No.7 lost numbers memory
クリシェール
第一部
第1話 プロローグ
暗い
寒い
痛い
ここはどこだろう、わたしは誰だろう
何もわからない…
狭い
冷たい
怖いものが迫ってくる感覚
怖い、怖い、怖い、怖い
声を出そうとしてもただただ空気が漏れるような音がするだけで届かない。
何もできない、どうしようもない、ただ漠然とした恐怖が朦朧とする意識に迫ってくるだけ
……
気のせいだろうか、何かが聞こえたような気がする
…………
気のせいではない、誰かの声がする。
……………!
私は、ここにいる!
全身全霊を込めて言葉を紡ぐ、かすかに見えた光を求めて、ただ一言
「たす…けて…」
その助けを求めた代償は、一体何なのか。
目の前の本の一節を読み終えた時、自分に近づいてくる人物に気が付く
「先輩、またその本読んでるんっすか?」
そう言って缶コーヒーを渡してくる後輩にありがとうと言い受け取る。
「新刊だよ。元々はネット小説だったけど、面白いもんだな」
あまりそういった物を読まない自分だったが、読んでみたらなかなかどうして面白い。
「なんて本でしたっけ?」
「
「なんか、何度も聞いたような」
「何度も話したからな」
そういって笑いながらもらった缶コーヒーに口をつける。
「あ、そういえば人事部の人が先輩を訪ねてきてたっすよ」
ふと思い出したように後輩はそんなことを言ってきた。
「人事部?いつ頃来た?」
「昨日っす、ちょうど先輩が昼休み外出してた時」
あぁ、と思い出す。昨日はたまたま昼食を外で食べたのでその時に来たのだろう。
「でも人事部が何の用だ?」
「異動ですかね?」
それを聞いてため息がでる。ようやくこの資材開発部の仕事にも慣れてきたというのに、そんなタイミングで異動はしたくはない。
そんな時に後輩は何かを見つけたようで
「噂をすれば、先輩来ましたよ」
「人事異動ですか?」
そう聞くと人事部の人間はそうですと短く伝える。
嫌な予感が当たった。この際異動はしょうがないとして、新しい部署は何処になるかだ。
「あなたには、新しい部署の主任をやってもらうことになります」
「新しい部署?」
「詳しいことはこの書類に目を通しておいてください」
そういうと人事部の人間は書類の入った封筒を渡してきた。
「断るという…選択肢は?」
恐る恐る聞いてみると
「ありません」
きっぱり言い切られてしまった。
「それから、一人助手をつける事になります。人選は、任せますが心当たりがない場合は一報をください。こちらで選ばせていただきます。それでは」
そう言うと、人事部の人間は踵を返し去って行った。
「助手かぁ…研究職なのかな?」
俺は、新しい部署というものに疑問を持ちながら、助手に誰を選ぶかを考えていた。
「と言ったって、簡単に決められんよなぁ」
思わず愚痴がこぼれてしまった。
それから、渡された書類にも目を通してみたが新しい部署がどういった事をするかはザックリとした概要しか書いてなかった。
「先輩どうしたんっすか?異動の件っすか?」
うーんうーん唸ってる俺に後輩が話しかけてきた。
「あぁ、新しい部署らしいけどいまいち何をするかわからなくてな。書類には新薬開発の部署となってるんだが」
「へー、この会社もともとは製薬会社だったから不思議でもないっすけどね」
後輩の言う通りこの会社は製薬会社で、最近いろんな方面にも手をだし事業拡大をしてきた会社だ。そんな会社が今更新しい部署での新薬開発を行うこと自体に疑問はないのだが、
「新薬がどんなものなのか詳細がかかれてないんだよなぁ、それにこの項目」
そういって書類の一部を指をさす。
「何々、義体技師?先輩の得意科目じゃないっすか?」
確かに、俺は最新のバイオニクスに興味があってこの会社に入社したが、実際は新素材の開発のための部署に回されて、そういった事に関わったことは一度もない。
いや、一度だけあったか新しい義体開発のコンペに無理やり参加させてもらったことが一度だけ
しかし、結果は惨敗候補にすら残らなかったと聞いた。
「もしかしたら、夢の義体技師になるチャンスっすよ先輩」
「いや、確かにそうだが…それに問題は助手の件もある」
「助手?」
「あぁ、助手を一人選んで来いって言われたんだよなぁ、めんどくさい。」
はぁ、大きめのため息をこぼす。心あたりもないことだし、向こうに任せる方向で行こうかと思ったとき
「自分がなりましょうか?助手」
と後輩が言った。
「あぁ、…あぁ!?」
「あれ?不満でした?」
「い、いや、ありがたい限りだがお前も一緒に異動することになるんだが良いのか?」
「もちろんっすよ、こんなおも…先輩にはお世話にもなってるし、それくらい何ともないでしょ」
一瞬面白いとか言いそうになっていたが…
まぁ、本人が良いって言ってるのだから遠慮する理由はないし、こう見えてもこの後輩は十分優秀で人間関係も良好、新しい人間との関係構築は苦手だからな、この申し出は本当にうれしい
「それじゃあ、よろしく頼もうかな」
「頼まれました、よろしくっす先輩!」
異動当日。俺たちは、目隠しをされて移送されていた。
なんでもこれからのことは機密の塊らしく、その部署がどこにあるかも明かせないらしい。
とても嫌な予感がする。果たしてこの異動は受け入れるべきだったのか。今思えば、退職届を出してでも断るべきだったとも思ってる。
視覚はないが、体で感じるのは車での移動、船の揺れ、少し歩いたのちに恐らくエレベーターに乗せられ下っていく感覚。
どれほどの時間が過ぎたか、何時間もかかった気がするし、ほんの数分の出来事のようにも感じた。時間の感覚が狂わされるほどの時間が過ぎてようやく目隠しを取られると、そこはこざっぱりした部屋で必要最低限の物が一通りそろっており、その部屋の中心には一人の男性と車いすに座る少女がいた。
男性は、長身で細身の体にスーツを纏い切れ長の目でこちらを見下すような威圧感を感じさせる佇まいで、少女の方はまだ幼さの残る顔立ちに長く美しい黒髪。しかし、その体は両肩から先は存在せず、両足もひざ上から先が存在しなかった。
「君は…」
思わず声をあげてしまったが、長身の男性に咳払いで遮られてしまう。
「長旅ご苦労、私は本プロジェクトの統括責任者である」
男はそういうとこちらに向き直す。
「名前はなんて言うんすか?」
後輩の礼儀のかけらも無い質問に少しムッとした表情を浮かべると
「私は君たちの上司だ、情報としてはそれだけで十分だろう」
向こうは高圧的な態度で返答をする。
なんともピリついた空気になってしまったが、責任者の男は続ける
「君たちには、この少女の担当をしてもらう。手始めに彼女に手足を与えてくれ」
そういわれてギョッとする、何故ならその少女はあまりにも幼かったからだ、年齢にして5歳か6歳程の少女に義体の手術をしろというのだ。
「あのお言葉ですが、この年齢の少女に手術しろというのですか?」
そういうと、男はそうだと短く返答する。
「肉体的に耐えられないと思うのですがそれでも…」
「やれ」
反論の余地すら与えられない、一方的な要望
「その後のことは、追って連絡する。必要なものがあれば、そこの端末から申請をすれば良い。それでは」
そういうと男は退室していった。
「先輩、これはかなりやばいんじゃないっすか?」
後輩の言わんとすることはわかる、かなりヤバい感じである。
「やらないと言う選択肢はなさそうだしな」
そういって男の眼差しを思い出す。正直今からでも逃げ出したいが、いかんせんここがどこかもわからず逃げられるかどうかは検討はつかない。それに、逃げ出すにしてもこの少女も連れて行かなければならないだろう、ここに置いていくわけにもいかない。
少女を見るとひどく疲れ切ったような表情をしており、話しかけても満足に反応も帰ってこない。
「しかたない…」
「やるんっすね先輩」
それしかなさそうだ。
「しかし、そうと決まっても問題は山積みだ。義手義足の手術は複数回に分けて行う必要があるし、それに成長期を控えてる彼女には従来の処置ではまた時期を置いての手術が必要になるその打開策も必要になる」
「お先真っ暗ですか?」
「…そんなことはない、考えがある」
こんな状況において、自分の知識と技術が試せる。それが内心嬉しくも感じる自分も真っ当な人間ではないのだろうと実感していた。
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