっ!」

殺し合いデスゲーム、スタート!』


 始まってしまった。突然、俺たちの意見など知ったこっちゃないという風に。それは唐突に、始まったのだった。


 ♢♢♢


 始まってしまった。何が何だかわからないまま、なるがままに。時は金なりと言うが、確かにその価値は高いのだろう。心の準備をする時間がどれだけ大切かを、今初めて理解した。


(いきなり殺し合えって……そんなこと言われても)


 誘拐犯は身代金目的ではないのだろうか。はたまた、何か別の理由があるのだろうか。こんな事する意味がわからない。

 だが、ただ一つ言えることは、もうここにいる意味もないだろうということ。

 ゲームと現実リアルを混同してはいけない。喧嘩ド素人な俺が、突然殺し合いなどできるはずもないのだ。

 だからこそ、できれば遠くの方に逃げるべきだ。

 殺し合い。人間が犯してはいけないことだと散々聞かされてきた行為だ。

 それをいきなりやれと言われても、はいわかりましたと出来る訳がないのは誰にとっても当たり前のことだった。

 ならば、これが終わるまで隠れて生き延びることにしようか、と俺は決めた。ここで直ぐに今後の方針を決断できたことは、俺にとって大きなアドバンテージとなった。


(他の奴等はまだ動いてない。なら、先に行かせてもらうぜ!)


 この遺跡に一つだけある出入り口に向かってダッシュし、外に出た瞬間に右に曲がる。

 外はジャングルと言っていいくらい深い森だった。鬱蒼と茂った葉が日差しを遮るため涼しい。同じような木が多くて、地図があっても迷える自信がある。

 とにかく、拠点みたいなのを見つけたい。隠れるところがないとまともに寝れそうにないからだ。


(それに、雨が降るかもしれないしな……)


 ふと空を見上げると、雲が太陽を覆い隠そうとしていた。その暗い曇天はまるで、俺の心を表しているようだった。


 ♢♢♢


 ばちゃばちゃと湿った土を踏みしめながら移動する。

 歩みを進める度に泥が跳ねて服を汚す。普段ならキャーキャーと騒いでさっさと着替えるところであるが、状況が状況なので悪態を吐くまでにとどめた。


「チクショー、なんでこんな時に限って雨なんか……!」


 どうやらここは雪が降らない地域のようだ。冬の雨は体温を一瞬で奪ってしまう。あまり外にいるのはマズイ。


 ふと、ばちゃばちゃという迷惑な音が止み、イラつくほど飛び散っていた泥が姿を消した。

 不思議に思って足元を見ると、先程までの道なき道ではなく、キチンと舗装された後のある石レンガの道が広がっていた。昔からそこにあったのか、所々風化しているが、泥だらけになる土の上を歩くよりかは断然ましである。


 その道を歩くこと数分、俺はに出た。否、正しくは元街だろう。街と言ってもかなり小さいが、廃れたビルや廃屋などの人の生活の跡を見る限り、そこは紛れもなく街であった。

 コンクリートは朽ちてボロボロになり、至る所に亀裂が入っている。ビルの窓ガラスは割れ、3階から上の階が無いものもある。屋根がない家屋が大半を占めており、壁が崩壊した家もある。

 昔、ここで戦争があったかのような有様だった。


「どこか雨宿りできる場所は無いか……?」


 と、そのゴーストタウンを探索する。

 ただの主観ではあるのだが、この場所自体が何かの遺産なのではないかと疑うような、神秘的な何かを感じた。

 男の好奇心をくすぐられる。冒険しているようだった。

 しばらくの間、雨宿りできる場所を探すことを口実に、その小さな冒険に夢中になっていた。


 だが、デスゲームの真っ只中である。当然、他の人間がやってくるのだ。


「――ッ!?」


 コツコツと、足音が聞こえた。

 心臓が跳ね上がるとともに、咄嗟に物陰に隠れて息を潜める。その足音がゆっくりとこちらに近づいてくるにつれ、俺の心臓の鼓動が速くなっていき――今やまさに、スポーツカーのエンジン並ではないだろうか。

 いや、ごめん。流石にそれはないか。


(ああああ心臓がうるさいー!)


 ドクン――ドクン――ドクン――。


 たった1秒が何十倍にも感じる。極度に張り詰めた緊張。まるでエロ本を使用しているときに近くで物音がしたときのような心臓の拍動。


 俺はこの感覚を何処かで知っていた。普通に生活していればまず経験しないであろうこの緊張を(エロ本は除く)、俺は知っていたのだ。だが、その“何処か”は黒い霧に包まれていて、全く見えない。


 背中を伝う汗は、焦らすように、ゆっくりと落ちていく。拭たい欲求を必死に抑え、息を殺し続けた。

 そして――俺は何とかやり過ごすことに成功した。


「はあ、はあ、はあ……早くここから離れよう……」


 好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだ。俺は人間だが、危うく猫になってしまうところだった。


 ――それから、どのくらい探しただろうか。

 ようやく拠点になりそうな洞穴を見つけた。高さが約3メートルほど、広さは畳六畳くらいだ。

 さらに、入り口は山の斜面にあり、傾斜による錯覚と周りの木々の葉が隠してくれるため非常に発見されにくい。

 俺が発見できたのも奇跡に近い。本当に運が良かったのだろう。これなら、暫くの間は隠れ家として機能するだろう。


「もう日が暮れそうだ」


 ふと空を見ると、すでに西の空は赤くなっていた。

 先程まで夕立が来ていたのだが、直ぐに晴れた。

 さすがに足が痛い。1日目は大丈夫だと考えた俺は、ゆっくりしようと腰を下ろし、ほっと息を吐いた。

 先程の雨で気温が下がり、息が若干白くなっている。学ランを着ていて良かったと、自分のファインプレーを褒め称えた。


(さてさて。今日の収穫を確認しますか)


 背負っていたナップサックから収穫物を取り出し、冷たくゴツゴツしている岩の床に並べた。

 ここまでくる途中にあった廃ビルを漁り、物資を手に入れていたのだ。


 武器はサバイバルナイフが一本。結構切れ味がいいやつだ。そして、自動拳銃が一丁。ベレッタ・モデル92。M92と言えばわかるだろうか。装弾数15発のダブルアクションで弾は9×19mmパラベラム弾(近くに説明書みたいな紙が落ちてた)。映画に出てきた物だ。実物さわれてちょっと感動した。

 しかし、まともに撃てなかった。流石に、初心者が銃を持つべきではないのだ。だが、最低限脅しには使えるだろう。


 食料類は500㎖ペットボトル入りの水が一本、そして携帯食料が一食分だ。


(こんなもんかな。水とナイフがあったのは嬉しかった。最低限身を守れそうだ。銃はまあ……うん、練習だな)


 これからのことを考えると気が滅入ってしまう自分を何とか奮い立たせ、明日を迎える準備をする。

 しかし、その顔には様々な不安がべったりと貼り付き、暗い表情になっている。

 ピチョン、ピチョンと洞穴の入り口で滴る水滴の音が、やけにうるさく聞こえた。


「今日は早めに寝とこうか」


 俺は入り口を石と落ち葉でかくし、ナップサックを枕にして、眠りについた。


 ――こうして唐突に始まったデスゲームの1日目がすぎていった。

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