第二部

第8話 作られた怪物

なぜこんな事になっているのだろうか

私は、あの時であった少女とその母親と一緒に暮らすこととなった。

そして今、その少女 可奈美と一緒にお風呂に入ることとなり…

「はい、じゃあナナちゃん服を脱いで」

「…自分で脱げる」

そう言って私は身に着けていたボロ切れを脱ぎ捨て裸になる。

可奈美も一緒に服を脱ぎ浴室へ足を運ぶ。

「あ、その手足ってお風呂に入れても大丈夫なの?」

「…たぶん」

主任が作ってくれた特性の義手義足だ、防水もしっかりしてる筈。それに散々血塗れになったりしてるのに問題なく動くので大丈夫だろう。

「そっか、じゃあ背中流してあげるね」

可奈美はそう言って私を椅子に座らせてタオルにボディソープを染み込ませて準備をする。私はただ黙って言いなりになっている。なっているが、何かこれは心地が良い。

可奈美は鼻歌を歌いながら背中を洗い出す。

「かゆいところはありませんか~?」

楽しそうに聞いてくる彼女にNo.12の面影を重ねてしまう。彼女もこんな風に無邪気で可愛らしかったっけ。

そんな彼女を私は手にかけてまで生き延びた、その結果主任まで死なせてしまった。

再び悲しい気持ちが湧き上がってきた。その時だった。可奈美が背後から優しく抱きしめてくれる。

「何か辛いことがあったんだよね。泣きたいときは泣いて良いんだよ」

私は、その言葉に甘える様に再び泣き出してしまった。目を腫らし嗚咽を漏らして泣きわめく。その間可奈美はずっと私を優しく抱きしめてくれた。私はその温かさに甘えた。

「…もう大丈夫」

そう言うと可奈美はゆっくりと体を離して微笑んだ。


少し狭い浴槽に二人でつかる。

「痛くない?」

義手義足は固くゴツゴツとしたデザインの為押し付けると痛いのではないのかと思ったのだが

「大丈夫だよ。というかちょっと気持ち良いかも。ツボ押しみたいで」

ならよかった、義手義足も完全水没させても問題なく動くようだし。

「話したくなかったら、何があったか話さなくて良いからね。話したくなったらでいいよ」

可奈美はそういう。正直私も現実を受け止めきれず何から話して良いかも検討が付かない状態だったので

「…ありがとう」

そう小さくつぶやいた。


それはそうと、浮いてる。

思わず自分の胸元を見るとそこまではっきりとした凹凸は無い身体つきで、可奈美の方を見るとそこには水に浮くほど大きな山脈があった。確かNo.12もなかなかに大きかった気が…

しかし、そこまで大きかったら運動するのに邪魔にならないのだろうか?少なくとも私には邪魔になる未来しか見えないのだが。すると私の視線に気づいた可奈美は

「…大丈夫、ナナちゃんはまだ成長期だからあきらめないで!」

励まされてしまった。

というか、この子私の身長や身体つきで私を子供扱いしてるのでは?

確かに可奈美は私よりも身長は大きく150㎝くらいはあるし、出るとこ出て引っ込んでるところは引っ込んでる女性らしい身体つきをしてるけど…

「…一つ聞いて良い?」

「何?なんでも聞いて良いよ」

「可奈美は何歳?」

「え?15歳だけど、今年高校受験」

主任曰く私の年齢は16歳くらいとの事だったけど…そのことを可奈美に伝えると

「…え?年上?」

そう言って固まる。

「ごごご、ごめん!てっきり年下だと思って子供扱いしちゃった」

「いや、気にしなくていいよ、一つしか違わないし」

この国は、年功序列に結構気を遣うって教えられたけど。ここまでとは。

改めて自分の体を見る。確かに幼い身体つきと言われても仕方ないかもしれない。被検体の中では最も身長は低かったし。年齢平均的にも低いのだろう。この手足で146㎝くらいだっただろうか、正直これ以上身長が伸びる展望が無いのだが。これからずっと身長の事で子ども扱いは受けそうだ。


風呂から上がり、服がないことに気が付く。

「あ、あれボロボロだったから捨てちゃった。可奈美のおさがりになっちゃうけどそれ着といて」

そう言われてあった服に目を通すと

「…これ…を?」

どう見ても子供服。尚且つギリギリ着れそうなのがまたなんとも言えない。

何も言わず袖を通し鏡の前に立つ、ワンピースとこの義手のミスマッチ感が酷く横で見ていた可奈美は必死で笑いをこらえてる。

「明日ちょうど休みだし、ナナちゃんの服探しに行こうか」

私はその提案に黙ってうなずくが、私この格好で出かけるの?


翌日

この洋服店に来るまでなかなか周囲の視線が気になったが、何とか着替えることに成功した。

ジーンズにTシャツ、さらにはレザージャケットを羽織って試着室を出ると

「うわぁ、カッコいいね」

外で待ってた可奈美がそういう。

「でも、もっとかわいい服とかじゃなくてよかった?」

「この手足で?」

そう言ってジャケットの袖口から義手を見せる。

「アハハ、難しいかぁ」

「それにこっちの方が動きやすい」

「じゃあもう少しだけ買って帰ろうか」


しばらく買い物をしたのちにファストフードを食べる流れになり、カウンターで注文を済ませた後に席に三人で座り商品がくるのを待つ。

「なんだかすみません、私の為に色々と」

「気にしないでいいのよナナちゃん」

そう言って可奈美のお母さんも優しくしてくれる。

「…私にできることがあったら何でも言ってください。私頑張ります」

「気にしないでいいのに」

この家族は、どうして得体のしれない私をこうも容易く受け入れてくれるのだろうか…

わからない。今思えば私はこの世界の事は教科書でしか知らない。人の心の機微を読み解くのも苦手な私。

でも、これが心地よい所だってのはわかる。まるで主任のそばにいたときみたいに。

ふと、離れた席の人物に目が合う。…どこかで見たような。

「ごめんちょっと席はなれる」

私はそう言って席を離れ、その人物の下に近づいていくとその男は一生懸命顔を逸らそうとする。

「…新入りさん、どうしてここに」

そう、この男はあの日の夜私と共に山の中を駆け回ったあの男だ。

「…だから嫌だったんだよ」

小言を言う男の前に陣取り顔を覗き込む。

「あぁ、もう!社長にお前を見張っとく様に言われたんだよ!」

どうやらあの教官に言いつけられて私を見張っていたらしい。

「んで、あの家族はなんだ?」

そう言われて私は男は睨みつける

「べ、別にどうしようとか言うわけじゃない。ただどういう関係か聞きたいだけだ」

私は少し考えて

「行きずりの関係?」

「はぁ?」

「とにかく、あまり私たちに干渉しないで」

「そのつもりだ、遠目で見とくくらいだから気にするな」

私は席を立ち、可奈美の所へ戻る。

「知り合い?」

可奈美は好奇心満タンの顔で聞いてくる。

「あんまり親しい人間じゃない。共通の知人がいるくらいの認識」

「なんだったら、あの人もこっちに呼べば良いじゃない」

「御免被ります」


その日の晩与えられた部屋で寝支度をしていると、可奈美が部屋にやって来て。

「ねぇ、今日は一緒に寝ない?」

そう尋ねられたから私は良いよと答えると、やったと小さく喜んで部屋に入ってくる。

布団を敷いて二人で潜り込むと少し狭く感じる布団の中で可奈美の息をまじかに感じる。

「ありがとう、こんな得体のしれない私を受け入れてくれて」

「気にしないでいいよ。困ったときはお互い様。それにね、お父さんが言ってたんだ。困ってる人を見て見ぬふりするのは駄目だって」

そう言って、彼女は少し悲しそうな顔を浮かべた。

「わたしのお父さんね、11年前の震災で死んじゃったの。地震で倒壊して火災まで起きた現場で最後までみんなを助けてた」

「立派な人だったんだね」

「うん」

私とは真逆の人間。私は他人を殺すことで人を助けようとしたのだ。

「私の手足もその震災で失ったんだ」

可奈美はえ?という表情を浮かべたがすぐに聞きに徹してくれた。

「私はその震災で手足と記憶を失って、それより前の事が思い出せなくて…でもそんな所から私を助けてくれた人がいて、新しい手足もその人がくれたんだ。でも…」

ポッド越しの主任の顔を思い浮かべる。あれが永遠の別れになるなんて思ってもいなかった。

「…ナナちゃん」

「…死んじゃったんだ。守り切れなかった。私の所為で…」

「自分を責めちゃ駄目だよナナちゃん!」

可奈美はそう言い切る

「その、なんて言うかうまく言い表せないけど、その人も自分の所為でナナちゃんが思いつめるような事になって欲しくないと思ってるよ!」

精一杯の言葉で語る。

「大切な人だったんだね」

「うん」

可奈美は優しく抱きしめて背中をトントンと優しく叩いてくれる。

「私はそばに居るよ」

そうして二人で深い眠りに落ちて行くのだった。



マシュマロ

その柔らかい感触が顔面に押し当てられる。その程よい柔らかさに心地よさをも覚えるが、少しずつずれて呼吸が難しくなってゆく。

あまりの苦しさに目を見開くと、眼前に広がる可奈美のマシュマロのような山脈。腕を後頭部に回されしっかりとホールドされた態勢になっており、思わず可奈美の背を叩くと

「うーん」

そう唸った後に締め付けが強くなりますます苦しくなる。私は必死に背中を叩き可奈美が起きるのを促す。

「うーーん」

冗談ではない!早く起きて!窒息する!たぶん死なないけど!死ぬ!

そうやって何とかして可奈美を起こす。…起きるころには私はぐったりしていた。


「ご、ごめんね!」

土下座までして謝ってくる可奈美に私は気にしないでってただ言い続けてる。

「うん、気にしないで。私もわかった事があるから」

「分かったこと?」

「窒息するって事」

「ごめん!」

そんなやり取りに思わず笑みがこぼれる。

こんな何でも無い事に幸せを感じる。それはとても素晴らしい事なのではないのだろうか。

「そうだ、私は今日から学校だけどナナちゃんはどうするの?」

「うーん、家の手伝いをする」


手始めに庭の草取りをする事となった。

「ナナちゃんありがとうねぇ、私も仕事に行ってくるからよろしくね」

「行ってらっしゃい」

そう言って可奈美のお母さんを見送ると庭に目をやる。長い間手入れがされてなかったのか雑草が生い茂っていた。

「…すごい状態」

道具もないのでとりあえず素手で引っこ抜いて行くことにした。…義手だが

本来なら手ごわいであろう大きな雑草も片手で難なく引っこ抜ける。抜いた雑草は一か所に集めて置く。

しかし、多い。何か効率の良い方法はないものだろうか。

パイロキネシスやサイコキネシスが使えればまとめて処理もできたかもしれないが…

…なれない能力でボヤ騒ぎとか起こしても面白くはないか

とにかく今は地道にやっていくしかなさそうだった。

だが、思ったほど苦戦もせず3時間ほどであの雑草地獄が見違えるほどきれいになった。雑草で隠れてたが庭には花壇とかもあった形跡があり、どれほど長い間手が入ってなかったかを物語っていた。

手を洗い、今度は室内に入り掃除機を引っ張りだし掃除を始める。屋内もまともに掃除をされていなかったのか所々に埃が積もっており、手入れが行き届いてないことがはっきりと分かった。

これを見てもわかる。彼女たちは決して裕福な家庭とは言い難い。なのに私にここまでしてくれる。感謝してもしきれない。

…私はここに居ても良いのだろうか。

私は真っ当な人間じゃない。私は被検体。こんな生活をする権利はないのではないか。


「まぁ、すごい!」

可奈美のお母さんはそう言って感激していた。

結局丸一日かけて大掃除することとなった。たいして大きな家ではないが長年蓄積した汚れなどはなかなか手ごわかった。

「ただいまー」

そう言って可奈美も帰宅してきた。

「わー、なんかピカピカしてる!」

「ナナちゃんが掃除してくれたのよ」

「…結構疲れた」

「ご苦労様、ナナちゃん」

労いの言葉を受けて私はダイニングテーブルの椅子に腰かける。

「それじゃあ、ご飯の準備しますか」

「私は荷物部屋に置いてくるね」

とそれぞれの方向へ歩いて行く。

私はそれを確認するとテーブルにうつ伏せになることにした。




日中ふと気になったことがある。

そういえば、No.2の能力は『高速移動』だった訳だが、私が使ってるのはどうもそれと違う気がする。

というのもNo.1との戦闘の際、直線移動でNo.1の体をすり抜ける様に移動した事だ。それこそ瞬間移動の様に。

そう思い、窓際に立ってその能力を試しに使ってみる。いつも通り視界が伸びるような感覚の後移動が完了する。

時計を確認して移動時間は一秒未満、距離にして約1m、そして何よりも窓をすり抜けて移動している。

連続使用はできないみたい。最低12秒間はクールタイムが必要と。

そう言って能力を少しずつ解明して行く。

他に確認できる能力は『発電能力』

使用してみると帯電が始まる。それから放電してみると、3m程の距離までは雷撃が見えた。電圧等は測定する方法が無いため不明瞭。

ふぅと一息、こんなものかと。

せっかく庭に出て来たので少し体を動かす事にした。

準備運動からの格闘の基本動作に、側転バク転前転宙返りなどなど

「…すごい」

ふと声がして振り向くといつの間にか学校から帰宅した可奈美が部屋から私を見ていた。

「…見てた?」

「うん」

「どの辺から?」

「庭に出てきてから」

最初から見られてた!?

「すごいね!義手ビカビカーって電気も出るんだね」

!?

どうやらこの義手に放電機能があると思ってるらしい。まぁ、それくらいできてもおかしくないくらい機能満載な義手ではあるのだが。

「その機能ってどういうときの使うの?停電?」

「………心臓マッサージとか?」

苦し紛れに行って見ると、可奈美は目を輝かせて

「すごーい!ナナちゃんってレスキューか何かやってたの?」

なんて純粋な子なんだろう。なんだか騙してるようで罪悪感が…

「それに運動神経も良いんだね。私あんまり得意じゃないからうらやましいな」

「それは…」

可奈美の身体つきを見てそんな重りを二つも付けてればなどと思うが口には出さない。そんなこと言えば、まるで私が僻んでる様に見えるからである。

「少し練習すれば可奈美もできると思うよ」

「うーん、無理だと思うな」

「物は試し」

そう言って可奈美を庭に誘い出し、一緒に体を動かす。が…


「ぎゃふん」

可愛い声をあげてしりもちをつく可奈美

「ここまで運動神経が絶望的とは…」

予想外だった。誰でもこれくらいはできるだろうということが全くできない。

「もー、だから言ったのに私運動音痴だって」

「だとしてもここまでとは思ってなかった」

「ぶー」

そう言って可愛い膨れっ面を見せる。

「今日はこれくらいにしときましょ」

そう言って家の中に入って行くのだった。



浴槽に使ってここ最近の事を思い返す。

あの日以来荒事とは無縁の日常が続いてる。遠目で監視されてるのは気になるが。

こういうのを平和と言うのだろうか。研究所に居た時には想像もしてなかった。

日々訓練。外に出たら実戦に投入されるだろうとばかり思っていた。常にどうやって人を殺すか、生き延びるか、どうやって潜り込むか。そんなことばかり考えてた。

今は、明日は何しようか、今日の晩御飯はなんだろうかとか、とりとめのない事ばかり考えて居る。

これが主任と一緒だったらよかったのに…

「ナナちゃーん」

突如として脱衣所から可奈美の声がする。

「何?」

「私も一緒に入っていい?」

「いいよ」

承諾をすると可奈美はえへへと笑いながら浴室に入ってきた。

「…そうだ、今日は私が背中流すよ」

そう言って浴槽から出て可奈美の背後に回る

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

タオルにボディソープを取り泡を立てて可奈美の背中を洗い始める。

「なんだか、ナナちゃんが初めて家に来た時の事思い出してね。あの時とは逆だけど」

「そうね」

優しく可奈美の背中を洗う、その綺麗でハリのある肌をできるだけ優しくなでる。

「可奈美、私…私はきっと可奈美が思ってるような子じゃない」

「?どういうこと?」

「私は…」

そこで言葉に詰まる。果たして本当の事を言って受け入れてもらえるだろうか?

私は被検体No.7。人とは呼べない怪物だということを受け入れてもらえるだろうか?

「ナナちゃん」

可奈美は振り返り私の止まった手を優しく包み込む。

「無理に言わなくてもいいんだよ」

「うん」

その優しさに甘えたくなる。まるで主任と一緒に居たときみたいに、甘えたくなる。



私の、その甘えがいけなかったのか…



「ありがとうね、ナナちゃん。買い物の荷物持ち頼んじゃって」

「これくらいなんともないです」

買ったものを両手に抱えて、お母さんが扉を開けるのを待つ

「あら、鍵が開いてる。可奈美が帰ってきたのかしら?」


その様子に妙な胸騒ぎがする。


「ただいまー、可奈美帰ってるの?」

返事はない。私は荷物を玄関に置き耳を澄ます。すると微かに…

私は駆け出し可奈美の部屋に駆け込む。そこには…


そこには可奈美と覆いかぶさるように可奈美を押さえつけてる男の姿があった。


可奈美の服装は乱れており、顔は散々泣きはらしたのであろう、目が腫れていた。

「ナ…ナ…ちゃん?」

その光景を見た瞬間はじけたように体が動き出す。

私は全身全霊の力で男の脇腹に蹴りを入れると、男は窓を突き破り庭に飛び出していく。すかさず私も庭に飛び出し男の上に馬乗りになる。

「ひッ、た、助け…」

その顔面に拳を突き立てる。容赦などなく、何度も何度も叩きつけていく。


可奈美を傷つけた。許せない!


拳を叩きつける度に今までの事がフラッシュバックしていく。No.12の事。No.10の事。他の被検体の事。主任の事。


私の守れなかったもの。守りたかったもの。


「ナナちゃんもうやめて!」

その声に我に返る。目の前には顔面が完全に変形して息絶えてる男と、その血で汚れた私の両手。

ゆっくりと男から離れると、可奈美の方を向く。

「…ッ」

可奈美は酷く怯えていた。私はそれが少しショックだった。

これが私の本性なのだ。殺してしまった。それなのに私はその事実にはなんとも思ってはいない。

「…可奈美、これが私」

「…え?」

「私は、人殺しなの」

私の告白。

「何…いってるの?」

「私の平穏は似合わなかったんだ。もっと早くに気づくべきだった。そうしたら可奈美もこんな目に合わなかったかも」

「そんな!そんなことはないよ!」

「私は、本当の私は…」

深呼吸をする。

「私は被検体No.7。同胞を食い殺して、大勢の命を奪った。私は作られたフランケンシュタインの怪物なの」

「何言ってるのナナちゃん?わからないよ」

「…ここにはもう居られない。人を殺してしまったから」

ゆっくりと男の遺体に近づく

「待って」

「警察に連絡して、このあたりに殺人鬼が現れたって」

「待ってって言ってるの!」

「…待てない」

私は男の遺体を担ぐと振り返る。

「ご迷惑をおかけしました。そして、今までありがとうございました」

そう言うと私は能力を使ってその場を離れる。

「ナナちゃん!待っ…」

すぐにその声は聞こえなくなった。


そうだ、私は日の当たる道を歩む事なんて許されないんだ。

私は、宵闇を歩くものナイトウォーカーだ。





それからの私の行動は早かった。

まずは男の遺体から身分証明書で住居を確認して、財布から現金を抜き取る。

次にその男の住居に入り込む、そこはごみが散らかっており本当に人が住んでいたのか疑いたくなるような惨状だった。

そこを少し漁ると

「あった」

謎の粉末と吸引器具。他にも注射器にパイプ。

「ぶっ殺してやる」


麻薬の売人を見つけ出して締め上げ、大本の組織まで案内させて殺した。そしてその組織の人間は例外なく全員殺した。次にその組織に麻薬を下ろしてた連中や同業者を探し出し殺した。するとこの国以外に足を延ばす事となったが気にせず世界各地でマフィア、ギャング問わず皆殺しにして回った。時には麻薬畑を町ごと焼き払い殺した。

殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して


殺して回った。


そんな生活を約二年間過ごしていた。

そしてたどり着いたメキシコで私は大勢の人間に囲まれていた。

正面には白いスーツに身を包んだメキシコ人の男、この組織にトップらしい

「随分と暴れまわったな」

そう言って男は傍にあった机に腰を掛ける。

「まさかメキシコの麻薬組織を根こそぎやっちまうとはな。それに今世間を通称正義の味方ってお前の事じゃないのか」

爪が甘かった、故にこんな大勢に囲まれることになったが問題はない。この程度なら皆殺しにできる。しかし一番妙なのは


誰一人殺気立ってない事


「不思議だって顔してるな」

その言葉に反応して私は男を睨みつける。

「まぁ、話を聞け。俺たちはお前に感謝してるんだ」

「訳が分からないって顔をしてるな。家の人員は誰一人傷ついてない。なのに他の組織が全部なくなってくれた。つまりメキシコは俺たちの物って事だ」

こいつもやっぱり

「俺は悪人だよ、それは隠すつもりも理由もない。それはお前も同じことだろ?」

「違う」

「違わないさ、お前もまともじゃない。何人も殺しておいて顔色一つ変えないんだからな」

男は構わず続ける。

「まぁ、俺も最初はお前の事を正義だなんだって青臭い理想を掲げて暴れまわってるやつだと思ってたがな。だがなんか違うな」

そう言って一枚の紙を取り出す。

「あー、『天誅』だったか?確か日本語だったよな天に代わって罰を下すって意味だったか?」

確かに私は殺した後に必ずその文字を書いて残してきた。そうすれば嫌でも誰かが消して回ってることだ簡単にわかるから。

「こんな真似、なんでした?」

「…関係ないでしょ」

「あぁ、関係ない。俺がただ言いたいのは、もう手を引け」

「何言ってるの?」

「もう十分暴れただろう?それにお前がどんなに頑張ったってこの世界から悪が消えることはない。お前の戦いは終わらないって事だ」

「それがどうした」

「本当にそれを望んでるのか?んー違うなわかった、八つ当たりだろ」

思わず顔に出る。

「あたりか」

確かにこれは八つ当たりだ、最初の男に薬物の痕跡があった。だからその矛先が麻薬に向いただけだった。そうでなかったらたぶん違う方法で八つ当たりをしていただろう。

「一ついい事を教えてやろう、お前のこの行動そのうちツケを払う事になるぞ」

「当然だ」

「そうならない様によ、家で働かないか?」

この男は一体何を言っているのだろう。

「断る」

「そうか、お帰りだそうだ」

男がそう言うと部下が道を開ける。

「?どういうつもりなの」

「これ以上関わり合いにならない方が身のためってな」

「どういうこと」

「すぐにわかるさ」



すぐに分かった



私はとある人物に連れられあるところに来ていた。

そこに居たのは、とても懐かしい顔だった。

「ぶぅわっかじゃねぇーの!?」

二人っきりになるなり教官に大声で怒鳴られた。

「二年間急に音沙汰なくなったと思ったら、今度はなんだ!?急に現れて!?一緒に来た男はCIA!?厄介なもんに目をつけられてんじゃねぇよ!!」

「CIAだけじゃなくて世界各国の諜報機関に見張られてるらしい」

「尚悪い!!」

まぁ、それだけの事をやらかしました。冷静になるととんでもない事をしたという自覚はあった。

というか、一年目過ぎた時点で結構我に返ってた気がしないでもない。

教官は机に脚をかけると頭をかいて

「イーサンから見失ったって報告を受けた時にはどうしたものかと思ったが」

少し思案した後

「しょうがない、お前これから家で働いてもらうぞ」

「…いや」

「そんな権限ねぇよ!いいか!これからはお前の上司は俺だ!あいつの遺言にもそれで答えるからな!」

あいつ…主任の

「遺言?」

「あぁ、もしもの事があったら面倒見てやれって言われてたんだよ!ったくそれなのに」

主任…

その時部屋にノックが響く

「来たか入れ」

そう言って入ってきたのは

「あ、新入りさん」

「もう新入りじゃない!」

入ってきたのはなんだかんだ縁のあるあの男だった。

「イーサン、お前がここでの面倒は見てやれ」

「は!?」

「一夜を共にした仲だろ?」

「まじかよ…」

「…よろしく」

こうして私は新しい場所にたどり着いたのだった。

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