第9話 ホテルの朝 タマドメ

タマドメが得意であるなあ

ジャンの靴下にあいた小さな穴を繕いつつ

メリーは思う

さかのぼること小学生の時分

褒められることが少ない子どもであったが

家庭科の裁縫の初歩の授業で

タマドメだけは褒められて

得意になって 進めるべき糸を全て止め

担任教師に見せたら叱られたことがある

しかしタマドメの快楽はとてつもなく

彼女は日頃裁縫道具を持ち歩く女になってしまった

カゴシマに来てまで

日常を金魚のフンよろしく連れて

タマ…とつぶやくあたしは何なのか

隣のビルの窓にぶら下がっている清掃業者が見える

ロープが揺れる

素肌にはおったホテルのガウンは着心地がいい

「マメだよねえ」

シャワーを浴び終えたジャンがタオルで頭を拭きながら出てくる

「タマドメ」

銀の針先に二度糸をくぐらせて

爪先で糸の重なりを押さえ

針を引き抜く

スッとかすかな抵抗

「タマ、タマ言うなよ」

かすかな飛沫を飛ばしながら男がベッドに座ったので

メリーの体は傾いだ

きっぱりと終わり

タマドメの意味だ

糸はかたく結ばれている

けれど

この人のタマはなんて柔らかいのだろう

ガウンを肩から引き下ろされた

ボディソープの香り 自分と同じ香りが溶けるようにぶつかる

「準備できたよ」

メリーはもう化粧をし コンタクトをはめ

あとは服を身につけるだけだった

「できてるねえ」

ジャンもシャワーを浴びたし あとは服を着るだけだろう

かすかな抵抗のあと スッと入ってくる

「チェックアウトは?」

「12時」

ラブホテルみたい つぶやいた目の先

風に大きくロープが揺れて

掃除人が器用に窓を磨いていく さま

彼がこちらを振り返ったら

あたしたちが見えるんじゃないかしら

ジャンを見上げて くちびるを開きかけたが

それは彼のてのひらでふさがれた

ドアの向こう 慌ただしく過ぎてゆく足音

近く 遠く 扉が閉まる音

「声、出しちゃダメだよ」

タマドメ

きっぱりと終わり

(あたしの得意技のはずなのに)

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