第6話 蠱毒の子供

最終実験の結果

生存者 No.7

それ以外の被検体11名 死亡確認


その結果は多くの研究員を驚愕させた。



目を覚ますとそこには見慣れた天井が広がっていた。

体の疲れはすっかりなくなり、あんなに酷かった頭痛も今はもうしない。ただ…


ただ、とても静かだ


いつもこれくらい静かだった気がしたが、それがいつも以上に寂しくも感じる。

半身を起こし、あたりを見渡す。今は誰もいないらしい。

そして、最終実験の事を思い出す。あの四時間弱の出来事は生々しいほどハッキリと思い出せる。

そうして事実を確認する。私はやってやった。やってしまった。これが私の選んだ結末だ。だけど、どうして、心はこんなに痛むのだろうか。No.12


私は、間違ってしまったのだろうか…


そんな事を考えていると、主任が部屋に姿を現す。

「ナナ!気が付いたのか!」

主任は安堵した表情で私の下にやってくる。

「丸一日寝ていたから心配してたんだぞ」

どうやら、あれから一日たっているらしい。と言うか、私はいつ頃気絶したのだろうか。

No.1との勝負に決着をつけたとこまでは覚えているが、その後のことが少し曖昧になっている。

だから、私は実験の結果を主任に聞くことにした。

主任は少し躊躇った後に話してくれた。


11名 全員の死亡を確認


分かり切っていた、全員に手をかけたわけでは無いが、そのほとんどは私が殺した。

殺してない相手でも何のためらいもなく心臓を引きずり出した。

No.10もNo.12も

もう居ない。

そう思うと心が痛む、私は二人を裏切ったのだ。

後悔はしていないのに、心が痛む。

もうあのNo.12の笑顔は見れない。


「ナナに確認したいことがある」

主任はそう切り出した。

「他の被検体の能力をお前は引き継いだのか?」

私は少し考えた後に

「…たぶん」

そう答えた。

「たぶん?」

「あの実験中に試したのはNo.2の瞬間移動とNo.5の五感強化、No.9の発電能力とNo.12の再生能力しか使用実感はわからなかった」

「それ以外は?」

「No.3の『サイコキネシス』No.4の『熱量吸収』No.6の『パイロキネシス』は使い方がわからない、No.1の『筋力強化』No.8の『反射神経強化』は基礎身体能力向上だから常時機能してるのかもしれない、No.10の『読心術』は機能してないのかもしれないけど、相手の行動をなんとなく直感的に感じる事ができる様になった」

「No.11は?」

「私自身に実感はないけど…」

試しにその能力を使ってみると、主任は驚いた表情を見せて今度はあたりを見回し始める。

「ナナ?どこに行った?」

「ここに居るけど」

話しかけると、主任は私に気づいたような様子を見せ

「…ずっとそこに居たのか?」

そんなことを聞いてくる。

話しかけると効果が切れるのか?もう一度使ってみて今度は主任の後ろに回り込み肩を叩いてみる。

するとそこでようやく気付いたみたいで振り向く

どうやら私が話しかけたり触ったりなど干渉すると効果が切れるらしい。複数人相手だとどうなるのか気になるが…

「…とにかく、すべての能力を使えるようになった訳じゃないのはわかった」

私はベットに腰を掛け直し主任と向かい合う。

「後は」

そう言うと主任は鏡を見せてくる。

そこに写る私の姿は、白かった髪は薄い金髪になっており瞳の色も茶色でも赤でもなく金色になっていた。

「この短時間でそんな変化が起きてる。ほかに体に違和感とかないか?」

違和感などはなく、むしろ調子がいいくらい。その旨を主任に伝える。

「…そうか、なら良いんだが」



ナナとの小一時間問答を繰り返し、俺はいったん部屋を後にする。

「ふぅ…」

相変わらずナナのメンタル面は分かりにくいが、気持ち落ち込んでるような感じが伝わってきた。

「普通堪えるよな」

ポケットから煙草の箱を取り出し中をのぞく、そこには数本の煙草と一枚の折りたたまれた紙。それを手にある場所に向かう。

その紙に書かれていたのは、外部との連絡手段ととある連絡先。

その紙の指示に従ってサーバールームの壁の一部を外し内部配線を確認する。そこには、施設内ネットワークのほかに外部ネットワークにアクセスする為のポートがありそこの回線を使って外部に連絡が取れるようにする方法だった。

つまりは、ここの研究結果は外部の人間がアクセスすることができたというわけだが…

「統括管理者か…」

おそらく施設外でここの研究結果を見ていたのだろう。

当然と言えば当然か、なんせ管理者なんだからな。本当の顔は一体何なのだろうか。直感でしかないがあれは碌な人間ではない気がする。

しかし、あのおっさんなんでこんな事知ってるんだ?

ここには確か教官として仕事に来たって言ってたが、この施設について調べまわってたのか?

ともかく連絡が付けば後の憂いはなくなる。

そうだ、ここからナナと共に脱出するんだ。その為に準備してきたんだ。


サーバールームを後にすると、帰り道人に道を阻まれる。

「こんな所で何をしている」

その男は、管理者の男だった。周りに武装した兵士も一緒に道を阻んでいた。

思わず身構えてしまう。しかし

「まぁ良い、実のところ君に用事があって探していたのだ。No.7は研究室かね」

「…はい」

俺はそのまま研究室まで連行されるのだった。



主任は、気に食わない男と一緒に部屋に戻ってきた。

確か、統括管理者とか言ったっけ?その顔からは胡散臭さがにじみだしている。

「やぁNo.7調子はどうかな?」

管理者を名乗る男は気さくに話しかけてくる。

私は適当に返事をする。

「ふむ、それは良かった」

男は「さて」と話を切り替える。

「ここに来たのは他でもない。君に解任の通達を持ってきたのだ」

「解…任…?」

解任?主任が?

「そうだこれまでよくやってくれた。これからはNo.7の研究は私が引き継ぐ」

何それ?冗談じゃない

「…なッ、これからの研究?これ以上ナナに、No.7に何をさせる気ですか!?」

激高し食って掛かる主任だったが、カチャリと音がしてそこに目をやると男が主任に銃を突き付けている。

「君も無事にここから出たいと思わないか?」

主任は歯を食いしばり男を睨みつける。

「おとなしく従えば、君も、君の助手も無事に外に出られる。元の部署に戻れる様手配もしよう」

主任は黙ってこちらを見る。

私はどうする?今私がとるべき行動は…主任の安全

「…本当に主任は無事にいられるの?」

「ナナ!」

「No.7は聞き分けが良い子だな」

これで、主任が無事なら

「…ナナは渡せない」

思わず主任を見る。何を言ってるの?

「これ以上ナナをこんな所に居させない!」

「残念だよ」

私は咄嗟に飛び出し手を伸ばす。男の手に持たれた拳銃から弾丸が放たれ、その弾丸は私の伸ばされた手に当たり弾道の逸れたそれは主任の大腿部に命中してしまう。

「くぅッ」

「主任!!」

主任に駆け寄ろうとすると近くに居た兵士にそれを阻まれる。

「あまり手を焼かせないでくれるかNo.7」

そう言ってリモコンを取り出す。あれは、

私は構わず一歩踏み出すと、男は躊躇なくスイッチを押す。

すると、視界がゆがみ意識が遠のく感じがし膝から崩れ落ちる。だが、寸での所で踏みとどまる。

「何!?」

管理者は驚愕の表情を浮かべ一歩後ずさる。

私は、チョーカーを両手でしっかり掴んで力を籠める。するとまた何かが注入される感覚がするがお構いなしに引き千切る。

肩で息をしながら引き千切ったチョーカーをそこらへんに投げ捨てる。

ゆっくりと顔をあげ周りの人間を睨みつけると一斉に一歩後ずさる。

「…ナナ」

私は一番近くの兵士に駆けより殴りつけて銃を奪い取る。それと同時にもう一人傍に居た兵士に銃弾を叩き込む。

「所長!避難を!」

兵士の一人が叫び、促されながら退室して行く。

逃がすか、そう思ったがそれよりもしゃがみ込んる主任に駆け寄る。

「主任!」

銃弾の当たった太ももからはとめどなく血が溢れている。

「止血しないと!」

私は戸棚から救急キットを引っ張り出して応急処置を始める。

「…ナナ、ここから逃げるぞ」

「でも、その傷じゃあ」

「大丈夫だ」

そう言って主任は立ち上がる。右足を引きずりながら歩き、引き出しから一つの書類を取り出す。

「ナナ、これを見ろ」

そこには緊急避難時避難マニュアルと書かれていた。

「ここを見ろ、緊急脱出用の個人ポッドがある。ここはずっと地下だと思ってたが、海中だったんだ」

「分かった、主任も一緒に」

「俺は置いていけ」

「駄目!」

「足手まといになる!」

「私が守る!」

「ナナ!!」

「ぜったい嫌!!引っ張ってでも連れてく!」

そこまで言うと、ようやく納得してくれたらしい。

私は傍に倒れてる兵士の遺体から予備のマガジンを取りマシンガンの残弾を確認する。

「準備完了、主任いつでも」

そう言うと主任は頷く。

ゆっくりと廊下を覗き込むと、ババババッと発砲音を響かせ銃撃される。やはり、外では待ち伏せされてる。

確認出来ただけで右に四人左に三人だった。深呼吸をしてタイミングを計る。銃撃の切れ目で思い切って外に飛び出し的確に必要な数だけ弾丸を打ち込み兵士をまず四人打ち抜くと体を翻し今度は逆サイドの敵を打ち抜く。振り返るタイミングで脇腹に二発ほどもらってしまった。傷口に指を突っ込み体内の弾丸を抉り出す。その時激痛が走ったがすぐに傷口は塞がった。

「主任!今!」

主任は右足を引きずりながら出てくる。それと同時に遠くから複数の足音が聞こえてくる。どうやら増援も到着したらしい。

私は主任に肩を貸すとさっき見た避難経路に向かって歩き出す。

「そういえば、あのチンピラは?」

「あいつなら大丈夫だ、この騒ぎに合わせて逃げる筈だ」

なら良いのだが



数回の遭遇戦を制し何とか目的地の目前まで迫ったが、やはりここは守りが固かった。

「主任ちょっと待ってて」

私はそう言うと、曲がり角から様子を窺う。人数は八人、残弾を確認する。残り八発。

「一人一発…」

よし、行ける。角から飛び出し敵に向かって駆けだす。それに気づいた敵に合わせてパンパンッと二人的確に頭を打ち抜く。ほかの敵がこちらに向かって発砲する。体に当たりそうな弾だけを左手でガードして弾丸を弾き、足元に滑り込んで足払いをかけると二人が転倒し、そのままの態勢で立っている三人の頭を打ち抜く。

仰向けの状態から一思いに飛び起き銃床で脇腹を叩きつけて怯んだ所に一発打ち込む。その後床に寝てた二人の頭を打ち抜き残弾ゼロ。空になった銃を投げ捨てて主任をこちらに呼ぶ。

「…さすがだな、ナナ」

そう言って扉を開けようとするが、ロックされてるらしく

「くッ、開かない!」

そうこうしている内に後ろから増援が来たので、咄嗟に間に割って主任の盾となるが

「ぐあぁッ」

私の体で主任の体を覆い隠す事が出来ずに背中から脇腹に銃弾を受けてしまう。

私もガードをするが何発も銃弾を体に受けて血を流しその度に激痛が走る。

その時不意に思いついた。咄嗟に左手を突き出して帯電を始める。出来る限り出力を上げてみると、弾丸が少しずつ弾道がそれ始める。それを目の当たりにした兵士たちは驚愕し一瞬銃撃が止んだ。私はその一瞬を見逃さず左拳を扉に叩きつけてパイルバンカーを使用する。

ガァアアンッと大きな音を立てて扉は変形しながら吹き飛び、すかさず主任と共に部屋の中に飛び込む。

飛びのいた直後に銃撃が再開されて外には出れなくなる。それよりも

「主任!」

出血は止まらずその顔は苦痛に歪んでいた。

「あぁ、どうしよう。止血しないと…」

そう言って近くを見渡すが治療できるようなものは見当たらない。自分の格好を見ても銃撃でボロボロになった薄い検査着しか身にまとっておらず、使えるものは何一つない。

「い、良いんだナナ」

主任はそう言うとフラフラと立ち上がり避難用ポッドの方へと歩いて行く。

私は、廊下をそっと覗き込むと再び銃撃が始まる。チラッと見た感じだとゆっくりと間合いを詰めてきているらしい。

「ナナ!…こっちへ!」

主任はポッドの準備を終え私を呼びつける。

「早く乗るんだ!」

「主任が先に…」

「良いから乗るんだ!!」

始めて主任に怒鳴られた気がする。

「君をあんな奴に絶対渡すわけにはいかないんだ!」

私は初めて見る主任の形相に戸惑いうろたえていると、主任は優しい表情をして。

「大丈夫、俺も君の後に隣のポッドで追いかけるから大丈夫」

少し戸惑った後にポッドに乗り込むことを決めた私は、主任に促されながらポッドの中に入る。

「君はもっと世界を見る権利があるんだ。こんな所で本当の空を知らずにいる必要はないんだ」

ポットのハッチが閉まる。ハッチに備え付けられた窓から主任の顔がのぞく。

「ナナ生きろ!誰の為とかじゃなく自分の…!」

その時銃声が轟き主任の言葉が遮られる。

「主任!!」

私は思わず声を上げる。

「…自分の為に!…生きろ!ナナ!」

ポットがガコンッと音を立てて動き出し急速に主任の顔が離れていく。

「主任!!駄目!!」

そしてその顔はもう見えなくなった。



「誰が撃ち殺せと言った!!」

怒声が聞こえる。近くで発せられてる筈なのに随分と遠くの所で聞こえてる気がする。

俺の体を誰かが仰向けにする。ぼやけた視界にあの男の顔が映る。

「助かりそうか?」

「駄目です、既に手遅れです」

何もかもが遠く感じ、全身に力が入らず感覚も朧気になり、そして寒い、とても寒い。

そういえばあいつはアレを取りに行ったっきり姿を見せなかったな。なんだかんだ言っても要領のいい奴だったし、感も良いやつだったからうまくやっただろう。

遠のく意識の中いろいろな事を思い出していく。ここに来る前の事。ここに来た時の事。ナナに手足を与えた時の事。いくつもの事柄が走馬灯のように浮かぶ。


こんな事をしてるツケってのはいつか払うことになる


その言葉を思い出す。これが俺の行って来た事のツケなんだろうか。

ナナと青空の下駆けまわったり、星空を見上げて星座を教えてあげたりとか、そんなこと夢見てたんだけどなぁ

ナナには知って貰いたかった。世界にはきれいなものや素敵なものもたくさんあるんだって教えてあげたかった。

本当に…


俺は…



どうしようもない…





ここまで…








ナナ…














願わくば…




















少しふわっとした感覚が全身を襲い、ポッドが海面に到着した事を伝える。

私は、ポッドのハッチを開けると身を起こしあたりを見渡す。遠目に陸地が見えて、反対方向は水平線に太陽が身を隠そうとしていた。

「これが本当の外」

始めて感じる潮風に交じり一筋のしずくが私の頬をなでるのだった。

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