第4話 不安定なNo.7

目の前にいる男は身長180㎝程もある白人の大男。146㎝しかない私から見れば見上げるほどの大きさで、筋骨隆々の彼は私を見下すように立っている。

彼はNo.1

その名を表すように私たち被検体の頂点に立つ存在。最強の男。

「始め」

短い号令とともに互いに構える。

筋肉の塊の太い腕から繰り出される拳は、一撃で私をノックアウトするのに十分な力を持っている。尚且つ彼の能力は至極単純で『筋力強化』単純明快だが、純粋に力が強く技量も高いとこれほど厄介な相手は居ない。

寸での所で拳をかわし続け相手のスキを伺う。このNo.1はここ一番で大振りになる癖を持つのでカウンターは楽、その拳をかがんでかわし、脇腹めがけ右の手刀を叩き込むのだが、厄介なのが…


バキッ


「あ、壊れ…」

思わず漏れた言葉を言い切る前に顔面に強烈な痛みを感じる。その次の瞬間には天地が逆転し頭部を思いっきり地面にたたきつけられる。

その衝撃で世界が回るような感覚を与えられ、目を白黒させてるとNo.1は近づいてきて

「自分の腕を壊すほどの力で殴る馬鹿が何処にいる!」

そういうと、ズシンズシンと言わんばかりの足取りで私から離れていく。

そう、厄介なのが筋力強化の副産物の筋肉の硬貨。この三年の結果からその硬度はライフル弾もはじき返す程の硬度を誇る。

「ざまぁねぇなNo.7!」

「お前ごときがNo.1にかなうわけないよなぁ!」

ここぞとばかりに罵声を浴びせてくるNo.3とNo.4すると

「お前らやかましいぞ!こいつは俺に負けたんだ!お前らに負けたわけじゃない!」

No.1がそう一喝するとたちまち静かになる。それを見届けるとNo.1は訓練室を後にする。私は、それを眺めながら鼻血を拭く。

「No.7大丈夫?」

いつもの様にNo.12が駆け寄ってくる。私は大丈夫と短く返事すると立ち上がりそのままNo.12を残して訓練室を後にする。


折れた右腕を眺めてため息をこぼす。

主任が作ってくれた義手をまた壊してしまった。一体どうすればNo.1に勝てるのか最近はそればかり考えている。

No.1どころかNo.2にも勝てない現状ではあるが何か手段があるはず、勝つことができなければ私は…

そこまで考えて頭を強く降る。この三年間であの衝動は日増しに強くなり、日常の大半は同じ被検体の倒し方を考える始末になっていた。

「調子悪そうだね」

そう語りかけてきたのは、唯一このことを知るNo.10である。

「そう見える?」

「まぁ、大丈夫そうには見えないかな」

まったく本当に隙の無い男だと思う、こいつも勝てない男の一人ではある。

「またそんなことを考えていたのか」

「やっぱり、主任に言った方が良いのかも」

「そんなことすれば君は…」

「それは、お前の都合だろ!」

思わず大声をあげてしまう。そう、この男は

「お前は、No.12を取られるのが嫌なんだ!あれは、私のモノだ!」

そこまで大声をあげてハッと我に返る。

「…ごめん」

それだけ伝えると私はその場を後にした。



ナナが義手を壊すようになって3年、これは訓練方針が各々の能力開発に主力を置かれるようになってからである。

それと、ナナは何か隠し事をしている感じがするのは気のせいなのか、とにかくナナの様子も少しおかしく感じるのだ。

「俺はそんなに信頼無いのかなぁ…」

そんなことをぼやいていると

「何ぼやいてるんすか先輩?」

強い染髪料の匂いをさせながら後輩が研究室に入ってきた。

「また染めたのか、金髪に」

「だってあのままじゃプリン頭じゃないっすかカッコが付かないっすよ先輩」

「ここじゃ見てくれ気にする必要ないじゃないか」

頭を抱えながらそういう。

「それで、ナナちゃんの事っすか?」

「あぁ、ここ最近様子がおかしい気がしてな、なんか隠し事をしてる様な感じをするんだ」

「思春期だからじゃないっすか?あの年頃なら隠し事の一つや二つ普通っすよ」

「ここが普通の場所ならな、ここでの隠し事は大事になり兼ねんぞ」

そういうと後輩は、少し考える素振りをして

「…そうっすね。なんか大変な事になってなければ良いっすけど…」

この後輩基本的には優秀なんだが、時々どこか抜けてるんだよなぁ

そんなことをしてると、話題のナナが帰ってきた。腕を壊して

「主任ごめん壊れた」

少ししょんぼりした様子のナナを見て俺は、精いっぱい笑顔を作って

「気にしないで、怪我とかはしてない?」

そう聞くとナナは首を横に振る。顔が少し赤くなってる気がするが、あと鼻血の後がある。

「顔を殴られたのか?」

「大丈夫」

ナナは右腕を差し出しながらそういう

「今新しいのに変えてやるからな」

折れた右腕を肩口から外して、スペアの右腕を付け直してあげると、ナナは動作確認をするように手を握ったり開いたりを繰り返している。

「ありがとう」

ナナはそういうと踵を翻し部屋からそそくさと出て行ってしまう。昔ならベットに腰掛けて本を読んだりしてたんだが…

「心配っすね、ナナちゃん」

「あぁ、それと」

折れた義手を見る。これでも昔と比べると技術も上がり強度も上がってるはずなんだが…

「新しい義手義足を作る必要があるな」

そういうと俺は新しい図面を開いて設計を始めるのだった。



右手を握ったり開いたりを繰り返したり、ひねったりして動作を確認する。

本当のことを言えば、この義手も義足も若干反応が遅く感じたりするのだが、せっかく主任が私の為に作ってくれたものにケチをつけたくはない。だから私はこれで頑張るしかないのだ。

そんなことを考えながら歩いていると、正面に二人が立ち話をしてるのを見つける。

一人は細身の長身で黒髪の青年『No.2』とその隣にいる茶色のざく切り頭の青年が『No.5』

二人はこちらに気づくと、歩いてきて

「よう、能無しお前は暇そうだな」

私はそう言って来たNo.5を軽く睨む

「…冗談だよ、悪かった謝るから睨まないでくれ。お前のその顔ほんとおっかないんだから」

両手をあげながらやれやれといった様子で謝ってくる。

「最近のお前は本当におっかないぞ」

今の様子を見てNo.2も話しかけてくる。

「いつも10と12の二人と一緒に居たのに最近はそうじゃないだろ、喧嘩でもしたか?」

「…そんな感じ」

No.2とNo.5は顔を見合わす。

「なんだ、喧嘩したのか。と、なればさっきの大声はその喧嘩の声だったのか」

「聞いてたの?」

「あの大声は大抵どこでも聞こえる。それにさっきNo.12が心配そうにして探してたぞ」

No.12…あの子は本当に

「…余計なお世話」

そう言って立ち去ろうとした時No.2に肩をつかまれる。

「その物言いは無いんじゃないか」

「…関係ないね」

「関係ないことはないだろ」

腕を振り払い、睨みつけると二人は少したじろぎ道を開ける。私はそこを歩いてその場を離れた。



しばらく一人になりたくてリフレッシュルームへと足を運ぶ。この部屋は広くて静か、最近は利用者も少なくなりここに居れば他人と顔を合わせなくてもよいので私はよく利用している。

綺麗に刈り揃えられて敷き詰められた芝生の上に大の字になって寝転ぶ。心地よい風が頬をなでる。

始めてあの衝動に駆られた時もこんな感じだった。

隣にNo.12がやってきて、何してるのなんて聞いてきて、No.12の昔話になったんだっけ。

…私はどこから来たのだろうか

うっすらとある記憶もそれも何処かの施設のような所で、私は何をしていたんだろう。

ハッキリと記憶に残ってるのは、新しい手足で初めて立ち上がった時だったな。それまでの私は朧気で、曖昧で、抜け殻のような状態だったと思う。立ち上がった時は、まったくなれない感覚で足取りもおぼつかなかったけど、自分の力で立ち上がれた事がとても嬉しかった事を覚えている。そして、その手足をくれた主任の笑顔も忘れられない。

それからの自然と歩けるまでのリハビリも大変だったけど、いつも主任が付き添ってくれてたっけ。

腕を使うことのリハビリにも付き合ってくれた。本当に主任には感謝してる。私に新しい世界をくれた人。


どれくらい物思いに耽っていたのか、気が付いたら寝ていたらしい。時間と連動して風景を変える架空の空は夕焼け時を映し出していた。

身を起こすと少し肌寒くも感じる風が吹いている。これも時期的なものを反映しているのだろうか。

立ち上がりリフレッシュルームを後にすると、今度は射撃場に向かった。

ここも今はほとんど使われる事のなくなった訓練場である。それも、被検体全員が能力開発に注力し始めた事によって今までの身体基礎訓練などはほとんど行われなくなった。今朝みたいに、No.1の能力研究の為に他の被検体が駆り出される事もあるが…

その時、奥のほうから人の気配を感じ足を運ぶと、シューティングレンジで射撃の準備をしているNo.5の姿があった。

「なんだ、No.7か」

そういいながら、ライフルの弾倉に弾丸を込める作業を続ける。

「ここで何してるの?」

「決まってんだろ、射撃訓練だよ」

そういってNo.5はターゲットペーパーを送り出す。40mまで離れたペーパーを見てライフルを構える。

ガァンッと発射すると40m先のペーパーに命中する。それを確認するとボルトを引き薬莢を吐き出して新しい弾を装弾する。

「俺の能力的にもこういう訓練の方があってるからな、定期的ここにはいるんだよ」

そういってもう一発弾を発射すると先ほどと同じように命中する。

「そういえば、懐かしい事思い出したな。ここで訓練してた時の話」

No.5はボルトを引きながら語りだす。

「訓練の結果、俺が一位でNo.1が二位だった時の話。あいつの悔しそうな顔は今でも覚えてるぜ。珍しい表情だったなぁ」

再び発射をすると、また同じように命中する。

「でもな、俺が驚いたのはその時三位に居たお前だよ。みんなお前を能無しだの中の下だの言うが、お前はそんな評判を覆すだけの能力を持ってるって実感したんだ」

物思いに耽るように語ると彼はこちらを向いて

「あの頃は楽しかったよな」

そういうと、No.5はライフルを担ぎ部屋を後にする。

確かに、あの頃は楽しかったのかもしれない。今はどうだろうか…

私はそのことを考えながら射撃場を後にした。


射撃場を後にして、研究室に戻ろうとしたとき正面からフラフラと歩いてくる人物が目に入った。

その人物の服は本来真っ白なのだが血で真っ赤に染まっており、遠目で見てそれは常人では致死量なのではないのかと思えるほどだった。金髪の髪にも赤い血はついており綺麗な髪が台無しになっていた。

「大丈夫?」

そう声をかけるとその人物は顔をあげて

「…あ、No.7」

No.12はそう言う。その顔は酷くやつれておりまったく大丈夫のようには見えなかった。

ふらつく体を抱きとめてあげるとNo.12は小さい声でありがとうと言う。

「何があったの?」

「ただの能力開発。私の能力は再生能力だから、どこまで再生できるかってちょっと色々されただけ」

そういわれると彼女の肌には傷跡一つなくきれいなもので、この血は他人の物なのではないかと感じさせるほどだった。

「これは、やりすぎなんじゃないの?」

そう聞くとNo.12は首を横に振る。

「軽い実験はやり尽くされたから、今日からは本格的な実験だって。のこぎりで腕を切り落とされたり、おなかを裂かれて内臓を少し見られただけだから、大丈夫」

常人のそれなら全く大丈夫ではないのだが。

「それでも、痛覚はあるんでしょ。それじゃいくら体が再生しても心が持たない」

そういうと、No.12は微笑んで

「やっぱりNo.7は優しいね。私は大丈夫だよ」

No.12は私から離れると

「血がベットリでちょっと気持ち悪いから、シャワー浴びてくるね」

いつも通りの笑顔を見せてその場を離れていった。

ふと、手を見ると手にはNo.12の服についていた血が大量に付着していた。

それは、とても魅力的でゆっくりと顔に近づける。とてもいけない事をしている感覚。ずっと待ち望んだ時のようにも感じるが、その一方でこれが最後の一線だとも感じておりここを超えると私はもう戻ってこれないとも感じる。恐る恐る手を口に近づけ、あと数センチの所まで来た時

「ナナ、こんな所に居たのか」

その声にハッと我に返り、声の主を探す。

「あんまり遅いから気になって探してたんだ」

そういって近づいてくる主任。私は思わず血で濡れた左手を隠す。

「どうした?」

「何でもない」

「そうかなら良いんだが」

「それよりもちょっとシャワーを浴びてくる」

私は、左手を隠すようにしてシャワー室へ向かった。



No.12に追いついて一緒にシャワーを浴びたのは覚えている。今まであんまり話せなかったことをたくさん話した気がする。

だけど、私が思い出せるのはただただ彼女の白い肌に見とれていただけで会話の内容が全く頭に入ってきていなかった。

ひとしきり話終えた後にNo.12と別れて自室に戻ってくると、主任がお帰りと優しく迎えてくれた。

いつも通りベットに腰を掛けると、なんとなく昔読んでいた本を思い出して本棚を眺める。

「なんか読みたい本があるのか?」

主任がそう聞いてくると、私は首を横に振る。ここにある本は大体読み終えており、娯楽室にある本もすべて読み終えていた。

ただ、あの『宵闇を歩くもの』その結末をまだ知らな。あの作品は未完の作品なのだ。主任曰く新刊はまだ出てないとの事なので無いらしい。

どういった話だったかを思い出してみる。確か、少年が事故にあって吸血鬼に助けられる話だった。しかしその助けた吸血鬼がある日突然姿を消して少年はその吸血鬼を探しに出るんだった。それで今は、二人はとても近い所まで行っているのだが、すれ違い、行き違いを繰り返してる最中だったっけ?

この物語の結末は一体どういう結末になるのだろうか…



気が付いたらナナは寝ていた。

だから俺は、いつもの様にナナを起こさないようにベットに寝かし直す。

…こう見ると、昔と変わらない。身長は少し大きくなったが、寝顔は相変わらず可愛らしさの残る寝顔だ。

「しかし、こっちの問題はどうしたものか…」

そういって図面を眺める。新しい義手義足の開発は難航していた。問題は、この機構を再現するための新素材の開発だった。

ふぁあと欠伸がでる。ここ最近は夜遅くまでこの作業を続けていた。資材開発部に居た頃よりも資材開発に没頭してる気がする。

「先輩、眠そうっすね」

そういって、後輩が缶コーヒーを差し出してくる。

「あー、今資材開発部に居た時の事を思い出してた」

「懐かしいっすね」

「昔は結構徹夜とかしてたもんだな。しかし、これは難題だよな」

そういって図面を表示したタブレットの画面を叩く。

「既存の金属じゃ強度に問題があるっすもんね」

はぁと深いため息をこぼす。

「幸い施設は使いたい放題だからな、何とかしよう」

今日も夜が更けていった。



「No.7?」

そう呼びかけられて振り向くとそこにはライフルを抱えたNo.5の姿があった。

「珍しいな」

そう言われるとすごく久しぶりの気がするが、たまにはと思い私も銃を持ち出し射撃場に足を運んでいた。

9㎜拳銃の弾倉に弾を込めつつ

「たまにはと思って」

拳銃のスライドを引き弾丸を送り込みターゲットペーパーを睨む。距離は40m

「拳銃でその距離を狙うのか?」

パァンッとまずは一発。着弾を確認した後に続けて引き金を引く。すると二発目以降は的の中心付近にきれいに着弾する。それを見てNo.5ヒュゥと口笛を吹く

「やるじゃん」

「屋内で無風ならこれくらいはできるでしょ」

No.5は隣のスペースに入り射撃の準備をしながら話しかけてくる。

「お前義手だろ?その精度の射撃ができるなら大したもんだ。むしろ義手のおかげか」

「それもある」

主任に作ってもらった義手を褒められて、気持ち嬉しくなる。何せ主任が作ってくれた義手なのだ。これくらいできて当然。そう思って空になった弾倉を捨て、新しい弾倉を入れる。

「俺だって負けんぞ」

No.5も続けて射撃を開始する。流石と言うべきか40mの距離を難なく当ててくる。

それを見て私も負けじと射撃を続ける。そう繰り返しているうちに私たちの足元には大量の薬莢がばらまかれていった。


何時間かそれを繰り返した後熱くなりすぎた私たちは、気が付いたら格闘場に居た。

射撃で決着がつかなかったばかりか互いに暴言を吐き続けた結果素手での殴り合いをするという流れになった。

「謝るなら今のうちだぞNo.7」

「そっちこそ」

互いに譲らず構える、No.5の能力は『五感強化』本人はそれを生かし狙撃手のポジションを不動のものとしていた。故に今回の一件はムッと来たのだろう。

先に手を出したのはNo.5だった、正確に素早く急所を狙ってくる拳を間一髪の所でいなしつつ反撃のスキを伺いながらしのぐ。しかし隙が無い。こうなれば、隙を作らせるしかない。

繰り出された拳を見極めそのうち一発を受け止める。するとそのまま引っ張り込んで態勢を崩しをかける。バランスの崩したNo.5は寸での所で踏みとどまったが、隙ができたのでその顔面目掛けて拳を叩き込む。

「うぐっ」

そう言って後ろに仰け反る。

「やるじゃない」

今度は一転攻勢に出る。拳を繰り出し蹴りも出すが、どれも空を切る。流石に動体視力の良いNo.5にはなかなか当たらない。頭を狙って回し蹴りを繰り出すとNo.5はそれに合わせて蹴りを繰り出し脚と脚がぶつかる。

今度は拳と拳をぶつけあわせて攻防を繰り返す。

それが小一時間程続くといつの間にかギャラリーも集まって来て、やいやいヤジを飛ばし始める。

「やっちゃえNo.7!」

「ぶちのめしちまえNo.5!」

互いに肩で息をしながらにらみ合う。

「なんだか騒がしくなってきたね」

「まったくだ、馬鹿馬鹿しい」

「そう思うなら降参したら?」

「お前が降参しろ!」

そう言って殴りかかってくる拳をかわし切れず顔面で受け止めると、私もそのまま顔面目掛けて殴りつける。相手もそれをかわす体力が残っておらず顔面で受け止める。するとゆっくりとNo.5は倒れてゆく。それを見届けると私も限界で膝から崩れ落ち前のめりに倒れこむ。

「No.7大丈夫!?」

大声をあげながらNo.12が駆け寄ってくる。正直こんなに長丁場になるとは思っておらず指一本動かせないくらいくたくただが何とか体を起こすとそこにはNo.10も居た。

「なんでこんなことになったんだ?」

「他愛もない口喧嘩」

鼻で笑いながらそういうと、No.10はどこかホッとした様子を見せて。

「誰かNo.5も介抱してやれよ」

そう言ってNo.5を起こしてやる。

「ごめんねNo.10。この間は酷い事言って」

「…気にするな」

No.10は笑いながらそういった。そうしてるうちにNo.5も意識を取り戻し頭を振る。

「ナイスファイト」

私はそう言って称賛を送った。



ナナが殴り合いをしてると聞いて駆けつけて見たが、心配するほどの事でもなかったようだ。

「ナナちゃん大した怪我とかしてなくてよかったすね」

「あぁ、しかしナナが喧嘩とは珍しいな」

「そうっすか?意外とやってるイメージがあったっすけどね」

「お前の勝手なイメージを押し付けるな」

サーセンと笑いながら謝る後輩を尻目に、ナナを眺める。確かに集団生活をして入れば喧嘩の一つや二つ起こるだろう。今までがおとなしすぎただけとも感じられるが、ある意味ではこれが正常なのだろう。

…いや待て、正常なのか?年頃の女の子が喧嘩で男子と殴り合い?普通じゃないよね。少なくとも俺が学生の時はそんなことはなかったと思うぞ。

ここに来て大体10年になるが、かなり常識が変わってきた気がする。

再び外に出れたとき自分の価値観は世間に通用するのか心配になってきたぞ。

「でも、仲の良い友達とかもできてよかったっすね」

「あぁ、ここで初めに見たときは生気すら感じられなかったのに」

これは嬉しい変化だと思う。ナナにはもっと人間らしい感情を学んでほしいからな。

世界にはもっともっと楽しいことがあるって知ってもらいたい。心からそう願う。



…暇だ。

みんなが能力開発に注力するようになって能無しの私は本当にすることがない。

定期的なメディカルチェックも異常なし。義手義足のメンテも滞りなく完了。主任は何か新しい図面と睨めっこ。それを邪魔するわけにはいかず私はまたリフレッシュルームの芝生の上で大の字になって横になっている。

正直な話最近寝てばかりのような気がする。射撃訓練をしても良いのだが、またNo.5に絡まれても面倒だし。今日はNo.1も訓練相手を探したりはしてないし。

…暇だ。

どうして娯楽室の本は新しいのを入れたりしないのだろうか?

まぁ、私以外が読んでるところを殆ど見た事無いので需要はなさそうなんだが。

座学も一通り終えておりある程度の国の言葉は読み書きできるのでどんな本でも良いんだが…

そんな風にぐてぇっと倒れこんでいると、誰かの近づいてくる足音が聞こえた。

それに反応して身を起こすと、そこに居たのはNo.9だった。

目が合うなり小さく「あっ」と声を漏らし目をそらす彼をこっちに来たらと促す。

すると彼は私の隣…から少し離れた所に腰を下ろす。

そこから、しばらくの間沈黙が続き二人の間に柔らかい風が流れ続ける。

先に沈黙を破ったのはNo.9のほうだった。

「何をしてたの?」

「何もしてない」

「そっか」

再び沈黙が訪れる。

そこで疑問が生まれる。


こいつ何しにここに来た?


本来なら能力開発でもしてると思われるんだが、たまたま休憩の時間になって息抜きに来たのだろうか?

確か、彼の能力は『発電能力』仲間内ではライトニングボルトなんて呼ばれたりもしてたっけ。帯電したり放電したり。結構芸の細かいことができたと記憶してるけど、どこまでできるかなんではわからない。

そんな彼だが、性格は口数は多くなく何を考えてるかわからない。時折熱くなり私に迫ってくる事もあったが。基本的には寡黙な男である。

そして、私も自己分析だがあまり口数は多いほうではないのでそんな二人が一緒に居てもこんな沈黙が続くだけである。

「あのさ」

不意に声を掛けられる。

「やっぱり、俺と組むのは嫌なのか?」

確かに以前組まないかと持ち掛けられた事があったが、確かあの時は組む理由がなかったから断っただけで、いやなんて言った覚えは無いのだが、彼には嫌だったから断られたという認識になっていたらしい。

「別にそんなことはないけど」

「だったら俺と…」

「でも、組んでどうするの?今はもう共同訓練もない個人の能力開発訓練をしてるのに」

それを聞くと彼はまた「あっ」と声を漏らして目線を泳がす。

「まぁ、私も暇だから格闘訓練とかなら付き合えるけど」

と提案すると、彼は表情を明るくして

「あぁ!それでいい!」

そう力強く頷きながら答えた。


それからは、数日に一回くらいのペースだがNo.9と手合わせをするようになった。

…のだが

彼の格闘センスは昔と変わらず、素直でまっすぐ見切りやすくて隙も多い。

あれからもう何年もたってるのだが相も変わらずというのは正直ビックリした。能力開発がどのような進捗なのかは不明だが、これはいろんな意味で鍛えがいのある奴だとは思った。



新素材の目途も付き、この義手義足開発も佳境に入ってきた。

ふんっと背を伸ばすと、この使い古した椅子もキィと聞きなれた悲鳴を上げる。

「問題は加工に時間のかかる事だな…」

少し疲れたのでコーヒーでも入れようかと席を立った時だった。後輩が大声をあげて研究室に駆け込んできた。

「先輩!やったっす!見つけたっすよ!」

疲れてるのにそのハイテンションは正直こたえるが、一応何を見つけたのか聞くと一綴りの書類を渡してくる。

その書類に書かれていた文字は、

「非常緊急時避難マニュアル?」

「そうっす!この施設から外に出る方法っすよ!」

これは、疲れも吹っ飛ぶような報告だった。ここから出られる。そう思いざっと書類に目を通すと、そこには緊急時の施設からの脱出手段が事細かに書かれていた。

「これで、外に出られる」

そう喜んでいた時だった。

端末に一斉送信のメールが届いた。その内容は…



「私たちならきっと大丈夫だよ」

No.12はそう言った。

「容易くないかもしれないけど方法はあるはず」

No.10はそう言った。

「お前には生き延びてほしい」

主任はそう言った。

だから私は決めた。

手に持った銃に弾丸を送り込む。そして、私はもう引き返せないゲートをくぐった。

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