第8話 ホテル 時の切れめ
ホテルの窓から見えるのは
連なった車のランプ
カゴシマは路駐が多いのだろうか
おとした照明はオレンジ色で
白いベッドがまるみを帯びている
眠っているジャンを
メリーはじっと眺めている
酔いはすっかり醒めて 名残は
床に脱ぎ捨てられた洋服や下着ばかり
タバコに火をつけると
少しだけ部屋のなかに切れめができる
メリーはかつての指輪を思った
フランス語で理解できない言葉が刻印された
シルバーの太い指輪
あたしは自由なのだ
つぶやいて 嘘 だと思う
彼女はまだたくさんの面倒な書類を
後回しにしていた
寝返りひとつうたず
いびきひとつかかず ジャンは
うつくしい人形のようにシーツにくるまっている
暗い部屋のなかで
ジャンはまったく若い間男に見え
メリーは 彼女の方が年下なのだが
うんと年をとった気分になる
実際
少しずつ老いは輪郭を見せていた
彼女は美貌でそれをうまく手なずけていたけれど
いつまで時が従順でいてくれるか
自信はない
「あんたはきれいね ジャン」
煙を吐くと一瞬 舞台装置のように
幕がかかる
あたしはいつまできれいでいられるか
わからないわ
あたしは生きているから
もしあんたがきれいだと
思ってくれたらいいけど
闘うぶん
あたしは消費されていくのよ ジャン
メリーは素裸のまま鏡の前まで行くと
指先でからだの線をたどっていった
青ざめた目は救いを求めているようにも
そのすべてのきっかけを手放してしまったようにも見える
横になったままのジャンは
静かに目を開けたが
黙ったまま
もう一度目を閉じた
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