第10話 仙巌園 菊と喫煙
仙巌園は菊祭りがおこなわれていた
篤姫も殿様も西郷さんも花で覆われ
ー菊人形というらしい
カメラと太陽に照らされ 輝くばかり
島津斉彬はまるで一世を風靡したマツケンサンバのようで
メリーはスマホのカメラを向けつつ
松平健の軽快な腰つきを思い出していた
あたりは緑と花 薩摩は相撲が盛んだったらしいが
祭りのため設えられた土俵がぽかりとあり
側面もびっしりと菊で覆われていた
勝ち名乗りを受けた力士が すっと一輪
髷に花を挿して去っていく 幻
思いのほか砂利が多く
石が積まれ 坂があり
メリーはハカタのハイヒールを懐かしく思いつつも
スニーカーで来てよかった、と声に出さず
胸のうちだけでつぶやいた
池の石橋をおっかなびっくり
幼児が渡っている その子を喰わんとばかり
猛々しい鯉が水面に頭を出して群がっている
「桜島が見えるよ」
ひらけた場所に出て顔を上げると
木や屋根が重なる先に桜島と海があった
絨毯のようになめらかな海ー二人が訪れたカゴシマは好天気が続いたのだった
またしても煙を噴き上げる山
桜島を見るとタバコが吸いたくなる
ー仙巌園は禁煙だ もちろん
ただカゴシマはあたたかい土地柄で
街のあちこち至るところに灰皿があるー
桜島は視線を繋げた先にあって
天気予報では降灰や風向きが取り上げられる
彼が吐き出す灰 岩
炎をかためた 岩
近付かれるのを拒んでいるようで
しかしカゴシマの営みに深く溶け込んでいる
桜島
今あたしが
あの光の絨毯を歩いて行ったら
桜島にたどり着けるだろうか
たどり着いて一緒に一服できるかな
近くにいて遠いジャンの腕に額を押し付けて
まぶしい とうめく
「天気がいいからね」
この男はいつも呑気を装っている
頭が悪いわけではないー良すぎるくらいだ
本当はおおむね相手の心情を理解している
わかっている
その上で知らないフリをする
ジャンにはいつも一線があり
メリーにはそれが越えられない
(じゃあフェラチオなんかさせんなよ)
不意に苛立ちがわいてきて
シャッターをきるジャンから離れて
メリーは走る
親に手を引かれてよちよち歩く子どもが
ぽかんと彼女を見上げる
筆塚という大きな石碑までたどり着くと
やっと足を止めた
メリーはジャンを知りたかった
知りたくてカゴシマまで来た
しかし彼は笑って遠ざかるばかりなのだ
ラークを口にふくむと
ここは喫煙できませんよ、と
初老の紳士にやさしく注意された
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