第2話 少年少女たち
積み上げられた瓦礫の山
あちらこちらから聞こえる呻き声や子供達の泣き叫ぶ声
まるで絵にかいたような地獄絵図が広がる中で確かに聞いた声
助けを求める声
自分はそれを聞き届けた。果たしてそれは正しいことだったのか。
いまだにそれを考える、その結果がどのような結末を招くかはいまだわからない。
果たして本当に正しいことだったのだろうか
娯楽室の片隅で小説の一節を読み終えると同い年くらいの少女が話しかけてくる
「No.7何読んでるの?」
可愛らしい顔立ちにきれいな金髪の彼女はNo.12
同じ被検体の一人で私以外の唯一の女性である。
「宵闇を歩くもの、主任が持ってたから借りたの」
「ナイトウォーカー?どんな話なの?」
「とある事故に巻き込まれた少年がきれいな吸血鬼に助けられて少年も吸血鬼になる話だけど、ある日突然きれいな吸血鬼がいなくなってしまうの」
「どうして?」
「…まだそこまで読んでない」
No.12が、へぇと感嘆の声を上げると同じくして娯楽室に一人の白人の少年が入ってくる。
「No.7、No.12もうすぐ次の訓練が始まるよ準備しないと」
そう言って入ってきたのはNo.10面倒見がよくいつも私とNo.12と一緒にいる
「でも、次の訓練って…」
そう言ってNo.12は私の顔を心配そうに覗いてくる。
「大丈夫、考えはあるからそれよりも…」
そういって私は娯楽室の片隅に目をやる。
「彼も連れて行かないと」
全員の視線が部屋の片隅に集中する。そこには膝を抱えて椅子に座る少年が居た。
「No.11…居たのか、全然気が付かなかった」
そうして娯楽室を4人で後にした
目隠しをして机の上に並べられた銃のパーツを組み上げる訓練。他の子たちは難なく出来るのに私にはできなかった。
何故なら私の両手は作りものだから、目隠しをすると自分の手が何処にあるのかもわからなくなる。
だから、私は暗闇が怖い。
両手両足の感覚がなく体が宙に浮いてる感じになり、自分の位置が分からなくなる。
「始め!」
教官のその言葉に合わせてやることに集中する。
周りからは、ほかの子たちの声も聞こえる。そんなことを気にすることもなく私は机に向かって顔を近づける。
感じるのは鉄の匂い油の匂い…鼻先や口を使って形を確認する。銃床、スプリング、レシーバー…すべてのパーツの形位置を記憶し頭の中で机の上の状況を想像する。あとは、感じない両手を信じて頭の中の像で銃を組み立てていく。
そして完成したら両手を机の両端に置く。
「それまで!」
教官のその声を聞いて目隠しを外す。
目を開けると机の上にはきちんと組み立てられた銃があった。それを見て一安心する。
「すごい、すごいよ
そういって大喜びしているのはNo.12だ。まるで自分の事のように喜んでいる。その一方で、
「すげぇ、まるで犬みたいだったな」
「能無しらしくて良いんじゃないか?」
そういってるのは、No.3とNo.4である。
私たちは、初回の能力判定で順位を付けられそれが今の『名前』になっている。だから彼らは成績優秀者で他者を見下す傾向があるのだ。
「静かにしろ!」
教官が声を荒げて制すると、騒がしかった場が一瞬で静かになった。
「まぁ、見事だ。両手の感覚がないのに組み上げるとはなぁ。」
教官がそう言って私を褒めてくれたが、あまりうれしくない。
「うん、本当にすごいよ7」
さっきからNo.12はべた褒めである。
「だが!まだまだ遅いからな!スタート地点に立っただけだ!これからは、どんどん厳しくしていくからな!今回はここまで!解散!」
教官がそういうと、全員が散り散りバラバラに帰って行く。
「私たちも帰ろうNo.7」
そういうNo.12と一緒に訓練室を後にした。
No.12と別れた後に、自室でもある研究室に帰ってきた。
研究室に帰るとレポートを書いていた主任がこちらに気づいて私に向き直してくれた。
「お帰り、ナナ」
「ただいま」
私は、主任に返事を返すと、そのままベットに腰を掛けて主任から借りている本を広げる
「それ気に入った?」
優しく微笑みかけてくる主任にうんと短く返事をして本に集中しようとした時だった。
「あ、ナナちゃん帰ってきたんっすか?」
読書の邪魔をする男も帰ってきた。私はあからさまに嫌そうな顔をして助手の男を睨みつける。
「相変わらずのふくれっ面っすね。せっかくのかわいい顔が台無しっすよ」
お前に言われたくない。そう思う私の心も知らずに助手の男は話しかけ続ける。
「しかし、すっかり髪の毛は真っ白になっちゃったっすね。なんか気苦労とかあるんっすか?」
気苦労があるとしたらお前がいつまでも静かにしないことだ。
「ナナ、なんか辛い事とかあったらすぐに言うんだぞ。実際のところその髪の事も原因不明だからな、何か不調はないか?」
「うん、大丈夫」
やっぱり、主任はやさしい。
「手足も不調はないか?」
「問題無い。好調」
「そうか、それは良かった」
そう言って主任は微笑む。それを見るととても胸がドキドキして顔が熱くなるので本で顔を隠す。
「先輩には普通に口聞くんっすよね。なんで俺だけ?俺のこと嫌いっすか?」
「うん」
「マジっすか…」
助手は大げさに落ち込む素振りを見せるが、相手にしない。本に集中する。
どうして彼女は居なくなってしまったのだろうか…
もはや、僕には彼女しか居ないのにその彼女まで居なくなってしまったら、僕に何が残るのだろうか
あぁ、彼女は今や僕には不可欠な存在になってしまっていたんだ
だから僕はこの宵闇に身を沈めることを覚悟したというのに
あぁ、どうして何故
探そう、彼女を探そう、理由を聞くために、彼女に会うために
一人で彼女を見つけたら、あなたはどんな顔をするだろうか
それを知るために僕は歩く、この宵闇の道を
本を夢中になって読んでいたらいつの間か眠っていたらしく気が付いたら朝になっていた。
まだ眠たい目を擦りながら身を起こすとそこには、主任が朝のコーヒーをすすりながら書類に目を通していた。
私が目を覚ましたことに気が付くといつものように微笑んでくれて
「おはようナナ、よく眠れたかな?」
その優しい問いかけに顔が熱くなるのを感じながらうんと答えるとそれは良かったと言ってくれる。
「ナナもコーヒー飲むかい?」
「うん、欲しい」
わかったと言うと主任は炊事場に行き、出際よくコーヒーの準備をする。
砂糖は二杯、ミルク多めに入れてちょうど飲みやすい温度になったコーヒーを主任は作ってくれる。
私はそれを受け取ると両手で持って、少しづつ口に含んでゆく。
いつもの朝、この瞬間が一番心地よい感じがする。
「主任、今日の日程は?」
その問いに主任はちょっと待ってと答えてから、スケジュールを確認する。
「今日の午前中は、メディカルチェック、午後からはいつも通りの訓練だね。メディカルチェックの際に手足のチェックもするから、その準備もしておくね」
「わかった」
そして私は、この短い幸福の時間をかみしめるのだった。
メディカルチェックを滞りなく終えると、訓練着に着替えて訓練所に向かう。その途中でNo.12と合流する。
「No.7、メディカルチェックどうだった?」
「うん、異常なし」
「そうかぁ、私も異常なし!…でもそれじゃあ7が能力が無いのは未だにわからないんだ」
そう、私にはみんなにある特殊能力が無い。一番最初の実験で使われた薬の作用で私たちは特殊な能力が発現したのだ、例えばこのNo.12には怪我がすぐに治る能力がある。同じように他の仲間にも能力がある。だから私は『能無し』と呼ばれるのだ。
私自身は、どうでも良いのだが…
「7も早く能力が発現すれば『能無し』なんて呼ばれなくなるのに…」
どうも、私よりNo.12のほうが気にしているらしい
「それよりも、今日の訓練は大丈夫なの?」
と、軽い疑問を投げかけると「え?」と間の抜けた声を上げる。
「今日の訓練は、格闘訓練」
短い沈黙の後、「あー」とばつの悪そうに眼をそらす。
そう、彼女は恐ろしいほどにこの格闘訓練が苦手なのだ。総当たり戦で未だに無勝。とにかく弱いのだ。
「今日もダメそうだね」
「うん」
彼女は、少し気落ちした返事をする。しかし
「うん、為せば成る!うん」
と前向きな発言をする。するのだが…
「ぎゃふん」
そういって簡単に投げ飛ばされるNo.12。その光景に教官の怒声が轟く
「何度言ったらわかる!相手の動きをよく見ろ!腰を浮かすな!」
「はい!」
「返事だけはいっちょ前だな!だが、しっかり結果を残さんか!」
怒鳴られ続けるNo.12を尻目に私は自分の相手と向き合う。
私の相手は同じくらいの背格好の黒人の少年、No.9だ。
私と似てあまり口数も多くない少年で何を考えてるのかわかりにくいと言われてるが、格闘戦に関しては分かりやすい。
素直でまっすぐ、教科書通りの攻撃を繰り出す傾向がある。そして、咄嗟の出来事に即応できないと言う欠点がある。
だから繰り出された拳をかわして、腕を絡めて足をかけて投げ飛ばす事も容易な相手なのだ。
投げ飛ばされたNo.9は悔しそうな顔をすると、立ち上がり
「もう一回」
それに私は短くうなずくともう一度構え直し、今度は攻撃をブロックしながら反撃をする。教科書通りの戦闘を繰り返しつつ、隙を伺い蹴りを入れるとこれも綺麗に決まる。
何度かこのやり取りを繰り返したのちに本日の訓練は終了となった。
「No.7今日は圧勝だったみたいだな」
そういってきたのは、角刈りの黒髪に東洋人らしさのある顔立ちの少年No.3だ。
「でも、あんまいい気になるなよな、能無しのお前はどうせこういった事でしか俺たちに勝てないんだからな!」
言いたいことを言い終えると、No.3は胸を張るようにして去っていく。
たしかに、私は『能無し』で能力使っても良いと言う事になると手も足も出ないだろう。
だが、それが一体何なのだ。その時は私が負けると言うだけの事でしかないのに
「気にしないほうがいいよ」
そういう風に話しかけてきたのはNo.10だった。
「この間君に負けたのが相当悔しかったみたいだからね。ああいう物言いをするのさ」
「そうそう、7は強いから気にしなくていいよ!」
いつの間にかNo.12まで居る。
「そうだ、晩御飯は三人で食べようよ!」
そう提案するNo.12に私もNo.10も賛成するのだった。
No.7経過報告書
No,7の義手義足の手術は半年もかかる事になり、プロジェクト全体の進行を妨げたのは事実である。
施術直後は、足取りもおぼつかない様子だったが現在はそれも嘘かの如く自然な足取りとなっており、『No.7』の名を冠する事となった。
試薬投与後の経過に関しては、現在のところ髪の毛の白化以外見られない。それも因果関係があるかどうかもわからないのではあるが。
念のためここで試薬の効果について記載しておく。
この試薬とは、投与した者に着床しエグザム細胞を作り出すとされている。このエグザム細胞は、特殊能力の発現を起こすものとされる。
発現する能力は投与した者により異なり、その形態は多種多様と言える。この生成されたエグザム細胞を他者に投与したところでその能力を他者が使えるようにはならない、これはおそらく遺伝子が関係してるとみられる。これは一種の進化を促す薬なのではないだろうか。
しかし、No.7は投与して半年たつ現在においてもなお発現の兆しは見えずただただ困惑するばかりである。
ラット投与実験では、100%の確率で何かしら発現していたらしいのだが、やはり人と同じというわけでは無いのか
そのせいでNo.7は『能無し』と呼ばれているらしい。
本人は気にしていない素振りを見せているが、内心のところはわからない。No.7はあまり感情を表に出さないので何を考えてるのかわからない所もある。
この試薬は未だに謎な部分が多く手元にある資料だけではなんとも言えないが、投与実験を行ったのが年少者ばかりというのも気がかりである。
大人ではいけない理由が何かあるのだろうか。
緊急非常時の対処について
これは被検体全てにおいての事ではあるが、遠隔操作可能のチョーカーで鎮静剤の投与をするというものである。
正直特殊な能力を持つ被検体にこの程度で十分かどうか不明瞭だが、爆弾などを付けられるよりかは遥かにましと考える事もできる。最もNo.12の能力を考えるとそれでも不十分な可能性はあるが…
No.7は暴走などしないことを祈るしかない
とにかく、今後もNo.7の経過観察と同時にこの試薬についても調べる必要があると判断をする。
レポートに一段落が付いた所で少し背を伸ばして再び椅子に体重を預けると椅子がキィと小さい悲鳴を上げる。
ベットを見るとそこにはまた本を読んでる途中で力尽きて寝ているナナの姿があった。
俺は、ナナを起こさないようにベットに寝かし直すと近くに腰を下ろす。
こうしてみる寝顔は年相応で可愛らしく感じる、本当にこんな所にいるのが似つかわしくない程に…
このプロジェクトは異常だと実感はしている、この先に一抹の不安も抱えているのは間違いない。
しかし、彼女を置いて逃げ出すことなどできるわけもなく俺は今も研究を続けてる。できるならこの先に彼女の幸せがある事を切に願う。
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