第7話 豚カツと大久保利通 それとツン
マントをひるがえした大久保利通は
ダンディの極みに見えた
車の窓から見ただけだが
ジャンは安全運転なので
しっかりとその像を眺めることができた
すらりとして 品があって
威厳がある
つめたく 厳しく 石像に適した類いの男だった
カゴシマの石像のなかでメリーが
いちばん気に入ったのが
この中央駅そばにある大久保利通だった
そんな大久保卿が今にも現れそうな
一室であった つまり
畳に黒木のテーブルと椅子が置かれて
壁には掛け軸がかかっている
テーブルも椅子も直線ばかりで構成されているので
背筋を伸ばして座らねばならない
面と向かって薩摩のこれからを決断する
大久保卿のように
というのはホテルに荷物を置きに行った際に
何気なくつけて最後まで見てしまった
大河ドラマのダイジェスト版の受け売りで
いまジャンとメリーはどちらが西郷さんで
どちらが大久保卿なのかで揉めていた
メリーは大久保派であるので決して譲らない
ところがジャンは西郷さんというには
あまりに貫禄がなく
気に入らないのだった
そう ジャンと西郷さんは似ても似つかない
ツンの方がよほど似ている
不毛なやりとりは豚カツが運ばれてくるまでだった
ビールと焼酎 きびなごやらの間に
立派な厚みの豚カツ さっくりと衣は軽く
身はさくら色で
手帳のメモ欄にメリーは興奮のあまり
トン豚
と書いた
彼女の人生のなかで 理想的な豚カツだった
カゴシマに行きたいと言い出したわりに
焼酎が飲めないメリーは
焼酎をカクテル調にしたものを頼み
ジャンの焼酎のお湯割りをひとなめして
難しい顔をした
「これは本当の話なんだけど
あたし15のときに焼酎のロックを
マグカップに何杯も飲んで
人生初の二日酔いを経験したの」
おまけに二日酔いのせいで
高校にも行けず
会ったばかりの男の家に泊まる羽目になり
もちろんヤられ
(処女でなくてよかった)
つまり焼酎は味以前の苦い液体で
瓶を満たしていて
焼酎を飲みに来たのではなかった
メリーがカゴシマに来たのはー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます