第14話 宵闇を歩く者の結末

空を見上げる。そこには作り物の空が広がっており、優しい風が漂っている。

隣を見ると可愛らしい少女が空を眺めている。彼女はそうしてるのが好きらしくよくそうやって寝転んでいた。

日が暮れて星空が映し出されると彼女は口を開く。その口からは綺麗な声で星座について語る。私はそれを聞くのが好きだった。

私は外の世界を知ってるけど、彼女は外の世界を知らない。記憶がないと言っていた。だから彼女は外の世界を本の知識でしか知らない。だから見せてあげたかった。でも…



世界はこうも思い通りに行かない。



扉はわずかな音を立てて開きその部屋の中に足を踏み入れる。

入り口のそばにあるスイッチを操作し部屋の明かりをつけると私の所とたいして差のない研究室が広がっていた。

デスクに近づきラップトップを見つけ電源をつけると早速中身を漁る。中身はほとんどがNo.12の研究レポートだった。当然と言えば当然だ。

ふと気になったのは最終実験の三日後以降の日付のレポートだった。



最終実験はNo.7だけが生き残ると言う結果だった。

当然私たちの研究していたNo.12も死亡したと言う結果だ。喉元を食いちぎられ、さらには心臓まで失ったNo.12は身体を再生することなく死亡したのだ。今までの実験結果でも失った身体は能力で接合はできても無い部位を再生させるほどの力を持たなかったから、死亡したのは納得した。死亡したはずだった。

だが、最終実験から三日後彼女の心臓が突然再生した。最初は我が目を疑った。しかしそうしてる間にも心臓は再生して他の傷もみるみるうちに治ってゆく。

考えられるのは極限状態で能力が進化あるいは変異したと思われる。

傷の再生を終えると彼女はすぐに目を覚ました。しかし少々様子がおかしかった。最終実験の事を何も覚えていなかったのだ。本当に何を覚えていないのか、確かめるために色々と質問を繰り返してると次第に様子がおかしくなってきた。そして、No.7の事を聞いた時だった。彼女は酷く取り乱しひとしきり暴れた後に部屋の隅に蹲る様にして怯え切ってしまった。ひとまず本日はここまでにして残りは明日にしよう。


今朝も朝から騒がしい、話によると少し前にNo.7が脱走したらしいが未だに研究所内はあわただしかった。

責任者不在という事態も現状の混乱を長引かせてる原因だろう。しかし、これは好都合でもある。最終実験で死亡したと思われてたNo.12が蘇生したのだ。ややこしい話になりそうだったので頭を抱えていたのだが。

それよりもNo.12だ。今日は部屋の一点を見つめて何やらぶつぶつと独り言を言っている。話しかけても反応はなく話を聞ける状態では無い。しかし、このままほったらかしにしておくわけには行かず根気よく話しかけていると突然彼女は笑い出してこう叫んだ。

「私は彼女を探すんだ!そうだ!まるであの物語みたいに私は探さないといけない!」

まったく何を言ってるのかがわからない。しかし、笑い出した彼女は止まらず部屋を出て行ってしまった。

あの笑い声が未だに耳にこびりついてる。


夜になると突然銃声が鳴り響いた。同時に悲鳴も聞こえてきなにやらただならぬ状態なのは分かった。隣を見るとニヤニヤしているNo.12の姿があったので何があったかを聞いてみると「さぁ」と一言いうのみだった。

仕方がないので現状を確認してこようと思う。



あぁ、なんてことだこの研究所はおしまいだ。得体のしれない化け物が徘徊をしている。それに死んだはずの被検体たちも施設内を徘徊していた。さらには突然施設の電源も落ちて避難経路も機能していない。

そしてこの現状を引き起こしたのはNo.12が原因だ!今はもうどこにいるかわからないが、今も彼女の笑い声が頭の中で響いてる。正直気が狂いそうだ。




わかった。いますべてわかった。

かのじょは、うえつけたんだ。そしてあのばけものをうみだしたんだ。

しなないばけものを

わたしももうすでに

かのじょをとめないと

かのじょのもとに



以上がレポートの内容だ。

どうやら私が外に出た直後にNo.12は目を覚ました。それにこの事態を招いたのも彼女が原因らしい。

私はラップトップを閉じると奥の部屋へ足を運ぶ。明かりをつけるとそこには乱雑に置かれたメスや糸鋸挙句には鉈まであった。

かつてNo.12はここで様々な実験と称して拷問のような日々を過ごしたのだろう。

部屋を物色していると作業台の上にある小さなケースを見つけ開けてみるとそこにはシリンダー状の注射器が二本入っていた。ケースには三本目の部分には何も入っていなかった。

足元を見るとすぐそばに倒れ込んでいる遺体だあった。そこに三本目の注射器が転がっていた。しゃがみ込んでそれを拾ってみる。中には薄紫色の液体が見える。これはなんだろうとまじまじと眺めていた時だった。

傍にあった遺体が突然飛び掛かり突き倒されてしまう。のしかかり噛みつこうとしてくるそれの首元に注射器を叩きつけて注入をする。そのまま押しのけて立ち上がり距離をとるとブレードを三本目の腕から引き抜き構えフラフラと迫ってくるそれを袈裟斬りにする。二つに分かれたその体は地面に崩れ落ちそのまま再生の素振りも見せずにピクリともしなくなった。

「再生…しない?」

ゆっくりとソレに近づいてブレードの先端でつついてみるが何の反応もない。

手の中にある空になった注射器を眺め考えをめぐらす。

おそらくこれは再生能力を阻害するものなのかもしれない。あるいは被検体の能力を抑制する薬品か。

いずれにせよこれは再生能力を持つ私やNo.12にとっての脅威になる。これがあれば私たちを殺せるのだから。

ケースに残っていた二本の注射器を回収してポーチに収めると私はその部屋を後にすることにした。


足を進める。

時に出会う奴らを切り捨て、突き飛ばし、歩みを進めていく。

しかし、一向にNo.12に出会う素振りがない。一体どこに居るのだろうか?

そして私はNo.12にあって彼女をどうするべきなのかを決めかねていた。

ここまで手に入れた情報だと、No.12はくるってしまっている。この地獄を作り上げたのもNo.12だろう。

果たして彼女に私の言葉は届くのだろうか?


わからない


最初に裏切ったのは私だ。

彼女はそのせいで心が壊れてしまったのかもしれない。

それなのに助けたいと言うのは私のわがままなのだろうか?

いや、わがままでも良い彼女を助けたい。

そう思う。思いたいだけなのだろう。


足を進める。

私は彼女を助けたいと思っている。しかし…


彼女の目の前に立ちはだかるそれは、

「No.3…No.4」

かつて共に過ごした被検体。

その目からは生気は感じられず。まるでただの人形のような魂のない存在。

襲い掛かってくる二人を流れる様に身をかわしブレードで切り刻んで行く。

肉塊となっても再生を繰り返し襲い掛かってくるそれを再び切り刻む。

キリがない…

その時ふと後方から気配を感じて振り返るとそこには先ほど頭を潰したはずのNo.1が立っていた。

襲い掛かってくる三人を文字通り捌きつつ距離をとる。

頭を潰してもダメ、細切れにしてもダメ

どれも時間稼ぎにしかならない。

眼前に迫るNo.1の拳を躱しその腕を切り落とすが、その都度傷口から触手のようなものを生やし切り落とした腕を探し出し引き寄せて接合する。

今度は踏み込み三人の首を刎ねて間髪入れずにその場を離れる。

これで少しだけ時間が稼げるはずだが…


ふと、しかいの端に人影が写る

「…No.10?」

懐かしい顔を見つけ思わず足が止まる。

No.10もその目には生気を感じず他の被検体と同じ状態だと言うことがわかるが何か様子が変だ。

目が合うとNo.10はこちらに襲い掛かることをせずにその場を立ち去る。

慌てて後を追う。彼はついてくる私にはまったく気にせず歩いてゆく。一見でたらめに歩いてる様に見えるが、ある程度歩いているとある場所を目指して歩いてる事に気づく。

それは、リフレッシュルーム。

いつも私はそこで寝転がりただ時間を潰す事をしていた場所。

横になってるといつも誰かが隣に来てたっけ。

そんなことを考えてるといつの間にかそこにたどり着いていた。

奴らに遭遇することなく。

「No.10、あんた…奴らのいない所を選んで」

No.10は私の問いに答える事なくその場を後にしていった。

リフレッシュルームの扉を見るとそこはロックされており誰も出入りできない様になっていた。

「…ここに居るのね」

扉の横の端末を操作するがまったく受け付けない。

はぁとため息を漏らすと私は端末に強力な電圧をかけて回路をショートさせると、扉が勢いよく開く。


リフレッシュルームに足を踏み入れると昔と変わらずに心地よい風が頬をなでる。

切り揃えられた芝に常緑樹も健在。昔から何一つ変わる事の無い景色がそこに広がっていた。

時間帯はちょうど日が暮れたのか、架空の空にはきれいな満月が映し出されていた。

その満月の真下に彼女は佇んでいた。

「…No.12」

私が名前を呼ぶと彼女はこちらをゆっくりと振り向く。

彼女は髪の毛が長くはなっていたがそれ以外は何も変わっていなかった。

その金髪も青い瞳もそのままだった。

彼女は微笑むと

「No.7だぁ」

そう言う彼女は何処か幼さを感じる。変わってない。

「No.12迎えに来たよ。ここを出よう」

しかし何か様子がおかしい。彼女はクスクス笑い

「あぁ、No.7。私の愛しい人、あぁNo.7No.7No.7No.7!!」

「No.12?」

ニヤニヤするNo.12はゆっくりとした足取りで私の下へ歩いて来る。

「ずっと待ってた。No.7!私の愛しい人!私の美しい吸血鬼!」

「No.12。何を言ってるの?」

「No.7!私はあなたさえいれば良いの!だからあなた以外の人類なんて滅んでしまえばいいのよ!」

No.12はとてもきれいな笑顔でそんなことを言い出す。

「No.12!それは駄目!」

「どうして?」

純粋な子供のような顔をして小首をかしげながらどうしてと繰り返す。

「じゃあ、みんなで家族になろうよ!ここのみんなと家族になったように!」

「トゥエルブ!」

「嫌なの?No.7。私の家族になってくれないの?」

「それは…」

彼女の言う家族それは、彼女の傀儡になると言うことでは無いのだろうか…

「そうだよね、当然だよね」

そういって彼女は自分の上着を開けさせ胸元を見せてくる。そこには生々しい傷跡がありその傷跡の中心で心臓の鼓動が見て取れるような状態だった。

「私にこんなことをしたのだから…No.7は私の事嫌いなんだ!」

「…ッ!違う!」

「違わない!!」

彼女の幼さの残る顔は恐ろしい程の怒りの形相へと変わってゆく。

「あなたは私を捨てた!」

「No.12!私は!」

「聞きたくない!」

そう叫ぶ彼女の背後から突如として触手が飛び出し私の顔面目掛けて襲い掛かってくる。上半身を大きく逸らし、身をねじって彼女から距離をとる。

触手は彼女の背中から生えており私を攻撃してきた。そうしているともう一本背中から触手が生えて二本の触手が私に遅いかって来た。鞭のようにしなりながら襲い掛かてくる触手を躱しながらNo.12に呼びかける。

「No.12!落ち着いて!」

「うるさい!うるさい!」

触手は地面や壁をえぐり、木々をなぎ倒しながら襲い掛かってくる。触手の合間を縫うように移動をし躱していたが、どんどん激しくなる攻撃に次第に躱せなくなってゆき咄嗟に瞬間移動を駆使して躱していたが、それも限界に到達し仕方なくその触手を切り落とす。するとNo.12が悲鳴を上げる。

「あぁ!ごめんトゥエルブ!」

「…No.7!」

切り落とした触手はものすごい速度で再生しさらに数を増やした触手が迫ってくる。

「No.7!あなたも私の家族になってよ!」

私もNo.12の家族に…それも悪くないかも

なんで私はこんな事に固執しているのだろうか?

主任を失ったこの世界、なんで私は今まで生きて来たのだろうか?

『ナナ!』

突如無線に飛び込んで来た声に我に返る。

『ナナ!こっちは退路を確保した!そっちはどうだ!?』

あぁ、そうか

『どうしたナナ!応答しろ!』

今までの記憶がフラッシュバックするように浮かんでは消えてゆく。仲間と呼べる人たちと下らない事を言ったり言わなかったり。大切なものがまたできていたんだ。

「ごめんNo.12、私あなたの家族にはなれない!」

迫りくる触手を切り落とし明確に彼女を拒絶する。

「あなた達にした仕打ちは許されない事だと思う。だけど、だからこそ同じ過ちは繰り返したくない!あいつらを裏切れない!」

「そんな!なんでそんな酷い事を言うの!」

次々と襲い掛かる触手を切り払いながらNo.12に肉薄する。

「No.12!!」

眼前まで迫ったその時だった。腹部に鈍い痛みが走る。そこにはNo.12の触手が深々と刺さっていた。

「やった!これで…」

その時No.12の首にシリンダー状の注射器を突き立て中の液体を勢いよく流し込む。

「…本当にごめん」

私はNo.12を突き放し、腹部に刺さった触手を切り落としブレードを構え直す。一呼吸整えた後に心臓を切り付ける。

勢いよく噴き出る血を浴びながら力なく倒れてゆくNo.12の体を抱きとめる。

「No.12、私…」

「いいの」

そこには先ほどまでも形相が嘘のように穏やかになった彼女の顔があった。

「ねぇ、あの話の続き聞かせて?」

「あの話?」

「…美しい吸血鬼と事故にあった少年の話。最後どうなったの?」

「……何度もすれ違いを繰り返したけど最後には再会して幸せに暮らしたのよ」

「なにそれ」

そういって彼女は微笑む。

「私は宵闇を歩く者じゃなかった」

「そうよ、…あなたは美しい吸血鬼。私を狂わした美しい吸血鬼。私が宵闇を歩く者」

私は言葉を詰まらす。こんなのハッピーエンドじゃない。

それなのに彼女は微笑む。

「…これは私にとってハッピーエンドよ。…あなたに会えたんだもの…私の…愛しい…人」

「No.12」

「最後に…お願い…聞いてくれる?」

「何?」

「私の…名前を呼んで…ナナリーって」

「ナナリー…ナナリー・エンフィールド」

「ちゃんと……覚えていてくれたんだ…ありがとう」

そういって彼女は微笑みながら息絶える。

それと同時に部屋の植物が一斉に枯れてゆく。私は彼女を床に寝かせてその両手を組ませて目を閉じさせる。

「…私は吸血鬼でもないわ」

そう言って立ち上がりその場を立ち去る。

「私にハッピーエンドはあり得ない」


静かになった研究所を私は歩く。

No.12を倒したことによって彼女の言う家族も共倒れになったらしい。

そこらへんに倒れてるやつらはもう動き出す気配はない。ただ残るのは静寂のみ。

耳が痛くなりそうなほどの静寂の中をひたすら歩いてエレベータホールにまで戻ってくると

「遅かったな」

その声に顔を上げるとそこにはボロボロになりながらも立ってる三人の姿があった。

「こっちはこっちで大変だったんだぞ!」

「あぁ、噛まれたアドンがとにかくもう駄目だ、駄目だってうるさくってな」

「俺はもう駄目だぁ、置いていけぇ!ってごね始めたりな!」

そういってイーサンとサムソンは笑い声をあげる。一方のアドンは

「あぁ、夢なら覚めてくれ」

と言った調子だった。そんなくだらない光景に思わず私も笑みがこぼれる。

それを見た三人は驚いた様子で

「お前が笑ったところ初めて見た」

「…帰ろう」




あれから数か月。私は桜の咲き誇る日本に居た。

「本当に日本で一人暮らしするのか?」

そう尋ねてくるイーサンのもちろんと返す。

「そのための書類も用意したし、カバーストーリーもあるから特に問題なんてないわよ」

そう言って私はイーサンに書類の入った茶封筒を見せる。

「部屋も借りたしこれで晴れて独り立ちってね」

「なぁ、もし気が変わったらいつでも戻って来いよ」

「そうね考えておくわ」

そう言って歩いているとバス停まで到着する。そこにちょうどタイミングよくバスが到着する。

「本当に空港まで見送りはいらないの?」

「あぁ、ガキじゃないんだから気にすんな」

そう言ってイーサンはバスに乗り込む。

「あ、そうだった」

イーサンは、はっと思い出した様に振り返り

「なんかあったらすぐに呼び出すから覚悟しとけって社長が言ってた」

私は鼻で笑うと分かったと言って手を振る。

するとバスの扉が閉まり発進して行く。それを見送りその場を立ち去ろうとした時だった。

「ナナ…ちゃん?」

その聞き覚えのある声に振り返るとそこには一人の少女が立っていた。その少女は黒に近い茶色のボブカットに幼さの残る顔立ち。私はその少女をよく知っていた。

「可奈美?」

「ナナちゃん!」

そう言って勢いよく抱き着いてくる彼女を私は全身で受け止める。

「馬鹿!ずっと、ずっと!心配してたんだよ!」

「可奈美…どうしてここに?」

彼女は体を離し目に涙を浮かべながら言う

「大学への進学でこっちに一人暮らしすることになったの、それで街を歩いてたら…ナナちゃんを見つけた」

彼女は涙を目に浮かべながら眩しいほどの笑顔を見せる。

力いっぱい抱きしめられて彼女の熱を感じながら私も再会の喜びを噛み締めるのだった。

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